第11話:魂の転送



「──どうです。少し落ち着きましたか?」

「は……はぃぃ………」


「……?」

(おや……少し脈が速くなっていますね……おかしい。『友人』にこうすれば良いと言われたのですが……友人も間違えることがあるのでしょうか)


「もう少しこうしていますか?」

「……は、はい」

「分かりました」


 私は彼女が落ち着くまで待つことにした。

 少しずつ私の力を放ち、リラックスさせた。


 そのままの体勢を続けながら1時間ほど経って、彼女は「もう大丈夫です」と言って顔を上げた。


蘿蔔すずしろくんには、悪いことをしてしまいましたね」

「……っ、そんなことはありません!これは私自身の問題で……」

「私は他人の気持ちを理解するのがです。君は優秀すぎて、私はすっかり君の心をはかるのを忘れてしまっていた」


 現に、彼女は心をまた壊してしまうところだった。

 自分が情けない。


「これからは、君をもっと心から見ると約束します。着いてきてくれますか?」




***




「──進捗はどうですか、御形ごぎょうさん」

「……ああ。なんとかなってる。これならこっちの分はあと1日あれば終わる」

「流石ですね。芹とずっと付き合っているだけありますね」

「……どうも」


 管理室にて『友人』と御形は作業を続けていた。その作業というのは簡単に言えば、魂の振り分け作業だった。


 この世界の『あの世』では、面倒なことに魂の死んだ時期や死んだ場所に関わらずバラバラに魂が配置されているため、もし仮に誰かを生き返らせようとするならばまずそれを正しく振り分けなければならなかった。

 生い立ち、死因、『あの世』での拷問、など。それらを瞬時に把握し振り分けることは常人にできることではなかった。




 ──そして作業から2時間後……


「…………見つけた」

「!」

「4年前の魂だ。ここにいる」


 御形は、ついにメルの母親を発見した。


「『位置』を教えてくださいますか?」

「ああ。もちろんだ」

「芹の計画通り、まず彼女を生き返らせましょう」


 『友人』は、御形からデータを受け取った。


「……少しの間離れますが…………おや、ちょうど良かった」

 『友人』がその位置に行こうとした時、管理室のドアが開き芹と蘿蔔が現れた。


「お待たせして申し訳ありませんでした。私も手伝います!」

「いえ、無理しなくて大丈夫ですよ」


「芹、ひとまずメルの母親の『位置』が分かったぞ」

「おお。それはよかったです」


 管理室は賑やかになってきた。


「じゃあ、手分けしてどんどんやりましょう!」




***




「次は腕ぇ!」

「……っ」


 体を拘束されているから、逃げることはできない。

 苦痛をひたすら我慢する日々が続く。

 今日も、鬼が私の体を順に切っていく。

 私はそれに対して何もできない。


「ひひ」

 鬼は、持っているノコギリのようなものを私の腕にかざす。

 その笑みで歪んだ醜悪な顔は、目を瞑っていても脳裏に浮かんでくる。

 私は次に来るであろう痛みに備え、目を閉じた。


「…………?」

 でも、なぜか今日はいつまで経っても痛みはやってこなかった。

 私は目を開ける。


「………え?」

「迎えにきましたよ」


 私の目の前に、黒い髪の男性が現れた。

 ぞっとするような深い赤色の目をしていた。


「……迎えに……?…………ひっ!?」


 その男性は、

 先程まで私を苦しめていた鬼の『頭』を。


「ご心配なく。『あの世』の生命体は基本、意思のないただの機械のようなものですから」


 圧倒的な力で私たちをねじ伏せてきた鬼を、細身の彼は簡単に殺したというのか?


「…………っ」

「あぁ、逃げないでください。私は貴女を助けに来ただけなんですから」


 男は私に迫ってくる。

 だが、私は少し前に足の一部を切り落とされたことを思い出した。

 この場に鬼がいなくとも、そもそも私は速く動くことなどできなかった。


「少し待ってて下さい。とりあえず体を修復しますから」


 男は私の足に手を当てた。すると……驚くことに、一瞬で傷ついた足が元に戻った。

 鬼の拷問でも、もう少し時間がかかっていたのに。


「貴女には、大切な人たちがいますね」

「……?」

「メルさんが、待っていますよ」

「………っ!?メルを知っているのですか!?あの子は今どこに」

「ええ。彼女は元気に父親と共に生きていますよ」

「本当ですか?……良かった」


 半信半疑ではあったが、それでも『生きている』という話が聞けてよかった。

 あの子には、私と同じ目に会ってほしくないから。


「それよりも、『転送』の準備が完了しましたので心の準備をしてください」

「………?」

「少し平衡感覚が狂うかもしれませんが、お気にせずに。少しだけ我慢してください。先ほどまでの苦痛と比べれば大したことはありません」


 男の人がそう言った瞬間、私の意識は揺らいだ。




***




 少女メルは、生前の姿に完全に修復された母親の肉体を見た。


「……嘘」


 彼女は思う。そもそも、『4年も前に亡くなった母の姿をなぜ再現できるのか。いや、そもそも、なぜ会ったこともないはずの人間を再現できるのか』。

 彼女の脳内には、既に不気味を通り越した困惑だけが残っていた。


「『転送』の準備ができました」

「……っ!?」

 何もないはずの空間が切り裂くように開き、白髪の男が出てくる。芹だ。


「メルさん、今から貴女の母親を蘇生するので、よく見ておいて下さい」


 よく見ておけと言われなくても、メルは見るしかできなかった。この場で彼女にできることなどない。


「【【異空間】【対象:魂】『転送』】」


 芹はメルが聞いたことのない言葉で、呪文のような文字列を唱える。するとその瞬間メルの母親の肉体が淡く輝いた。


「……………?」

 不意に起き上がったそれは、既に魂の入った生命となっていた。

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