第23話 八月三十一日
「白羽さん。質問したいことがあるんですが?」
八月三十一日の午前。一蒼は図書室の白羽の元を訪れていた。夏休み最終日とあって、部活動以外で学校を訪れている生徒はほとんどいない。
「どうしたの? 藪から棒に」
突然の質問に困惑し、白羽は小首を傾げている。
「赫美山に、鬼の喉と呼ばれる場所はありますか? 弓形家の白羽さんなら、何か知ってるんじゃないかと思って。すみません、お家のことはプライベートでしょうし、本当はこういうことを聞くべきではないと分かっていますが、どうしても気になってしまって」
「曲木くんは、古橋巳之助の『尾荷尾奇譚』を読んでいたよね。もしかしてその影響? 読書家の曲木くんのことだから、しっかりと読み込んでいると思うけど、あの本の中で、そんな場所は存在しないと書かれていたでしょう」
「本を読み込むだけではなく、独自に裏付けも行いました。どうやら著者の古橋先生は、鬼の喉は赫美山のどこかに存在すると考えて、改めて調査を行いたいと考ていたようです。もちろんそれは古橋先生の私見であり、実在するという確証なんてない。だけど著名な民俗学者だった古橋先生のことですから、それなりに可能性は感じていたと思うんです」
「それを知って、一蒼くんはどうしたいの?」
「どうもしません。ただ知りたいだけです。赫美山に詳しい白羽さんが存在しないというのなら、諦めもつく。僕の夏休みの自由研究はそれで終わりです」
「曲木くんは勉強熱心だね。そういうところ、嫌いじゃないよ」
優しい声色で、白羽は微笑んだ。他意はないと分かっているが、「嫌いじゃない」という一言に、一蒼も思わずドキっととしてしまう。
「鬼の喉は存在するよ」
「えっ?」
思わぬ返答に、一蒼は呆気に取られる。正直、駄目元の質問だった。古橋巳之助が調査をしていた当時の状況を考えれば、本当に存在していないか、外部の人間には決して見せてはいけない秘密の場所である可能性が高い。だからこそ、一言「無い」と断言してくれたらそれで納得するつもりだったのに、まさか存在を認めるとは。
「午後からでよければ、私が案内してあげるよ」
「いいんですか? 秘密の場所なんじゃ」
「鬼の喉は、弓形家にとって特別な場所だから、確かに古橋さんが調査に来ていた当時は、外部の人間に見せてはいけないという意見が大勢だった。だけど、時代は変わっていくものだよ。世代交代も進み、私たちの世代はあの場所をそこまで神聖視しているわけじゃない。砕けたことを言うと、別に隠すほどのものじゃないよねって。もちろん悪戯に吹聴されても困るけど、曲木くんはその辺りの分別は弁えていると思うし、見てもらうだけなら問題ないよ。その代わり、撮影はNGだけど」
「分かりました。これはあくまでも個人的な調べもの。全ては僕の中に留めておきます」
「理解してくれてありがとう」
笑顔で頷くと、白羽はスマホで一度時間を確認した。
「鬼の喉まで遠くはないけど、山に入るのだし、一度家に帰って、動きやすい服に着替えてきた方がいい。旧学生寮に続く入口は知ってるよね。十四時にそこで合流しましょう」
「分かりました。また後で」
学校から家まで少し距離があるので、一蒼はすぐに一度家に戻ることにした。拠点にしている空き教室に残したままにしていた調査ファイルと、図書室で借りた古橋巳之助の著作を翌日に、転入生の折口芙蓉が手に取ることになろうとは、この時の一蒼は夢にも思っていなかった。
「……これが、鬼の喉」
「いつ見ても独特な地形。鬼の喉とはよく言ったものよね」
「そうじゃなくて……なんですか、中のあれ――」
「悪く思うなよ。これも弓形のためだ」
一蒼は突然、背後から頭部に強烈な一撃をくらい、大きくバランスを崩す。一蒼の意識はそのまま、深い深い闇の中へと落ちていった。
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