第14話:虚無
「私はモード王国騎士団団長の、エレンという者だ」
「そうですか」
「……そうですか……か」
……私が自己紹介すると大抵のものは怯えるようなしぐさを取るのだが、この態度、やはり特殊な立ち位置の人間で間違いなさそうだ。私はますます警戒心を高める。
「エレンさんはイテラの村にどのような用で?地元というわけではないでしょう。騎士団長がわざわざこのような場所に来る理由は気になりますね」
「あ、それは……」
どう説明するか……。職務だし、うかつに情報を漏らすわけにはいかない。
それに、この女性──いやスズシロがまだ私たちの味方と決まったわけではない。
「か、観光だ」
「そうですか」
ろくな言い訳ができなくて焦ったが、これ以上彼女が何か聞いてくることはなかった。
「つきますよ」
20分ほど歩くと彼女は言った。そして彼女の言う通り、そのくらい歩いたところで森が開けた。
「え……?」
私は情け無い声を出してしまった。何故ならば、私の視界に映ったイテラの村は、私の想像する田舎町と全く異なるものだったからだ。
(なんだ……これは)
そこには、王都顔負けの、極限まで整備された空間があった。
村へと至る道は舗装され、村の入口と思われる門は新しさを感じるものであり、門の奥には植栽と噴水のようなものが見えた。
(一体この村に何があったと……?)
「ようこそ、イテラの村へ。スズシロ様と……そちらの女性は?」
「騎士団長のエレンさんだそうです。通してあげてください」
「騎士団長!?わ、分かりました」
スズシロは門番と少し話したのち、私を連れて村に入った。
「エレンさんはこの村に来たのは久しぶりのようですね。どうですか、美しくなったでしょう?」
村の広場のような場所で、噴水を見ながらスズシロが言う。確かに綺麗過ぎて驚いた。
「……え、ええ。随分と」
「でも、彼は村の良いところはちゃんと残すように細かく調整なさったんですよ。若干の財政難で整備できてなかった村が非常に住みやすい村になりました」
「なる……ほど?」
今の彼女の言い方は、少し気になった。
「失礼ですが、彼、とは?」
今の言い方的に、おそらくスズシロはその『彼』の部下か何かだろうか?となるとこの得体のしれない人物の上司とは……。
「ああ、失礼。彼というのは──」
「──おや。
「……
誰か男性の声が聞こえた瞬間、スズシロが顔色を変えてその声の元に駆けていった。
「セリ様……?」
私は正直言って困惑してしまった。
なんと言えば良いのか。
先ほどまでキリっとしていたスズシロが、一瞬にしてその……なんというか……恋する思春期の少女みたいな表情になって駆け出したのである。
(……あの人がスズシロの上司か?)
スズシロの前にいる男もまた、彼女と同じ白衣を見に纏っていた。身長は180以上ありそこそこ大きいが、痩せ型であまり強そうには見えない。
……がしかし、ぱっと見ではスズシロの異様さに私は気づかなかった。
と言うことは、もしかしたらこの男も強いのかもしれない。
油断してはだめだ。
「こちらの方は?」
「騎士団長のエレンだそうです。道に迷っていたので案内しました」
「そうでしたか」
セリと呼ばれる男がこちらへ向かってきた。
私は念のため迎撃態勢を整える。
「私は彼女の同僚の
「……っ」
「何かあればお手伝いします。ごゆっくりしていってください」
「…………?」
拍子抜けだった。
私は一瞬身構えたが、見れば見るほどこの男がただの温厚な男性に見えてきた。
細かい年齢は分からないが、若そうには見える。
「ああ、そうです。先ほどその先の料理店でカレーを食べたのですが、美味しかったですよ。見たところ、最近この村には来ていないようですから是非食べてみてくださいね。はは、食の楽しみを思い出させてくれましたよ」
「は、はぁ……?」
食の楽しみ?
「それと、騎士団長の方がわざわざこのような辺境に来るということは何かあったのでしょうか?国からの派遣でしょうか。我々には関係ないのかもしれませんが」
「それは……」
「もちろん言わなくてかまいません。守秘義務があるでしょうから」
この会話の中で、私はふと気づいた。
この男の眼は、どこまでも蒼く、深く、輝いているように見える。
だが、その先には何もない。
それは真っ暗な、深淵。闇。虚無。
その蒼さは、取り繕った幻想。
「ただ……間違ってもこの村の方たちを傷つけるような行為はおやめください。貴女ならばこの村の存在ほぼ全てを消すことも容易いでしょうが、私はそれを望みません」
セリの声のトーンが変わった。
今彼が出しているその声は、まさに世界の終焉を告げている。
「ええ……肝に銘じておきます」
「ありがとうございます。皆さん、お優しいですから」
彼の声のトーンが戻る。
それだけ言うと彼は私の元を去り、スズシロと再び合流してどこかへ行ってしまった。
私はなんとなく、近くにあったベンチに腰を掛ける。
「……ん?」
気づくと、私の額に冷たい汗が流れた。
思えばその汗は、幼い頃に戦地で流したものと似たようなものだった。
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