第24話 切り札、曲木一蒼

「これがあの日の顛末だよ。次に目覚めた時には、僕はこの通り、幽霊になっていた」

「一蒼の頭を殴ったのは、弓形白羽?」

「いや、確かに彼女に連れてこられたが、僕を殴ったのは別人だった。不意打ちだったから顔は見れなかったけど、突然後ろから男の声が聞こえて、僕はそいつに殴られた」

「矢継彦かしら?」


 白羽に協力する男性として、芙蓉が真っ先に思い浮かべたのは、弟の矢継彦だった。


「もちろんその可能性もあるけど、聞こえた声はもっと低かったように感じる。暴力を振るう瞬間だし、普段の印象なんてあてにはならないだろうけど、口調も矢継先生とは違っていた。僕の欠席の件といい、矢継先生の事件への関与は確定だけど、鬼の喉にいた確証はない」

「他にも協力者がいるということ?」

「弓形家の影響力を考えれば、協力者ぐらいいても不思議ではないね……不意打ちとはいえ、せめて振り向ければな」


 あの時、一瞬でも犯人の顔を見れていたらと一蒼は悔やむ。幽霊になったからこそ、生身の頃の話を、目で見た主観でしか語れないことが歯がゆい。


「話してくれてありがとう……本来なら、思い出したくもない話だよね」


 気丈に振る舞ってはいるが、自分が死んだ時の状況を言葉におこす辛さは、察するにあまりある。


「それは、お互い様だから。それに、最初に記憶を思い出した時のように、今は孤独を感じてはいないよ。孤独は耐えがたいけど、こうして僕は、孤独の辛さを君に打ち明けることが出来ている。だから今の僕は孤独ではないよ」


 そう言って一蒼が微笑んでくれるのが、芙蓉にとっては悲劇の中でのせめてもの救いだった。


「私だってそうだよ。一蒼と出会えていなかったら、私は頼れる相手もいないこの場所で、孤独に押しつぶされていたと思うから」


 孤独は耐えがたい。だけど、境遇は異なれど、同じく特殊な状況に置かれている一蒼の存在に芙蓉は救われてきた。


 全てが解決してしまったら、また孤独に戻ってしまうのかもしれない……そこまで考えて芙蓉は頭を振った。今はそんなことを考えても仕方がない。この事件は何としても解決しなくてはいけない。


「私の方からも、昨日思い出したことを話すわ。ただ、ごめんなさい。まだ事件当日の記憶は戻っていなくて」

「それは仕方がないことだよ。話せる範囲で大丈夫」

「ありがとう。結論から言うと、香坂希乃は失踪した日に、弓形白羽と会う約束をしていた」


 芙蓉は昨晩、自宅で思い出した香坂希乃の夏休み中の記憶を、一蒼に語り聞かせた。加えて、少し眠って、記憶を整理したことで、不意に思い出した記憶がもう一つある。


「大事な話があると言った希乃に対して、白羽は誰にも邪魔されずに、二人だけで話せる場所を提供すると言った。失踪した日、希乃は白羽と話をするためにその場所に向かったみたい」

「赫美山の旧学生寮だね」


「うん。当時の時点ですでに使われていなかったけど、17年前だし、建物は今ほど古くはなかった。何らかの形で活用できないかと検討されていて、維持管理も行き届いていた。そんな旧学生寮の鍵を白羽は持っていて、自分のプライベートスペースとして使っていたみたいね。

 当日の記憶が無いから、二人の間にどんなやり取りがあったのかは分からない。だけどあの場所で希乃の遺体が見つかった以上、穏便には済まなかったのでしょうね……それが計画的だったのか、それとも衝動的なものだったのか」


 どちらにせよ、最悪の結末だったことには変わりない。それでも親友だった相手に計画的に、明確な殺意をもって殺害されたのだとすれば、香坂希乃にはあまりにも救いが無さすぎる。


「希乃さんの遺体は、寮の床下から見つかっている。これには床板を剝がしたり、力も手間もかかる。当時高校生の白羽さん一人で、これだけのことが出来たものか」

「それについては、中学生だった弟の矢継彦も同様ね。当時はまだ線の細い、華奢な少年って感じだったから」

「当時から、もっと大人の協力者がいたのかもしれないね」

「二人の親でもある、一矢理事長とか?」


「無関係ということはないだろうけど、十七年前の時点ですでに先代から理事長の座を引き継いでいたようだし、立場的に指示は出しても、工作に直接関与するかは疑問が残る。誰か命令を受けた人間が存在するのかもしれない」


「もしかして、一蒼もその人が?」

「可能性はあるね。矢継彦先生の声ではなかったけど、集会で聞く理事長の声とも違うような気がしたから」


 白羽でも矢継彦でもない。犯行に関わった第三の人物。正体不明かつ手練れの印象から、プロの殺し屋のような人物像を想像してしまう。危険な存在であることは間違いない。


「私たちは特殊な立場にはあるけど、あくまでも私は、前世の記憶を持つ以外はただの可憐な美少女だし、一蒼は人畜無害な透け透けの幽霊。正直、私達の手には余るような状況よね」


「確かに、折口さんの舌鋒の鋭さは強力な武器だけど、流石にそれで殺人犯は倒せないからね。残念ながら、幽霊である僕に特殊能力が芽生えるご都合主義も、期待できそうにはない」


「身近に相談できるような大人がいない以上、警察に頼ることも視野に入れるべきじゃないからしら。問題はどうやってこの複雑な状況を信じてもらうかだけど」

「信じてもらう必要なんてないよ。言っただろう。僕という存在が切り札になると」

「どういう意味?」


「僕は記憶を思い出し、鬼の喉がどこにあるのかを知っている。あの場所からわざわざ僕の死体を動かすとも思えないし、僕の死体は今もあそこに残されているはずだ。香坂希乃の事件じゃない。曲木一蒼の遺体が見つかった事件として警察を動かすんだよ。香坂さんの事件とは、後で向こうが勝手に関連付けてくれるはずだ。僕の死体だけじゃない、鬼の喉の実物を見たら、警察は大混乱に陥ることになると思う。あそこは、それだけのインパクトを持つ場所だよ」


「切り札、曲木一蒼か。かっこいいじゃない」

「想像以上に死者は雄弁なのだと、思い知らせてやらないとね」


 吹っ切れた様子で一蒼は笑みを浮かべたが、芙蓉は一蒼ほど上手く笑うことは出来なかった。犯人たちに一矢報いると言えば聞こえはいいし、多少なりとも一蒼の無念は晴れるだろう。だけど、失われた一蒼の命は決して戻ってはこない。それに、事件が解決した時、一蒼は恐らく。


「そういえば一蒼、昨日ファイルを読んでいたら、こんなものが出てきたんだけど。一蒼が貰ったものだよね?」


 我に返り、芙蓉は昨日見つけた名刺を取り出した。感傷的になるあまり、うっかりこの話題を忘れるところだった。


「ああ、そういえばその名刺のことをすっかり忘れていたよ。襲われる前日だから、三十日だったと思う。学校帰りに、家の近くで刑事が聞き込みをしていてね。僕にも声をかけてきたんだ。あの時点で色々なことを調べてはいたけど、僕が主に調べていたのは過去の失踪事件の方だし、あくまでも素人調べ。警察に話すのは流石に躊躇われてね。今更後悔しても遅いけど、あの時何かを話していたら、違う結果もあったかもしれない。警察との貴重な接点だし、この刑事を頼るのもありか」


「その前に、刑事は一人だった? 二人だった?」

「一人だったよ。そういえば、刑事は基本的に二人一組で動くと聞いたことがあるけど、もう一人はたまたま外していたのだろうか」


 名刺を貰った時の状況を一蒼本人から聞いたことで、昨夜覚えた違和感が、大きな疑念へと変わっていく。


「私も昨日、同じ刑事に声をかけられたわ。刑事に相談するにしても、相手は選んだ方がいいかもしれない」

「その表情だけでも事の深刻さが伝わってくるよ。詳しく話を聞かせて。その上で、これからどう動くべきか、二人でしっかり話し合って決めよう。間違っても、折口さんを危険に晒すわけにはいかないし」

「ここまで来て何を言っているの。事件解決のために体を張る覚悟ぐらい出来てるわよ。一蒼だって命を懸けたんだから」

「僕は死者で折口さんは生者だ。そこには天地以上の差があるよ」

「だけど、死者である一蒼に、生者である私を止めることは出来ないわ」

「……そうだね。僕には君を止めることは出来ない。だけど、君を心配する僕の気持ちも理解してくれよ」

「……ごめんなさい。言葉が過ぎたわ。一蒼が私の身を案じてくれていることは分かってる。だけどね、香坂希乃の記憶を持つ私にとってこれは、避けて通ることの出来ない宿命なの」

「分かったよ。君を止めたりはしない。だけど勇み足になる必要もない。事件を解決し、折口さんも無事に帰れる。そんな計画を考えよう」

「ありがとう。一蒼」


 芙蓉は一蒼の調査ファイルを開くと、残されていた白紙のページを開き、ペンを手に取った。どうやって事件を解決するのか、二人で意見を出し合い、書き込んでいく。このファイルはもう、一蒼だけの調査ファイルではない。一蒼と芙蓉、二人の調査ファイルだ。

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