第8話 モフモフ邂逅

 私は手を挙げて茂みから飛び出し、幻獣の子どもたちに話しかけたのだが、空気が凍りついてしまったのだった——。



「あ、あれー?みんなー、どうしたのー?一緒に遊ばない?」


 私は苦笑いを浮かべながら、頬をかいた。リリアンは無言で般若のような怒りの表情を浮かべている。幻獣の子供たちは固まったまま……。


 まずい、何かやらかしたってことはリリアンの顔から分かるけど、この状況でどうすればいいのか分かんない!!


 と思ったら、トラ柄の子がフルフルと震え出して、それから叫んだ。


「す、しゅげぇ!!ニンゲンだ!ニンゲンがいるよ、みんにゃ!絵本に出てくるニンゲンだよ!」


 そして、それに釣られて幻獣の子らは一斉に歓喜の声を上げた。すると、その声を心配して、さっきの羊お爺ちゃんも「どうしたんだい?」とやってきて、私を見て驚いた。


「フォッ?!これは、これは……。なんとも珍しいお客さんですなぁ!あの、失礼ですがお名前は?」

「フェルメール・アウターです。フェルンって呼ばれてます。あっちにいるのは、リリアン。リリアン・エンドラゴンです」

「あっち?」


 羊お爺ちゃんは首を傾げた。私は指差してリリアンのいるところを示した。


「そう、あそこの茂みの裏です」


 その瞬間、


「言ったらダメじゃろがーい!!」


 と、リリアンは茂みからバサっと飛び出して、私に突っ込んだ。そして、キーッという感じで怒った。


「ちょっとフェルン!!なんで行っちゃって、言っちゃうのよ!もしものことがあったらどうすんのよ!!」

「へへっ、ごめん。思い立ったら体が動いちゃうの。でも、この子達も羊お爺ちゃんも悪い人ではなさそうだったし……」


 プンスカと怒りながらズカズカとこちらに歩いてくるリリアンを見て、羊お爺ちゃんは驚きながらも、「フォッフォッフォ」と笑った。

 リリアンは羊お爺ちゃんの前に来ると深々と頭を下げた。


「お初にお目にかかります。わたくし魔法都市ハイゼンのルノワール魔術大学院で研究員をしているリリアン・エンドラゴンと申します。この度は敷地に無断で立ち入ったことお詫び申し上げます。

 私たち、危害を加えるつもりはなく、迷ってここに来てしまったんです。何も持たないまま、事故でここに転移してしまったもので、可能であれば食料など分けていただきたく……」


 私はこういうときのリリアンの淑女としての嗜みに感心して「ほぅ」と唸った。謝罪をしながらもさりげなくこちらの要求を入れている。

 羊お爺ちゃんは、コクリと頷いた。


「そうでしたか、大変でしたなぁ。食料だけと言わず是非とも泊まっていきなされ。大したおもてなしはできませぬが、客人ですならな」


 リリアンがピクリと眉尻を上げた。「人間の客人」と「久しぶり」の双方の単語が気になったようだったが、リリアンは自然な会話を意識してまずは久しぶりの方に焦点を当てることにした。


「あ、あの。久しぶりってことは、以前も誰か来たことがあるんですか……?」


 お爺ちゃんは嬉しそうに頷いたあとで、思い出すように宙を眺める仕草をした。


「えぇ。ざっと一二〇〇年前になりましょうかな……。いや、一三〇〇年でしたかな?」


 私たちは眉間に皺を寄せた。んん?千年?聞き間違い?


 リリアンと私は目を見合わせて、同じ疑問を持ったことを確認した。私が手を挙げて聞く。


「すみません。お爺ちゃん、何歳なんですか?」


「私ですか?細かくは覚えたりませんが、ワタクシこう見えて、一五〇〇歳くらいになりますな。フォッフォッフォ、いや、どう見えているかわかりませんが」


 私は思わず目を輝かせて尋ねた。到底人間の寿命とは思えないうえ、私の知る限りそんな長命な生物は存在しなかったのだ。


「せ、一五〇〇?!えっ、えっ、おじいちゃん何者なんですか?!なんか違法な人体実験の結果ですか?!」


 「おいっ!」とリリアンは私の頭にチョップした。しかし、羊お爺ちゃんは笑って答えてくれた。


「ワタクシ?ワタクシ、ただの竜でございますよ」


 リリアンと私は「りゅ、りゅう!?どうみても羊にしか見えないのに?!」と思ったのだが、私がそれを口に出そうとしたので、リリアンは慌てて私の口を塞いだ。

 羊お爺ちゃんは顎の羊毛を撫でながら言った。


「フォッフォッフォ。このヒゲのせいで竜には見えませんかな?」


 今度は、リリアンの制止より早く私は口に出してしまった。


「えぇーっ?!それってヒゲだったんですか?!どうみても羊毛!」


 リリアンが私を睨んだ。私は「てへっ」と舌を出して誤魔化した。羊お爺ちゃんは微笑みながら答えた。


「いやいや、おそらく竜の大半は、顔がこんな毛に覆われておりますぞ?」


 確かに竜のイラストでは、顔の周りにヒゲが生えていたことを思い出して、なんか違う気がしながらも、私たちは「なるほど?」と首を傾げながら納得した。

 お爺ちゃんはそれから、少し悩ましげにこう言った。


「しかし、お二人は人間界から迷い込まれたのであれば、手段も探さなくてはならないでしょう?

 それまでの間、是非ここにお泊りくださいな。大したもてなしはできませんが、子供たちからは元気がもらえますぞ。フォッフォッフォ」


 高笑いする羊お爺ちゃんをよそに、私とリリアンは顔を見合わせた。


 ん?人間界?いま、人間界っていったよね?

 それに戻る?人間界に戻る……?!


 —— ここって異世界ってこと?!


 リリアンが褒めたばかりの淑女の嗜みをどこかにやって慌てながら聞いた。


「ちょ、ちょっとすみません!!えっ?ここってどこなんですか?!」


「おや?ご存知ありませんでしたかな?ここは人間界とは別の世界—— 幻獣達の住む世界〈ファンクシア〉。そして、ここは幻獣の子供達を育てるファンクシア・ファームですぞ」


 私とリリアンは口をあんぐり開けて、抱き合った。



「え……えっ……えぇーーーーっ?!」



 こうして私たちの〈ファンクシア〉での生活が幕を開けたのだった!



***———作者コメント———***


ここまでお読みいただきありがとうございました!

もし、少しでも二人を気に入ってくれたり、続きが読みたいと思ってくださいましたら、☆や♡、ブックマークで応援いただけると幸いです!


遂にスローライフ開始です!

導入までが長い!ここまで一万五千字かかってしまいました。

遅すぎますね。あと、二万字くらいだけお付き合いください!


今後もよろしくお願いします!



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