第2話 小さき村にて
湿った土の匂いと、小鳥の声。
志紀レンはゆっくりと瞼を開けた。見上げれば木漏れ日が揺れ、緑が覆いかぶさる森。あたりは見慣れない景色ばかりだ。
「……ここは、地上だな。やれやれ」
神界の荘厳な空気に慣れきった身には、土の感触も虫の羽音も、やけに生々しい。レンは腰に下げた通信宝珠を取り出す。
神々との連絡手段――のはずだった。
「ルエル、聞こえるか? 応答しろ。……おい、寝てるのか?」
宝珠は沈黙を保ったまま、何度試しても通信がつながらない。
「まさか……置き去りか?」
呟いた直後、腹の底から笑い声が湧き上がる。
自嘲だ。
千年の修行を経て唯一神の後継とまで呼ばれた男が、地上に放り出され、連絡すら取れない。笑うしかない。
(まあいい。まずは状況を把握するか)
森を抜けると、小さな村が見えた。だが――
空気は重く、焦げた匂いが漂っている。村の入り口近くには、炭のように黒く焼けた家々が並んでいた。
(……襲撃の痕か)
歩みを進めると、生存者らしき少女が道端でこちらを睨みつけた。髪は煤で灰色がかり、服も破れている。だが瞳は、炎より鋭く光っていた。
「……あんた、誰?」
声には警戒心と敵意が混ざっていた。レンは何気なく答える。
「通りすがりの者だ。怪我は――」
「近づくな!」
少女は一歩後ずさり、手にした棒切れを構える。
その反応に、レンは僅かに眉をひそめた。
「俺は何も――」
「その格好……魔王の手下か!? 神なんて信じたら裏切られる! あんたも同じだ!」
神、という単語で、レンはわずかに視線を落とす。
神界で過ごした千年が脳裏をよぎるが、今この少女にそれを語っても意味はない。
(……信仰を失ったか)
「勘違いだ。俺は魔王とも神とも関係ない。ただの人間だ」
「……嘘だ」
少女の瞳は揺らぎながらも、棒切れを下ろさない。
そのとき、遠くから地響きのような足音が響いた。
「伏せろ!」
レンは反射的に少女を抱き寄せ、横へ飛び退いた。直後、巨大な狼がその場をかすめ、牙を剥き出す。
普通の人間なら悲鳴を上げる場面だが、レンの口元には笑みが浮かんだ。
「……いいじゃないか。まずは腕試しだ」
地上に降りた最初の戦いが、こうして幕を開けた。
神々に拾われ最強になったが、人間界じゃただの厄介者だった件 百架 @hyakka
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