第15話:操り人間


 なんだ、これは。

 これは、何の感情だ?

 動機が、収まらない。


「はぁ……はぁ……」

 私は、その場に、座り込んでしまった。

 この国の騎士団に入り、実力を身に着け、それからはこんな情けの無いことなど、なかったというのに。

 冷汗が止まらない。吐き気がする。


「おっ……!うヴ……え……」

 口を手で、必死に抑えた。

 視界が暗い。ぼやぼやして、前も下も見えない。


「誰か……助け……………………………………………?」


 私は今、なんて言った?

 国を守る私が、何を言っている?


「ぁぁ……」

 騎士として、こんな自分を許せるはずがない。顔を青くして、私は無理やり立ち上がった。


「はぁ……はぁ……」


 きっと私は本能の段階でのだろう。

 私が、命をかけようが、魂を捧げようが、自分だけでなく他者すらも犠牲にして戦おうが、あの男には勝つことができないと。

 それは、騎士としての「死」を意味した。

 私の剣は、折れてしまった。たった一回、あの男に殺意を向けられただけで。


「……怖い」


 今まで、私は「怖い」などという感情を持つことはなかったというのに。

 世界中の誰が相手でも、勝つか、万が一でも引き分けには持ち込むことができると、自負していた。それは確かに、今までは正しかった。

 しかし、それがこの有様だった。


「……なんなのだ……あれは」

 私は、見てはいけないものを見た。

 人の形をした、何か。

 心があるように見えて、その中身が見えない。


 「空洞」に厚い化粧をして、人を超越する何かが人の皮を被っていた。




***




「……あのエレンという騎士団長、おそらくですがこの村の異変に気付き、やってきたのだと思われます。何か先手を打っておくべきでしょうか?」

「いえ。別に大丈夫ですよ。彼女はむやみに誰かを傷つけるタイプの人間ではないようです」

せり様がそうおっしゃるならば、私はそれに従います」

「相変わらず堅いですねー。蘿蔔すずしろくんは」


 私、蘿蔔すずしろは仕事で忙しくなかなかせり様と話すことができていなかったので心が躍っていた。

 ああ芹様。今日も神秘的です!


「……それと、どうやらこの国、我々の行動を監視しようとしているようです」

「やはりそうなりますか。まぁ、利権は手放したくないでしょうからね」


 このわずか一ヶ月間で『第一号の学校運営開始』『総合病院開業』『村の再開発』を芹様のほぼワンマンで行った。私たちには無理をさせないと、芹様は私たちに伝えずにどんどん進めていたようで、私たちは完成品だけを見せられる日々が続いた。

 本当ならば、もっと頼って欲しかった。でも、私の実力では……芹様の足手纏いになってしまうのだろうか。ああ、それでも……私は貴方の役に立ちたい……そばにいたい。


「……まぁ、背後にいる方達は気になるところですがね」

「芹様、なにか?」

「いいえ。なんでもありませんよ」

「そうですか……?では、経過報告を」


 私は私なりにできたことを報告する。芹様はいつも真剣に聞いてくれる。だから、私もつい本気になってしまう。


「──以上です。何かご質問等あれば」

「大丈夫だよ、いつもありがとう」

「……とんでもございません!私は芹様のためなら何でもいたします!」

「無理はしないでね」

「ありがとうございます!」

「そんなに丁寧じゃなくて良いんですよ……ああ、そうです。これを」


 芹様は、私にお守りのようなものをくださった。これはもしや……。


「少し面倒なことになるかもしれません。それは私の追加の加護です。暫くは持っておいてください」

「芹様……感謝いたします」


 やはりそうだ。このお守りは、私がかつてこの病院に勤めることになったときにも貰ったものだ。今でも財布に入れて離さず持っている。


「まぁ、私が近くにいれば問題ないのですが、がいるかもしれませんから」

「卑怯な?」

「ええ。あの者たちは、私と貴女を無理やり引き裂き、孤立させるかもしれません。そのときの保険です」

「………」


 芹様と離れさせられる……なんと恐ろしいことだろうか。しかし、芹様はそのお力を込めた「お守り」を下さった。恐れることはない。


「何かあれば私も戦います。なんなりとご命令ください」

「はは、ありがとうございます。戦う必要はありませんが」




***




「おかしいな」


 村に偵察に行ったエレンを監視していたのだが、おかしい。

 私は彼女にかなり力を入れて洗脳魔法を施したというのに、彼女に動きがない。


の命令では、村にいる白衣の男を殺せということだったが……」


 該当する人物と出会った場合、あの戦闘力馬鹿がすぐに切りかかるように洗脳したはずが、何故かそうはならなかった。

 あろうとことかあの戦闘力馬鹿は、男を見た瞬間に戦意を喪失したのだ。


「あの男……まさか洗脳を一瞬で解除したとでも言うのか?」


 通常ならばありえない……しかし、あのイシヤマという男……あのお方が「最も警戒せよ」と言った人物。ありえない話ではないのか。


「仕方がない。私も村へと向かおうではないか」

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