第12話:智の激突、奇策の応酬

袁紹軍の勝利に沸く喧騒は、夜の闇に吸い込まれていった。しかし、公孫瓚の陣営では、その夜から、新たな戦が始まっていた。それは、武力ではなく、智謀による戦いだった。


「袁紹は、兵站の維持に苦慮しているはず。特に、大軍を動かせば動かすほど、その足元は脆くなる」


郭嘉が、地図の上に置かれた駒を動かしながら言った。彼の目は、獲物を狙う鷹のように鋭い。


「我々は、彼の補給路を徹底的に叩く。しかし、正面からぶつかるのではない。あくまで奇襲、そして攪乱だ」


荀彧が、その言葉に付け加える。彼の表情は、いつになく真剣だ。


「そして、情報戦も並行して行う。蔡文姫殿の知見を借り、袁紹の悪行を民に広める。同時に、我らが洛陽での善政を、より広く知らしめるのだ」


俺は、二人の策に深く頷いた。今回の戦は、単なる兵の数ではない。いかに相手の弱点を突き、民の心を味方につけるか。それが勝敗を分ける。


その夜から、公孫瓚軍は、新たな動きを見せ始めた。


まず、趙雲率いる白馬義従の精鋭部隊が、闇夜に紛れて袁紹軍の補給路へと潜入した。彼らは、敵の輜重部隊を襲撃し、物資を奪い、あるいは破壊した。しかし、決して深追いはしない。あくまで、袁紹軍の補給を遅らせ、彼らを疲弊させるのが目的だ。


「殿の命とあらば、いかなる困難も乗り越えん!」


趙雲の声が、闇夜に響く。彼の槍が閃くたびに、敵兵が次々と倒れていく。白馬義従の兵士たちは、前回の敗北の雪辱を果たすべく、鬼気迫る勢いで戦った。彼らの白い鎧は、闇夜に浮かぶ亡霊のように見えた。


一方、蔡文姫は、各地の郷紳や有力者たちに密使を送り、袁紹軍の略奪行為や、民を顧みない姿勢を告発する文書を配布させた。その文書には、公孫瓚が洛陽でいかに民を慈しみ、善政を行っているかが、具体的な事例を挙げて記されていた。


「民の心は、水のごとし。清き流れには集まり、濁りし流れからは離れる」


蔡文姫は、そう言って、静かに筆を走らせていた。彼女の言葉は、民の心を動かす力を持っていた。


袁紹軍の陣営では、異変が起こり始めていた。


「何だと!?また補給部隊が襲撃されただと!?一体どうなっている!」


袁紹が、怒声とともに机を叩いた。連日の補給路への奇襲により、兵糧や物資が滞り始め、兵士たちの間に不満が募り始めていたのだ。


「公孫瓚め!小癪な真似を!」


袁紹の幕僚の一人が、悔しそうに言った。


「さらに、各地で公孫瓚の善政を称え、我らを非難する怪文書が出回っております!民の間にも、動揺が広がっている模様です!」


別の幕僚が、顔色を変えて報告した。


「怪文書だと!?誰がそのようなものを!」


袁紹は、激怒した。彼の「名門の権威」が、民の心から揺らぎ始めていることに、彼は気づいていなかった。


袁紹は、補給路の防衛を強化し、怪文書の出所を突き止めるべく、兵を動かした。しかし、それは、彼の兵力を分散させ、さらなる疲弊を招くだけだった。


公孫瓚の陣営では、郭嘉が、袁紹軍の動きを正確に予測していた。


「袁紹は、我らの策に嵌まりましたな。補給路の防衛に兵を割けば、その分、前線が手薄になる。そして、怪文書の対応に追われれば、さらに兵が分散する」


郭嘉は、満足そうに口元を歪めた。


「そして、その隙を突く」


荀彧が、静かに言った。彼の目は、すでに次の手を読んでいる。


公孫瓚は、この好機を逃さなかった。彼は、疲弊した袁紹軍に対し、総攻撃を仕掛けた。白馬義従が先鋒となり、袁紹軍の薄くなった前線を突破していく。


「今こそ、雪辱を果たす時だ!民のために、この乱世を終わらせるために、戦え!」


公孫瓚の号令が、戦場に響き渡る。兵士たちの士気は最高潮に達していた。


袁紹軍は、補給の滞りによる飢えと、怪文書による民の動揺、そして公孫瓚軍の猛攻により、総崩れとなった。多くの兵士が武器を捨てて逃げ出し、袁紹は、辛うじて本陣を維持するのが精一杯だった。


「まさか……この私が、公孫瓚ごときに……!」


袁紹は、信じられないという顔で、敗走する兵士たちを見つめていた。彼の「名門の驕り」は、今、完全に打ち砕かれた。


この戦いは、公孫瓚の完勝だった。彼は、武力だけでなく、智謀と民の心を味方につけることで、天下の大勢力である袁紹に、大きな一撃を与えたのだ。


しかし、公孫瓚は知っていた。これは、まだ序章に過ぎない。この乱世は、まだ終わらない。


夜の闇の中、戦場には、勝利の歓声と、敗者の呻き声が入り混じっていた。


白馬のたてがみが、勝利の風に、高らかに躍る。その白い輝きは、闇を打ち払う光のように見えた。


この勝利は、公孫瓚の「善政」が、天下に広がる第一歩となるだろう。そして、彼の「未来」の治世が、いかにこの乱世を変えていくのか。その物語は、まだ始まったばかりだ。

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