第4話:洛陽の慟哭、最初の挫折
白馬義従の電撃行軍は、想像を絶するものだった。公孫瓚の指揮のもと、彼らはまさに白い流星群のように大地を駆け抜けた。昼夜を問わず、ほとんど休むことなく進み続けた。転生した俺の身体能力も、この常人離れした行軍を可能にしていた。
しかし、洛陽に近づくにつれて、その道は地獄絵図へと変貌していった。
村々は董卓軍による略奪の痕跡が生々しく残り、焼け落ちた家屋から立ち上る煙が、空を黒く染めている。道端には、飢えや病で倒れた民の骸が転がり、その上をカラスが舞っていた。
「殿……これは……」
趙雲が、その惨状に声を震わせた。彼の瞳には、怒りと悲しみが入り混じっていた。公孫瓚もまた、民の苦しみに心を痛めているのが伝わってくる。
「これが、董卓のやり方だ。そして、これが乱世の現実だ」
俺は、唇を噛み締めながら言った。未来を知っているつもりだったが、実際に目の当たりにするその光景は、想像をはるかに超えるものだった。怒りが、静かに胸の奥で燃え上がる。
洛陽城が見えてきた。巨大な城壁は、内乱と董卓軍の侵攻によって、あちこちが損壊している。城内からは、時折、悲鳴や怒号が聞こえてきた。董卓が完全に洛陽を掌握し、暴政を敷き始めた証拠だ。
「間に合うか……!」
俺は、馬をさらに加速させた。この瞬間のためだけに、俺は転生してきたのだ。あの時、助けられなかった命を、今度こそ。
城門は、董卓軍の兵士が警備していたが、その数は少ない。内乱の混乱期を狙った、俺の予測は当たっていた。城内での略奪や抵抗勢力の掃討に忙殺されているのだろう。
「子龍!先行して城門を突破せよ!抵抗する者は全て排除、天子を保護する!無益な殺生は許さぬ!」
「はっ!」
趙雲が、白馬義従の先頭を切り、雷のような速さで城門へと突進した。彼の長槍が閃き、あっという間に数人の兵士が吹き飛ばされる。白馬義従の精鋭たちが、一丸となって城門を押し破った。
俺もそれに続き、洛陽城内へと突入した。しかし、そこで、俺の「完璧な予測」が打ち砕かれることになる。
「敵襲!敵襲!」
城内のあちこちから、兵士たちの叫び声が上がった。だが、その声は、予想以上に組織立っていた。混乱の中とはいえ、董卓軍はすでに、一定の防衛体制を築いていたのだ。
奥から、猛々しい咆哮が聞こえてきた。
「何奴だ!この董卓の縄張りを荒らす不届き者は!」
現れたのは、巨体に鎧を纏った男たち。その先頭には、ひときわ巨大な影がいた。まさか。
「……董卓!?」
俺の目に飛び込んできたのは、史実よりも早く、そして予想外の場所で、俺の前に立ち塞がった董卓の姿だった。彼はすでに、精鋭らしき兵を率い、迎撃の構えを取っていた。俺の予測では、彼はもっと奥深くで享楽に耽っているはずだった。
「貴様らか、この帝都の混乱に乗じて漁夫の利を得ようとする輩は!この董卓が、まとめて叩き潰してくれるわ!」
董卓が、巨大な得物を構え、嘲るように笑った。その顔には、禍々しいまでの殺気が宿っている。
「ちぃっ、まさか……!」
俺の額に、冷や汗が伝った。未来を知っているという慢心が、足元をすくわれたのだ。俺は、董卓の動きを読み違えていた。彼は、見た目以上に、嗅覚の鋭い男だった。
「趙雲!ここは一旦、天子の保護を優先しろ!殿内へ急げ!」
俺は、咄嗟に指示を飛ばした。白馬義従は董卓軍と激突。趙雲の槍が猛威を振るうが、敵も数で勝り、連携が取れている。
董卓軍の兵士たちが、まるで潮のように押し寄せてくる。白馬義従は奮戦するものの、その勢いに押され始めていた。
「殿、ここは危険です!撤退を!」
幕僚の一人が叫んだ。
「撤退だと!?馬鹿を言うな!天子を目の前にして、引けるか!」
俺は、激高した。あの時、何もできなかった自分への後悔が、ここで再び顔を出す。今、引けば、史実通り董卓が天子を牛耳り、乱世はさらに深まる。
だが、冷静な判断が、俺の脳裏をよぎる。このまま無謀な突撃を続ければ、白馬義従の精鋭を失う。それは、今後の天下統一の道にとって、あまりにも大きな損失だ。
**趙雲が、董卓軍の猛攻の中で、かすかに苦悶の表情を浮かべるのが見えた。**彼の動きに、一瞬の鈍りがあった。
「くそっ……!」
俺は、唇を噛み締めた。このままでは、趙雲までも危険に晒してしまう。
「全軍、天子の身柄を確保次第、一時撤退!殿内へ急ぎ、天子を連れ出せ!」
俺は、苦渋の決断を下した。この洛陽での介入は、完全に成功したとは言えない。天子の保護はできたが、董卓軍に大きな損害を与えるには至らなかった。
趙雲は、一瞬、俺の命令に迷いを見せたが、すぐに「はっ!」と応じ、天子のいる殿内へと向かった。
白馬義従が、董卓軍の猛攻をしのぎながら、後退していく。彼らの白い鎧は、すでに血と泥にまみれていた。
「覚えておけ、董卓!この借りは、必ず返してやる!」
俺は、董卓に向かって叫んだ。董卓は、ただ高笑いするばかりだった。
洛陽からの撤退は、俺にとって初めての「挫折」だった。未来を知る俺が、完璧ではないことを思い知らされた瞬間だ。
夜の闇の中、洛陽城から脱出した俺たちは、わずかに負傷兵を出しながら、辛うじて郊外へと辿り着いた。遠くに見える洛陽の街は、依然として董卓の支配下にあり、その闇が、深く、俺の心にも影を落としていた。
あの現代での「怯えた自分」の姿が、一瞬、脳裏をよぎる。完璧ではない。だが、今度こそ、立ち止まるわけにはいかない。
この痛みと悔しさを、必ず、力に変えてみせる。
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