1-3 呼び出し

 「へ、変な音?」

蓮と京平はそれぞれ、顔を見合わせる。


野上は「ハァ」とため息をつくと言った。

「ほら、俺の家って江崎町の方だろ」

「あ、ああ」

江崎町というと、四三樹市の中でもかなり北側、車道に沿って延々と田んぼや畑が続く土地である。市街地からは離れた、山沿いの区域だ。

「だからさ、家もなんか結構山に近いんだよな。で、先週ぐらいからなんか、山の方から変な音が聞こえるんだよ。なんだろうな、機械がずっと動いてるみたいな」

「へぇー……工事とかじゃなくて?」

「それな。母さんが近所の人と話したんだけど、ウチだけじゃないんだって。で、近所の人が市役所とかに問い合わせたけど、山ン中とかで工事とかはしてないみたいなんだ」

「へぇえ……」


 「で、怪物の仕業じゃないかって野上は恐がってんだよな」

島崎に小突かれ、野上は「ちげぇよ!」と声を荒げた。

「別に怪物なんて言ってないし」

「言ってたじゃん」

「誤解だって。ただ、その音っていうのが……」

「いうのが?」

みたいだった、ってハナシ。唸り声みたいな。ほんとそんだけ。おい、別に怪物とか信じてないからなっ」

「わかってるよぉ」

うんうんと頷きつつ、蓮は「はぁ」とため息をついた。

 正直――うずうずしていた。得も言われぬ高揚感が、腹の底から蓮の内側をくすぐっている。

「怪物かぁ……!」

蓮の浮ついた声に、野上は声を荒げる。

「おい、俺の話聞いてたか?」

「うん。もちろん怪物とは思ってないよ。でも、何か不思議な現象ってことだろ? 気になるなぁ。もしそんなでっかい音を出す生き物がいるなら……」

蓮は、「うはぁ」と声をあげ、両頬を抑えた。

「見てみたいなぁ……どんだけでっかいんだろ」


 「ま、水橋はそうだよな」

島崎がけらけらと笑った。

「え、え? 何? みんな見てみたくない?」

「いやだってさ。そんな化け物、普通に関わりあいになりたくないだろーが」

「そうそう」

「えぇー? なんで? 変な奴がいるなら見てみたいじゃん」

「んで、写真に撮りたいって?」

「うん」

蓮は強く頷いた。


 島崎が、隣の佐藤の肩を小突いた。

「水橋って前もな、『開かずの更衣室』かなんかの前でさ」

「開かずのロッカーな」

「ああ、それそれ。体育館前の『開かずのロッカー』の前で2時間待機だっけ、よくやったよな猛暑日に」

八重歯を見せて笑う島崎に、蓮は笑いながら答えた。

「だってさぁ、数時間に1回ガタガタ動くって聞いたからぁ。なら、確かめたいじゃん」

「で、動いたの?」

佐藤がいつものネタを振る。蓮はその場の全員の眼差しをぐるりと確認して、じっくり間を溜めた。

「その結果は……何もありませんでしたー」

やれやれ、と呆れた笑いが起きる。とはいえもうこれは、4、5回ほど擦った「いつもの流れ」であった。


 開かずのロッカー。それは、体育館の前にある備品用のロッカーだ。縦長の形のロッカーが、6つ、横に連なっている。中には、モップや雑巾、あまり使わない用具が入れてある。

 とはいえ、「開かず」と言っても、その一番右のロッカーが、シンプルに鍵が壊れていて開かないだけなのだが。

 誰が言い出したのか、数時間に1回ガタガタと揺れ、人の声が聞こえる……という噂が流れていたのである。

 だが、そんな噂を聞きつけたら気になってしまうのが蓮のサガだった。

 だから去年の夏、「バスケ部の京平を待っている時」などに、体育館の前でロッカーの前に陣取り見張っていたのだが、結局は無駄足で終わったのだった。


***


 やがて一限目の時間が近づき、クラスメイトたちの雑談の輪は端からばらばらとほつれていく。

 落ち着き始めた空気の中、京平が言った。


  「ねえ、蓮ちゃん」

「ん?」

妙に、神妙な声だった。授業前に、と鞄からこっそり取り出したハッカ金平糖をポリポリ食べていた蓮は、ゴクリと飲み込んでから「どしたんだよ」と京平を見上げた。

「もしもの話で心配になってる俺がおかしいんだろうけど」

京平はそう前置きすると、一息に言った。

「お化けとか怪物とかさ、そういう危ない場所とか。マジ、絶対行かないでくれよ。俺、蓮ちゃんが心配なんだから」

京平は、柴犬のような大きな黒目で、蓮のことをじっと見た。一方の蓮は、

「おう! 心配すんなって!」

ばぁん、と自身の胸板を叩く。ばぁん、と叩いたつもりだが、筋肉とは程遠い薄い胸板は、ぱすん、と間の抜けた音を立てるのみだった。


 京平は、「ハァ」とため息をつく。

「蓮ちゃん、前もそう言って大雨の中飛び出して行ったし」

「だって人面犬が街歩いてたって聞いたらそりゃ行くだろ。人面犬だぞ?」

「暑い日なのに、『開かずのロッカー』の前で2時間見張ってたとか」

「声が聞こえるっていうなら気になるじゃん。デマだったけど」

「あの時も俺がスポドリ渡さなかったらどうなってたか」

京平は、はぁとため息をついた。

「心配なんだよ、俺。蓮ちゃんがさ、さっき野上が言ってた怪物追いかけて山とかに突っ込むんじゃないかって」

「京平はいっつも心配しすぎなんだって」

蓮はけらけらと笑った。京平は大きな瞳で蓮をじっと見つめた。

「ほんとに? 山つっこまない?」

「おう。ちゃんと準備するって。虫よけスプレー持ってくし」

「それで準備万全のつもりなのか!?」


 その時だった。


 がらりっ、と勢いよく教室のドアが開いた。まるで雷のような急な物音に、クラス全員の視線が前方の入り口に向けられる。


 そこに立っていたのは。


 「水橋くん、ちょっといい?」

いつものクールな表情だが――僅かに汗で髪を乱したユキ先輩だった。

「あ、は、はい。京平、ごめんちょっと行くわ」

蓮は慌てて席を離れ、廊下を歩くユキについていく。


 教室から、

「告白かー?」

と野太い下品なヤジが飛んでくる。

 だが、ユキはそれらを全く聞こえない様子でツカツカと歩いていく。蓮の方もああいうヤジは毎度の事だったので、むしろ、ユキの用件の方が気になっていた。


 2階廊下の突き当り。階段前の空間は、窓の光源もぼんやりとしていて、朝にも関わらず夕方のように薄暗かった。

 ユキはそこでバッと振り返ると、自分より頭一つ背が低い蓮のために背を屈めた。そして、真剣な眼差しで真正面から蓮に問うた。


 「水橋。まずい事になった」

「え?」

「祠が壊れ始めている」

「ほこら……」

一瞬、問われた言葉の意味が分からず。蓮は視線をあちらこちらにやりながら、「祠」と「壊れる」を頭の中で検索する。そしてすぐに、昨日の夕方の光景を思い出し、頷いた。

「あ、あーあれですよね、校門前から鳴衣主神社に繋がる道の祠。俺も金曜日、見ました」

「なにっ、先週からだったのか!?」

バンッ、とユキの両手が、蓮の肩を抑える。蓮は、ライオンの檻に放り込まれたチワワのような表情で、考えうる限りの早口で現状を述べた。

「あ、あのユキ先輩! 俺っ、何もしてないですただ見てたんです祠をただ見てただけなんです触れてもないです水漏れてるねーって見てただけなんです俺何もしてな」

「急ぐぞ、水橋」

「え?」

ユキの声は、氷のように冷徹、そして硬かった。

「桐の箱探しだ。まさか、こんな事態になるなんて。こうなってはもう、アタシたちには時間がない。この街が危ないんだ」

「え、えっ?」


 蓮の頬がヒクッと引きつった。


 「あ、あの……1限目の授業は?」



<続>

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