第12話:伝播



「芹様、成功したようですね!」

「ええ。漸く、一歩前進です」


 立ち上がった母の前で、大人たちが楽しげに話している。


「メ……ル?」

「お母さん……?」


 信じられない。

 この人は本当に、私の母だ。


「夢……?」


 『母に見える』目の前の女性は、私と同じで困惑気味だった。


「おや。せっかく再会したというのに、何をしているのですか?」

「芹様、おそらくまだ状況を把握できていないのだと思います」

「なるほど。そういうものですか」


「おかあ……さん」

 私は力を失い、崩れ落ちた。

 何とも表現できない感情があふれ、歩くことすらできなかった。




***




「──騎士団長、報告があります」

「入れ」

 木製の大きな扉を開け、室内に小柄な男が入った。部屋の中には、ピンク色と青色の混ざった独特な髪形の身長170cmほどの女性がいた。

 彼女はこのモード王国の騎士団長である。


「『イテラ』という村についてなのですが」

「イテラ?……ああ、エルフに寛容なあの村か。それがどうかしたのか?」

「これを見て下さい」

「?」

 男が手渡した資料のタイトルは、『過去三ヶ月の人口推移データ』だった。この国では村も含めて全人口の管理が行われているために、このような資料が存在する。


「人口データ?なんでこんなもの……を」

 資料を読み進めた騎士団長は、だんだんと声を歪ませる。資料の中身は厳しい戦場をいくつも経験した彼女でも困惑を隠せない内容だった。


「……この三ヶ月の申請期間に、人口が2倍になった?しかも、赤子ではなく成人が一気に増加した……?」

「はい。一応『転入』という扱いになっているようですが、流石におかしいのではないかと。それに、おかしな点は他にもあります」

「というと?」

「転入したと思われる人間の名前が、全員過去のイテラ村で亡くなった人間の名前と完全に一致しています」

「……は?」

「意味不明なんです。こんなことは初めてです」

「そうだな……」

 騎士団長は思考を巡らせる。しかし、当然のことながら答えはでない。

「……仮に実際よりも多く申請したのだとしても、それは来年納める村の税金が増えるだけだ。メリットは……ない」

「そうですね。可能性として一番考えられるのは本来なら記入ミスでしょうが、死人の名前をそのまま使うなど、狙ってやっているとしか思えません」

「面倒な話を持ってきたな……お前」

 騎士団長はため息をつくと、机に置かれたコーヒーを一気飲みした。

「まぁ良い……どうせ明日から3日間休日だ。私なら半日で行くことができるから、見に行ってやるよ」

「その言葉を待っていました」

「……はぁ、だと思ったよ」


(せっかくの休日だというのに、本当にブラックだ)




***




「──調子はどうですか?」

「あ、セリさん。お久しぶりです!1か月ぶりでしょうか?」

「そうですね。もうそんなに経ちますね」


 イテラの村に、芹が一人でやってきていた。

 経過観察といったところだ。


「生き返った人たちは馴染めていますか?」

「はい。ばっちりですよ」

「そうですか。それは良かったです。私たちもあの後も色々やって潤沢な資金を確保できたので、ようやく病院の機能を拡張できます」


 今芹は、目的の一つである『教育の拡充』を進めている。芹のポケットマネーで既に土地をいくつか購入しており、学校の建築をこれから行うところだった。ちなみに土地選びは芹が悩みに悩んで行った。


「それでですね。よければこの村にも学校を新しく作ってはどうかと思いまして。人員はひとまずこちらで用意できそうですから」

「学校ですか?そんな……貴族みたいな」

「私はこれから教育を貴族の特権から全国民向けに変えようと思っていますから。面白いことになると思いますよ。子どもは賢いですからね」


 芹の表情はいつも真剣であり、人々を引き付ける。


(さて、せっかくですから村の再開発を見学しましょう)


 芹はリーハの父の案内で村を歩く。人口が一気に増え、活気が増した村は新しい店や家ができていた。建物は石山芹建設(芹の企業の体)が中心となり無償で建設した。それもあり、かつての村の良い風景はそのままに、使いやすい新しい施設を入れることに成功した。


「いやー、農業用の器具も新しくしてもらったおかげで、めちゃくちゃはかどってますよ!」

「それは良かったです」


 リーハの父が指差した先には最新式の農業道具たちが並んでいた。村人たちは、それを手に取って各々の作業をしている。


「セリさん、こっちです。あの店が今この村で一番賑わっている食堂です」

「なるほど」

「もともと村人にたまに料理を振る舞っていた夫妻が、これを機に店を開いたんです。そうしたら予想以上に人気店になりまして、村の外からも人が来るようになったんですよ」


 現在昼時ということもあって、食堂の入り口にはかなり長い列ができていた。老若男女問わず並んでいる。


「店が繁盛しているのは良いことですね。せっかくですから、私も並んでみましょうかね」

「セリ様でしたら並ばなくても、席くらい用意できますよ?」

「いえ。私はそういうのは好きではありません。それに、村の雰囲気を直に感じたいですから。貴方もどうですか?お金は私が出しますよ」

「え、いえ、そんな。それなら私が出しますよ」

「大丈夫です。この前の件も含めて、少し経済的に余裕ができましたから」


 芹は押し通し、店の端から端まで続く列のさらに端に並んだ。並んでいる間は、リーハの父と村の復興状況について話し合った。


「そういえば、リーハさんとお連れ合いは元気でしょうか?」

 会話の中で、リーハの話題が出る。

「おかげさまで、娘も明るくなりました。何か怯えてしまって動けないことも減ってきて」

 父は口元を緩ませる。


「そうでしたか。それはよかったです」

「……あっ!そうそう、この前、リーハが貴方に会いたいと言っていたんでした」

 リーハの父は忘れていた、と頭を軽く叩いた。


「おや、私にですか?」

 芹は意外なような顔をする。

「はい。恩人に会いたいそうです」

「そうですか……別に私は恩人ではありませんが」

「そんなことないですよ!あの子、本当に感謝してるんです」

「分かりました。この後行っても大丈夫ですか?」

「是非!」

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