第24話:白馬王子の見た夢、その先へ

公孫瓚による天下統一から十年。中華全土は、かつての争乱の記憶が嘘のように、深い安寧と繁栄の中にあった。彼の創り上げた新国家は、武力と智略だけでなく、民の生活を第一とする「善政」によって、盤石な基盤を築き上げていた。


帝都には、新たな宮殿が築かれた。絢爛豪華ではないが、堅固で、そして何よりも民が安心して集える広場が中心にあった。公孫瓚は、自ら皇帝の座には就かず、「天下宰相」として、献帝を補佐する形で実権を握り続けた。これは、転生者として未来を知る彼が、権力に固執することで生じる新たな争いを避けるための選択だった。


執務室には、年齢を重ねた荀彧、郭嘉、蔡文姫、法正の姿があった。彼らは、それぞれの分野で、公孫瓚の天下を支え続けた。


「殿、各地の収穫は過去最高にございます。新たな灌漑(かんがい)施設も完成し、民の飢えは、もはや過去の物語となりましょう」


荀彧が、満足そうに言った。彼の顔には、苦労の跡が刻まれているが、その瞳は穏やかだった。


「ふむ。これも、殿が現代の知識をもたらしたおかげですな。疫病も激減し、民の寿命も延びたとか」


郭嘉が、茶をすすりながら笑った。彼の言葉には、どこか寂しさが滲む。彼もまた、己の才を最大限に発揮し、この「ありえない天下」が現実となる様を、間近で見てきたのだ。


「民の訴えも、以前に比べれば、ほとんどが建設的なものばかりになりました。もはや、悲鳴を聞くことはほとんどございません」


蔡文姫が、柔らかな表情で言った。彼女は、地方行政の要職に就き、常に民の声に耳を傾けていた。彼女の「言葉の力」は、民と公孫瓚の橋渡しとして、絶大な信頼を得ていた。


法正は、腕組みをしたまま、静かに頷いていた。彼は、新たな法の制定に尽力し、民に寄り添いながらも、国家の秩序を保つ厳格な法体系を築き上げていた。


そして、公孫瓚の傍らには、常に趙雲がいた。彼の武は、もはや伝説となり、天下に並ぶ者はいなかった。しかし、彼は自らを「殿の一介の護衛」と称し、日夜、民の安全と国の防衛に尽力していた。彼の白い鎧は、もはや血にまみれることはなく、ただ安寧の光を反射していた。


「殿……まさか、この時代に、これほどの平和が訪れるとは……」


趙雲が、遠い目をして呟いた。彼の瞳には、かつて劉備と目指した「義」の光と、公孫瓚の「善政」が結実した喜びが混じり合っている。


その頃、江東では。


「公孫殿は、本当に凄いお方だ。俺では、到底ここまではできなかっただろうな」


孫策が、長江の雄大な流れを見つめながら、しみじみと語っていた。彼の江東は、周瑜の補佐のもと、公孫瓚の統治理念を忠実に実行し、天下でも有数の豊かな地となっていた。彼は、もはや「小覇王」ではない。一国を治める、堂々たる君主となっていた。


公孫瓚は、自身の体が衰え始めていることを感じていた。転生者とはいえ、この肉体は、やがて寿命を迎える。


夜の庭園で、俺は趙雲と共に月を眺めていた。満月が、天下を優しく照らしている。


「子龍よ。お前が望んだ『弱き民が、ただ安心して生きられる世』は、果たして実現できたと思うか?」


俺は、趙雲に問いかけた。


趙雲は、静かに頷いた。


「はい、殿。間違いなく。この世に、これ以上の安寧はございません」


彼の言葉に、俺は満足した。


「だが、この安寧を、誰が継いでいくのか。私の命は、いずれ尽きる。その後も、この理想の世が続くのか、私には見えない」


俺は、正直な気持ちを吐露した。それが、転生者としての、最後の「問い」だった。


趙雲は、俺の言葉に、静かに首を横に振った。


「殿、それこそが、殿がこの世に残す『遺志』にございます。殿は、すでに数多の種を蒔かれました。そして、その種は、芽を出し、育っております」


趙雲は、庭園の隅で、楽しそうに走り回っている少年たちに目を向けた。彼らは、公孫瓚の善政の下で生まれ育ち、文字を学び、平和を知る世代だ。その中には、かつて劉備に仕えていた兵士の息子もいた。


「あの子供たちが、次の世を創ります。殿の『善政』を学び、殿の『義』を理解し、そして殿の『未来』を引き継いでいくでしょう」


趙雲の言葉に、俺は静かに頷いた。俺が目指した天下統一は、単なる領土の拡大ではない。新しい時代の基盤を築き、次世代に平和と希望を託すことだったのだ。


俺は、趙雲と共に、少年たちの元へと歩み寄った。


「なあ、おじさん!公孫様は、どうして天下を統一できたの!?」


一人の少年が、無邪気な瞳で俺を見上げた。


俺は、静かに微笑んだ。


「それはな……白馬の王子が、民が心から笑える夢を見たからだ」


少年は、目を輝かせた。その少年が、いつか「俺が、この世の次の時代を創る」と、力強く誓うことを、俺は知らない。だが、その若く、純粋な眼差しの中に、公孫瓚は、自身の理想を受け継ぐ、未来への確かな兆しを見た。


そして、公孫瓚は、数年後、静かにその生涯を閉じた。彼は、皇帝の位には就かず、その死も、民には静かに報じられただけだった。彼の死後、天下に再び乱れは訪れなかった。彼の蒔いた「善政」の種は、深く根を張り、民の心にしっかりと育っていたからだ。


彼の遺した書物には、こう記されている。


「乱世の終焉は、武力のみにあらず。智にあり、民の心にあり、そして未来へと繋ぐ遺志にあり」


白馬のたてがみが、安寧の風に、穏やかに揺れていた。それは、終わりの物語ではなく、次なる時代の始まりを告げる、希望の輝きのように見えた。


白馬王子は天下統一の夢を見たか?


その答えは、彼が創り出した新しき世の中に、永遠に息づいていた。

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白馬王子は天下統一の夢を見るか?ー公孫瓚さん、めっちゃイケてる!ー 五平 @FiveFlat

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