第9話:ゆめ



「これより、貴方の権限を奪わせていただきます」


 目の前の男はそう言った。

「……なんだと?」

 しかし私には、その言葉が理解できなかった。


「権限を奪うだと?」

「ええ。私と私の友人が、貴方を終わらせます」

「貴様は何を言って……」


 気付けば、男の横にもう1人の男が現れた。

 最高神とその男は似ている。

 なんと表現すれば良いのか。彼らはまるで、人の表の裏のようだった。


 それに、気になることがあった。


「……貴様は……まさか『死神』か?」

「おや……よく分かりましたね。その通りです。私は『死神』です」


 黒い髪の男は、自身が『死神』であると認めた。

 私からすればそれは意味のわからないことだった。


「……なぜ『死神』が最高神に協力している?それに、貴様の権限は……『死神』のものではないだろう」


 本来『死神』は『あの世』に従事する存在のはず。『水』に浮かんだ魂を『あの世』に送るだけの道具でしかない存在がなぜ『この世』の存在である最高神と一緒に行動しているのか。

 そして、目の前の『死神』の権限は通常の個体のものではない。明らかに強力だ。


「残念ですが、私はもう『あの世』側の存在ではないのですよ。私は既に最高神のものです」


「…………」

 まさか、こちら側に裏切り者がいるとは……。

 だが一体どうやって『王』の支配から流れたのというのだ?


「貴方達『王』が強気でいられるのは理由がありますね」

「……?」

「世界の構築上、『王』はその支配者に絶対的な力を持つ。そして、最高神に対しても『あの世』の中では同等以上の権限を持つ」

「それが……どうした」


「私たちは考えました。『あの世』の権限をある程度掌握し『王』に従属しない存在ならば、『王』を殺して権限を奪えるのではないか、と」

「………っ!?」

「そして芹は言いました。『そこに私がいれば完璧ですね』と」


 男が手を振りかざした。

 私はそれを見て寒気がし、即座に対応しようとした。


 だが──


「所詮はその程度ですか。芹の言うことはいつも正しいですね、本当に」


 その言葉が、私が聞いた最期の言葉になった。




***




「よくできましたね、『友人』。無事『あの世』の権限を掌握できてなによりです」

「そうですね……。まぁ、これで仮に他の世界に行ったとしてもある程度権限が通用するでしょう」

「ええ。これで救われる命が増えましたよ。やはり貴方は凄いですね、『友人』」

「………褒め言葉と受け取っておきましょう」


 無表情だが、『友人』は少し照れくさそうだ。

 そう見えるだけなのかもしれないが、私にはそう見えた。


「私に権限が完全に移行されましたから、これで貴方も権限を行使できるはずです。早く予定を済ませましょう」

「ふふ、そうですね」


 『王』の部屋には、既に主人はいない。

 私たちは一礼すると『王』の部屋を後にした。




***




「……ありました。ここです」


 今私たちは、『魂』が収容されているとある1室へとやってきた。

 端が見えないほどの広さの部屋の中は暗闇で、特殊な目を持っていなければそもそも何も見ることができない。


 この部屋は正確には管理室だ。

 『魂』はここに収納されているが、『意識』はこの部屋とリンクした別空間に存在している。


「……このタイプの世界では、『あの世』とは死者を管理し、罰するか安息を与える場所のことですね?」

「そうですね」

「しかしこの世界の場合、実際には安息を与えられる者はごく僅かです」

 『友人』は言う。

「この世界では、『王』に貢献した者・『王』を信仰した者が主に安息を得ることになるようです。どうやら、身分の高い存在の間では『王』の存在は語られているようで。それはつまり、不幸な人間は『あの世』でも結局不幸だ、ということに他なりません」

「……それはそれは」

「本来、明確なルールの下に生前の罪を裁き、罰する。そして罪が消えた時解放され、安息を得るのがこのタイプの世界です。しかしながら……この世界の『王』は色々と終わっていたようだ」


 珍しく『友人』は苛立ちのような感情を見せた。

 彼は、私を見て「そう言えば、以前貴方は私にこう言いましたね」と言う。


「『死んだ後も不幸になるくらいなら、いっそ無になるか別の存在に転生するする方が幸せなのではないか』と。私はそれに納得しました。……けれども、貴方は続けてこう言った。『とは言え、魂が残っているからこそ、今のこの存在を助けることができる。だから、私は全て無になるよりも、長く苦しむ前に助けられた方が良いです』と」


「よく覚えていましたね。それはあくまで私の都合でしかありませんが、本心です」


 もちろん死者からすれば多少苦しむ時間があるわけで、嫌に決まっているだろう。

 だが、それでも私は目の前の魂を救いたかった。


 私はあの人たちに満足して生きて欲しい。

 永遠の命を持つ者として言えば、短い命こそ大切にして欲しい。


「覚えている?何を言っているのですか。貴方と私はでしょうに」

「……そうでしたね」


 思えば、彼がいたから私は力を得ることができた。彼がいなければ私は何もなすことはできなかっただろう。


「貴方の『夢』、いえ。最高神あなた死神わたしの『夢』が、叶ったのですよ」

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