第2話:聖者





「──お待たせしました。繁縷はこべら君」

 数分後、『イシヤマ』と呼ばれていた男がやってきた。


(……あの男がこのハコベラという男の上司なのかしら?敬語を使われているし)


 イシヤマはとても不思議な雰囲気を纏った男?だった。

 この人には研究者の狂気に満ちた雰囲気は無い。むしろ、何というか、優しいような、そんな雰囲気の人間だった。


「どうです?良さそうな子はいましたか?」

「ええ、みんなとてもと思います。」


(合っている?…………もしかして……それって実験に使うのにってこと?……だとしたら、まずいわ)


「そうですか。では、早速買っていくとしましょうか」

 だが、悪意は感じられない。

 これはもしかしたら、本物のサイコパスなのかもしれない。私は背筋がひやりとした。



「では、ヘンサさん、手続きをお願いします」

「──かしこまりました。どの奴隷をご購入なさいますか?」

繁縷はこべら君、後は頼みますね」

「了解です!」

「では、こちらの個室へお願いいたします。『先生方』のことですから、個室の方がよろしいですよね?」

「ええ。お願いします」




***




(一体、誰を買おうとしているの………?合っている、とか言っていたけれど………私……なら……逃げないと……)


「案内致しま…………?」

 繁縷はこべらを個室へ案内しようとしたヘンサが足を止めた。


「──た、大変だ!!エルフの奴隷が逃げたぞ!!捕まえろ!!」

 従業員と思われる男が、大声で叫んだのだ。

「何事だ!!」

 ヘンサは大声を上げた。


「ヘンサ商会長……!……実はアベレージ伯爵が購入した奴隷が、奴隷紋を刻んでいる最中に逃げ出しました」

「何だと?早く捕まえんか!!」

「……それが、どうやらそのエルフは中級魔法が使えるようでして……追いかけた1人が返り討ちにあったのです……」

「な……、中級魔法だと!?中級魔法は普通、魔術士3人で使うもののはずだ!!まさか……エルフだから魔力が多いとでも言うのか?まぁ、良い、とにかく大勢で捕まえようとすれば何とかなるはずだ!!早く捕まえろ!!」

「は、はい!!」




***




(……ミラ……どうか逃げ切って……)


 ミラが逃げたことを耳にしたマイは、ミラが無事逃げ切れることを願う。


 実は、奴隷紋を刻む際に奴隷が逃げてしまうことはよくあることなのだが、大抵は奴隷商が雇っている見張り番が捕まえてしまうのだ。

 だが今回の場合、ミラは中級魔法を使えるため、魔法でうまく追ってを遮り奴隷商の外へと逃げることに成功したのだった。


「くそぅ、何をやっている、とっとと捕まえんか!!」

 そのような状況に、アベレージ伯爵は激怒した。

(……まぁ、ざまぁみろってところね)

 マイは内心そんなことを思うが、一方で大きな不安を抱えていた。


(……でも、外に逃げたとしても『エルフ』のミラは……)

 王国兵に殺されるか、また奴隷商に突き出されるか、もしくは一般冒険者に何かされるか。どのみち明るい未来は待っていないだろう。

 いくらミラが中級魔法を使えても、王国兵や冒険者に囲まれてしまったらとても太刀打ちできないだろう。

「ミラ……」




***




「あれ?何か大変なことになったみたいですね。どうしましょう、院長?」

 予想外の事態に、ハコベラという男はイシヤマ先生という男に判断を委ねたようだ。とは言っても緊張感はない。


「そうですね、どうしましょうか。私たちなら簡単に解決することはできますが、それが個人のためになるかは別問題ですからね。……とりあえず、『あれ』を優先しましょう」

 イシヤマは、おかしなことを口にした。

(……どういうことかしら??彼らは研究者ではなかったの?戦うようには見えないのだけど。……でも、何故かしら。見た目で判断してはいけないような気がする。それに、『あれ』って……)


 私にはイシヤマが言った言葉の意味はよく分からなかった。しかしおそらく、イシヤマという男にはミラを捕まえる何かしらの手段があるのだろう。


 ──そう、普通ならそう思う。

 だが、何故か私にはそういう意味ではないように思えたのだ。


 心の底で、何故か分からないが彼に期待している自分がいた。

 それはきっと、彼が『聖人』に見えたからなのかもしれない。その優しく、穏やかな雰囲気は、聖なる職の人間以上だった。

 私には、彼の言葉が何故か『優しく』聞こえた。




***




「──ヘンサ商会長、どうやらお困りのようですね。手をお貸ししましょうか?」

 せりはヘンサにそう言った。

「……?い、石山先生が、ですか?」

 しかし、当然と言えば当然であるのだが、ヘンサは困惑する。普通、研究者に戦闘力は求められないからだ。

 ヘンサもまた、芹を研究者と認識している側の人間だった。


 この世界の研究者は、ずっと魔法の研究、実験をしているものの、実戦経験はないものが非常に多い。また、その中でも戦うことを仕事とする『王国魔術師』と同じレベルの戦闘をすることができる研究者はごくわずかだ。

 ゆえに、研究者は一般的に戦闘力があまりないというイメージがあるのである。


 結果、芹はヘンサに「いえいえ!!お気遣いは無用です。石山先生はここでお待ちを。すぐにどうにかいたしますので!!」と言われ、協力を断られてしまった。

 そしてヘンサは、そのまま他の職員と共にミラを追いかけていってしまった。


「行ってしまいましたね」

「そうですね」

「さて、どうしたものでしょうか。戦えないと思われてしまったようで少し残念です」

 芹は、なんとなく悲しそうな表情を浮かべた。

「院長……」

 繁縷はこべらは内心、芹の嘘くさい悲哀の表情に呆れてしまっていた。




***




 『データ奴隷商会』があるのは、モード王国の東に位置する都市『ヒストグラム』の中心地である。この辺りは非常に治安が悪いことでも有名だ。



 さて、逃亡中のミラはと言うと────


「──おいおいおい、こいつエルフじゃねーか!!」

「まじかよ、すげぇぇー!?」

「エルフは売ると結構な金になるんだったな。こいつを売ればしばらく遊んで暮らせるってもんだな。」

「おいおい、まずは楽しもうぜリーダー」

「すげぇ!!」

「とっとと捕まえるぞ」

 早速、3人の不良に絡まれていた。



「……っ」

(まずい……大柄の男3人……それも、その辺の不良とは少し違う実力者……逃げ切れるの……?)

 実を言うと、ミラは正直逃げ切れる自信が無かった。

 誰にも言っていないが、ミラは相手の実力を見極めることができる固有魔法『真実の目』を使うことができる。具体的には、対象の【レベル】、【固有魔法】などを見ることができるというものだ。


 その魔法で3人を見たのだが、3人はそこらにいる不良たちとは実力が違った。


─────────────────────

〈真実の目〉


 対象:男A

 レベル:38

 固有魔法:なし

 職業:魔剣士

 魔法属性:闇


 対象:男B

 レベル:29

 固有魔法:なし

 職業:僧侶

 魔法属性:光


 対象男C

 レベル:34

 固有魔法:なし

 職業:格闘家

 魔法属性:火

─────────────────────


(──全員ほぼ30以上のレベル……しかも3人も……)


 まず勝つことはできない。ミラは現在レベル39とかなりの高レベルなのだが、流石に1人で3人の相手をするのは、魔力が多いエルフであっても厳しい。

 だからミラは、勝つのではなく逃げ切ることを第一に考える。

(……やるしか……ない!!)



「──さぁて、悪いがエルフの嬢ちゃん、早いとこ捕まってくれや。……やれ!!」

「おい、エルフ、覚悟しな!!」

 そう言って3人の内1人がミラに飛びかかってくる。


「──ふっ!!中級魔法『ファイア・ウォール』!!!」

 その瞬間、ミラは中級魔法であるファイア・ウォールを発動する。それによって、ミラと男の間に炎の壁が出現した。


「──熱っ!?な、こいつ魔法使いか!?」

 飛びかかってきた男は、炎の熱さにたまらず後ろに下がった。

「『中級魔法』だと?……そうか、そう言えばエルフは1人でも使えるという話を聞いたことがあったな……」


「クソッ、お前ら、一度立て直すぞ!!とりあえず下がれ!!」

(……あいつらが驚いている内がチャンス……逃げないと!!)


 ミラは、魔法で作った炎の壁をそのままにしてその場から逃亡を図る。



 しかし、その数分後。


「──はぁ……はぁ……な……んで……?」

「ふ……、さっきは驚かされたぜ。まさか1人であれだけの魔法を使えるとはな。だが、こちらにも秘策くらいあるんだぜ!!」

「……っ」

 ミラは、3人に再び追い詰められていた。



「──ふふふ、これを見ろ」

 男の1人が懐から正方形の物体を取り出した。


「この『反魔法具』があれば、どんな魔法使いだろうがただのザコにできる」

 そう言って取り出されたのは、反魔法具(魔法無力化装置)である『タンジェント式魔法無効化装置』だ。

「この前襲った金持ちが持っていたんだよ。これがあれば、魔法使いなんて、所詮はただのヤセだ」


(……これは……本当に、まずい……)

 ミラは、絶望する。

 自分では、どうあがいても勝てない。逃げることもできない、と。


「エルフ。満足したら奴隷商にでも売り払ってやるから、安心しな」

「……っ!!」

「おいおい、抵抗なんてやめとけよ?」


 リーダーの男は、気持ちの悪い笑みを浮かべた。今この空間では、人間の醜い精神構造が露になっていた。


「………え」

 だが、その空気は一瞬にして一変する。


 『トンッ』


 男の後ろから、何かの音がした。


「……?」

 そして、ミラが気づいたときにはすでに、その『何か』は彼女の後ろに立っていた。


「──初めまして、こんばんは」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る