1-4 本当の準備室
1限目の授業に向けて、学校中が段々と静かになっていく。
そんな廊下を、あえて教室とは逆方向に歩いていくユキ、そしてその後ろをついていく蓮。
蓮は、目の前を歩く長身の美人の背を見る。
吾垂高校の制服は、もう夏服に切り替わっている。男子は白の半そでシャツに、紺色のスラックス。女子もまた、白のブラウスに紺色のプリーツスカートだ。
そんなシンプルな服装も、久城 ユキという人が着ていると、なんだか洒落た着こなしのように見えてくるから不思議である。
そんな久城 ユキという人は――写真部で見せるような彼女の本性を知らなければ――凛々しくクールな美人である。
見た目は勿論のこと、彼女の実家が、この街の神社の参道で代々続く「
***
1階の東側。図書備品室前についた時。
廊下の後ろから、ぱたぱたと軽い足音が聞こえた。てっきり、遅刻間際の生徒かと思ったが。
「って、窪!?」
振り返った蓮は、思わず声をあげる。
そこには、かなりのスピードで走ってきたであろうに全く顔色を変えていない窪 初穂が、丸くて黒い目でユキと蓮とを見ていた。
「教室から、ユキ先輩と水橋が見えた」
「そ、それで来たの?」
初穂はこくりと頷き、ズレた眼鏡を元に戻した。ユキもまた、神妙な顔で頷き返す。
「ありがとう、人手はあった方がいい。昨日はもういいと言ったが、祠にも『兆し』が表れた以上は、やはり『桐の箱』は実在すると考えた方がいい」
「あ、あの、先輩。いったい何がどういう」
「図書備品室で、まだ探していないところを探したい。最悪、君たちは昨日探した順序さえ教えてくれれば、授業に戻ってもらっていい」
「分かりました」
図書備品室に歩き出そうとする初穂に、
「あ、あのさぁっ」
蓮は言った。
「窪は、その『桐の箱』の中身が何かとか知らされてるの?」
俺だけ知らされてないならそもそも教えてほしいんだけど、という思いで蓮は尋ねる。だが、初穂は機械人形のようにふるふると首を振った。
「何も知らない。……探してほしいと言われているから、探している」
「そんなぁ。ユキ先輩、急ぐのは分かるんですけどせめてその箱が何かだけ教えてもらってもいいですか?」
そう尋ねる蓮に、ユキはあっさりと首を振った。
「悪いが時間がない。理由は、まずは現物を見つけてからだ」
「そ、それなら」
「昨日の状況だけ教えてくれれば、君たちは無理に手伝わなくとも」
「先輩」
「急がなければ」
備品室の鍵を開けようとするユキに、蓮は思わず大声で言った。
「あのっ! 探す部屋、違うと思います!」
チャイムが鳴る。
一時間目が始まった廊下は、しんと静まり返っている。白とグレーの廊下の窓を濡らす雨が、はたはたと気の無い音を立てる。
ユキは、片眉を吊り上げた。
「どういうことだ?」
「あの、昨日から思ってたんです。そもそもその――なんかよくわからないけど、宝探しのヒントみたいな奴。『願いの像から右へ歩いた備品室』ですよね」
「ああ、そうだ」
「でも、図書備品室は昨日、俺と窪でめちゃくちゃ探したけど、桐の箱なんて見つかりませんでした。で、俺思ったんです」
蓮は、頬に垂れてきた汗を手の甲でぐいっと拭った。
「この学校って確か、15年ぐらい前に水道管の大規模な工事かなんかで、改築工事をしてる筈なんです」
「え? ……あっ」
ユキは一瞬訝し気に目を眇めたが、すぐに何かを思い出したように、生徒玄関の方に目を向ける。
生徒玄関に並べられた「吾垂高校の歴史」の写真パネルには、改築前の学校の写真も並べられている。
「それで、『願いの像』も、元々違う場所にあったと思うんです」
蓮は、頬に滴る汗を手で雑に拭いた。
「その宝探しみたいな文言が何年前に作られたのか知りませんけど、もしも改築前に作られたんだとしたら、『願いの像から右へ歩いた備品室』は、図書備品室じゃない可能性があるんです」
蓮の言葉を聞いていく内、ユキの白い頬が、湧きあがる興奮に赤みを帯びる。
「ってことは――」
***
1階、北校舎の端、 理科準備室の前。
最奥の理科室へと続く突き当りの廊下は、しんと静まり返り、どことなく湿気の重さを感じる。
「昔の『願いの像』の位置から考えると、ここか」
「でも、鍵もないのにどうやって入ります?」
蓮は、ポケットから取り出した一口抹茶チョコ饅頭を齧り、言った。
「職員室に行って借りてくるにも、がっつり1限目の授業中ですけど」
「校庭から回り込んで窓を破るか。最悪、鍵の一つや二つならアタシたちでも壊せるだろう、古いし錆びてそうだし」
「いやいやもうそれ、校則違反どころか犯罪じゃないですかぁ」
と、情けない声をあげる蓮の横で、初穂が理科準備室のドアの前にストンとしゃがんだ。
「窪?」
初穂は暫くドアの鍵を眺めていたが、やがて、スカートのポケットから水色のポーチを取り出した。
「窪? 窪? あれ、俺の声聞こえてない? 窪? えっ、窪さぁん?」
「……」
初穂がポーチをジーッと開くと、中から黒いヘアピンとヘアゴム、さらにリングノートを束ねるリング、六角レンチ、マイナスドライバーが出てきた。
初穂はそれらを次々に鍵穴に差し込んだり抜いたりしつつ、かちかちといじくりだす。
蓮は「うひゃぁ」と甲高い悲鳴をあげそうになり、慌てて自分で口を塞ぐ。
「まずいって! 絵面がまずいよどう考えても!」
「絵面? うん、彼女はドアの前に膝をついて熱心に鍵の観察をしているだけさ」
ユキはそう言って魅力的なウインクをし、親指を立てた。
「いや先輩、どう見てもコソ泥ですけど」
「たまたまじーっと鍵穴を観察していたら鍵がカチッと開いちまう事はあるだろうさ」
「もうだめだ写真部はおしまいだ」
蓮が頭を両手で抱えたところで。
かちっ。
小気味のいい音が聞こえたと同時に、初穂はささっとヘアピン等をポーチにしまい、スカートのポケットに押し込んだ。
「え、ねぇそれさ、器用とかってレべルじゃなくない? これどこで覚えるの? なんで覚えたの?」
初穂は、蓮の言葉にはプイッとそっぽを向き何も聞こえないフリをし、
「流石だな、よくやってくれたよ初穂」
ユキからの言葉には、頬を赤らめ、ゆるゆると首を振った。
そろり、とドアを開ける。ユキ、蓮、初穂の順番で中へと入る。
埃とカビ、それに薬剤の匂い。肩にじっとりのしかかるような、重たい湿気。
「とはいえ理科準備室も、結構モノでいっぱいですよ」
蓮は呟いた。
「そうだね。でも、桐の箱なんて見つけようと思えば――あっ」
ユキが声をあげる。
壁に寄せられた棚の一番上。ユキの視線に伴い、蓮の目もまたそこへ吸い寄せられる。
「あ……」
埃をかぶった、白い箱があった。
ユキは近くにあった踏み台を棚の前まで押すと、棚の上に手を伸ばした。
埃にまみれて真っ白になった箱。
それはユキが言った通り、ノートや教科書ほどの大きさの、薄い箱だった。劣化で掠れているが、『足立』という文字が筆で書かれている。
「本当にあった……」
ユキは小さく息をついた。そして、箱の側面に指をかけ、力をこめる。
ぱか、と。
箱は呆気なく開いた。
砂塵のように、埃が舞う。
そこにあったのは。
<続>
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