第6話 魔神転生の七瀬うさぎ

 ぼくが小説で好きなのは、キャラクター達だった。

 冒険に出た少年少女も、魔王も勇者も、可愛い女の子に恋に落ちた青年も、名探偵も、ヒロインも、物語で好きになったのはキャラクター達だったのだ。


 だからぼくが書きたいのはキャラクター小説だった。キャラクター小説というのは登場人物の成長や心情が描かれる作品のことである。キャラクターの個性や背景が重要な要素になったりする。読者はキャラクター達の成長や葛藤に共感して、胸がキュンキュンしたり、苦しくなって泣いたりするのだ。


 だからぼくは人間自身にキャラクターのアイデアを探していた。世界で1番面白い物語を書くために。



 廊下側の席に彼女が座っていた。歩いていると角をつけた七瀬うさぎが窓から見えた。

 彼女は無表情で机に書かれた文字を消していた。

 消しカスを床に落とさないように、丁寧に手の平に乗せている。


 その教室にゾンビ子がいたから、彼女が餌食になっていることは一瞬で理解した。

 足を止め、廊下から角を付けた少女に声をかけた。


「君、どうして角を付けているの?」

 その角が気になった。もしかしたらコイツは面白い奴かもしれない。もしかしたら小説のアイデアになるかもしれない、とぼくは思ったのだ。


 それにゾンビ子が誰かを傷つけているのを見るたびに、ぼくは罪悪感を抱いていた。

 きっと抱かなくてもいいはずの罪悪感だった。

 もしかしたらぼくなら助けてあげられるかもしれない。

 

 彼女がチラッと、こちらを見た。

 世界が霧に包まれているような虚ろな目だった。

 彼女は日常を拒絶しているのだろう。


「魔神だからです」と彼女が呟いた。

 ぼくは面白い奴を見つけて、嬉しくて笑った。

 

「本当に魔神なの? ぼくは魔神に会いたかったんだよ」


「……」


 教室の後ろ側でゾンビ子が率いているグループがコチラを見ている。他の生徒達もぼく達の様子を伺っていた。




 次の休み時間にも七瀬うさぎがいる教室に向かった。


「君はなんて名前なの?」


「七瀬うさぎです」


「変わった名前だね」


「……」


「君に興味があるんだ。教室から出て来てよ」とぼくが言った。


 ゾンビ子達のグループがコチラを見ている。

 七瀬うさぎは恐ろしい者を見るように、ゾンビ子達の様子を伺い、「仕方がないですね」と言った。


 その言葉とは裏腹に、慌てるように彼女は教室から出て来た。

 誰かが連れ出さないと教室から出ることも出来なかったんだろう。

 彼女は地獄から連れ出してくれる人を求めていた。

 とりあえずぼく達は廊下を歩いた。



「ぼくが休み時間になったら君を教室から連れ出してあげる」とぼくは言った。

 彼女は顔を上げて、困惑しながらぼくを見た。


「なんでアナタに休み時間を奪われなくちゃいけないんですか?」


「君はイジメられているんだろう」

 とぼくは言う。


「……」

 彼女は何も答えなかった。


「小学校の時に、ぼくもゾンビ子にイジメられていたんだ」


「ゾンビ子?」


「君をイジめているアイツのことだよ」


「……イジメは終わったんですか?」


「終わったよ」


「どうやって?」


 ぼくはゾンビ子をボコボコに殴ったこと、イジメが明るみになったこと、親と一緒に謝りに行ったこと、その年はイジメがなかったこと、を伝えた。


「……そうですか」と彼女が呟き、下を向く。

「その方法、私にはできませんね」


「ぼくも今やれって言われてもできない。あの時は必死だったんだ」


「……」


「担任の先生には言った?」


「伝えました。でも……」

 彼女が泣きそうな顔をする。


「カンセリングの人に電話した?」

 学期が始まる前に、スクールカンセラーの相談窓口の電話番号が乗っているプリントが配られていた。

 家庭内や学校で困っている人は、かならず電話するように先生に説明を受けていた。


「しました」

 と彼女は言いながらも、辺りをキョロキョロと見渡す。


「ちょっと、あの」

 うさぎが言い淀む。

 この会話自体があまりしたい会話じゃないんだろう。


「君を休み時間になったら連れ出してあげる」とぼくが話を戻す。「その代わり、魔神の情報を教えてほしい」


「魔神?」

 あぁ、と彼女は言って、角を触った。


「君がどうして魔神になったのかが知りたいんだよ」


「……わかりました」


「よし」


「でも、どうして?」


「小説」とぼくは言った。


「書いているんだ。アイデアがほしいんだ」


「なんか、そういうのって、ちょっと恥ずかしくないですか?」


「なにが?」


「小説を書いているっていうの?」


「野球をやっている、っていうのと変わりはないと思うけど」

 とぼくは言う。


 彼女が首を傾げる。

 ぼくも首を傾げた。

 どうしてぼくは小説を書いていたら恥ずがしがらなくちゃいけないんだろうか? 父はそんな恥ずかしいことをしていたんだろうか?

 野球をやっている事に対して恥ずかしさを感じる人はいないだろう。

 サッカーをやっている事に対して恥ずかしさを感じる人はいないだろう。

 もしかしたら小説を書いている人のほとんどは恥ずかしくて隠しているんだろうか? 


「いつか黒歴史になりますよ」

 と七瀬うさぎは言った。


 黒歴史? 必死にやっていることが恥ずい過去になるわけがない。


「そんな半端な気持ちで書いてねぇーよ」とぼくは言った。

 それに未来でもぼくは書き続けている。書き続けてるぼくが、過去に書いていたことを恥ずかしい、って思うかよ。



 次の休み時間も、ぼくは約束通りに彼女の元に向かった。

 ぼく達は廊下を歩く。


「えっ、魔神じゃないの?」


「当然です。ヘアピンです」


 はぁ、とぼくは肩を落とした。


「ごめんなさい」


「いいよ。本当は魔神だなんて思ってなかった。だけど設定は固まっているもんだと思っていたよ」


「設定? ありますよ」


「どんなの?」


「異世界から転生したんです。ちなみに異世界の記憶は無いです」

 

 うんうん、とぼくは頷きながら聞く。


「ある日、ある日って言っても今日の事なんですけど。人間として生まれ変わった私は魔神の力に目覚めて角が生えてしまったんです」


 うんうん、とぼくは頷く。


「だからアナタが聞きたい魔神の話はできません」


「いいね。いいね。その設定なら魔神の話ができなくても矛盾が生じないわけね」


「当然です。そのために考えたんですから」


「それを考える君が面白いんだよ。それじゃあ、どうして異世界に転生したの?」


「考えていません」


「考えた方がいいよ」


「考えてください」


「それじゃあ、勇者も転生して、この世界にいるっていうのはどうだろう?」


「いいですよ」


「転生した勇者を倒すために、魔神として生まれ変わった」とぼくが言う。


「勇者の転生が先ですか?」


「あっ、そうか。ごめんごめん。魔神の転生の方が先がいいか?……そうだよな。勇者は魔神を倒す運命を担っている。それに異世界で魔神が死んだのなら、それは勇者に倒されたからだろうし。それじゃあ魔神の方が先に転生した。魔神が転生した理由は勇者から逃げるため。だけど転生した魔神を殺すために勇者も生まれ変わった、っていう方が自然か」


「そうですね。その方が自然ですね」


 なにが自然なんだろうか?

 

「それじゃあ、勇者はゾンビ子だ」


「……」


「君を滅ぼそうとしてる。君はアイツに勝たなくちゃいけない」


「なんで彼女が勇者で、私の方が魔神なんですか?」


「君が魔神っていう設定だからだよ。そもそも何で魔王じゃなくて魔神なんだよ」


「……王より神の方が強そうじゃないですか。誰にも負けなさそうじゃないですか」

 と彼女はポツリと呟いた。


 誰にも負けなさそう、と彼女は言ったのだ。七瀬うさぎはゾンビ子に負けたくなかったのだ。



 それから毎日のように休み時間を七瀬うさぎと過ごした。


「金木君が言うラノベってなんですか?」


「ラノベに興味あるの?」


「いえ、別に」


「そうか。興味あるのか」


 ぼくは頷く。


「ラノベっていうのは」

 とぼくが言う。


 ラノベを読み始めて一年が経過しようとしていた。

 詰め込み教育のおかげで、それなりに知識もある。


「挿絵が入った小説のことだ、と説明する人が多いけど、それじゃあ説明不足なんだ」


 彼女は窓から見える空を見上げていた。

 地雷を踏んだ、と思っていたのかもしれないけど、もう止められない。


「アニメ脳で書かれた作品のことをラノベというんだ」


「アニメ脳?」


「新井素子がSF小説でデビューした時に、ルパン三世をイメージしたらしく、それがラノベの起源なんじゃないか、という説が『キャラクター小説の作り方』という本に書かれている。つまりアニメの映像を思い描いて書かれた作品がラノベなんだ」


「へー」と興味なさげに彼女は呟いた。

 彼女は角を外して、窓の反射で自分のことを確認しながら角の位置を少しだけズラした。

「なんか、そういうのって、オタクっぽくて恥ずかしくないですか?」


 そういうのが何を指しているのか、ぼくにはわからない。


「そう? 好きなことを恥ずかしがる必要はないと思うけど」

 とぼくは言った。


「絶対、黒歴史になりますよ」


「歴史を刻んで何が悪いんだよ」


 遠くから女子グループの笑い声が聞こえた。ゾンビ子の笑い声だけが、やけに鼓膜を揺さぶる。誰かが遠くで泣いている声も聞こえた。


 うさぎは体を震わした。

 ぼくは彼女に寄り添うように近づいた。

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