第3話:人外



「──初めまして、こんばんは」

 ミラが気づいた時には、すでに彼女の後ろに誰かが立っていた。

「……っ!?」

 慌てて振り返ると、そこには汚れひとつない真っ白な服を着た男がいた。

(……全く……気が付かなかった……)

 ミラは心臓の鼓動が耳へと押し寄せてくる感覚を覚えた。




***




 私はこれでも戦うこと自体は得意だった。

 父から「お前には魔法の才能がある」と言われ、祖国であるメジアン王国では毎日戦闘訓練をさせられ、何人もの強者と手合わせしてきたのだ。

 そして、そのときに発現したのが私の固有魔法『真実の目』だった。


 私は今回も、この得体の知れない男の能力を暴くためすぐさま『真実の目』をつかったのだが、使った後に少しだけ後悔した。


「えっ…………」


──────────────────────

〈真実の目〉


 対象:白い服の男


 名前:セリ・イシヤマ


 レベル:未入力


 固有魔法:未入力


 職業:医者


 魔法属性:未入力

──────────────────────


「なに……これ……」

 真実の目が『未入力』という訳の分からない言葉を表示したことは、かつて一度もなかった。


「おや、どうかなさいましたか?具合が悪いのであれば──」

「……ひっ……!?」

 得体の知れない存在を見て、私は内臓が飛び出そうになった。


「──おい!!俺らのことを無視するじゃねぇ!!」

 そんな中、完全に蚊帳の外となっていた男たち3人組の内1人が、例の男性に向かって殴りかかった。

「──これは失礼」

 しかし、殴りかかったはずの男の拳は、空中を空振りする。

「……?……な!?」


「──わたくしは、せりと申します。さて。私は不幸な命を助けるため、ここに参りました」

 男性は、自身の名前をセリだと言った。あまり聞きなれない名前だった。


「……ふざけたことを……お前、やれ!」

「了解だぜ!!フッ!!!」

 男の1人が、再びセリという男性へと攻撃を仕掛けた。


「──では、始めましょうか」

 攻撃を仕掛けられているというのに、セリはひたすらに余裕だった。

 


 ──数分が経った。


 既にこの場には、先程の男たちはいない。

 この場にいるのは、私とセリという男性だけだ。


「──さて、ではここで質問です。ミラさん、貴方はこれからどうしたいですか?祖国に帰りたいですか?それとも何か他の道を探したいですか?」

「っ……!」


(……信じられない……たったの数分で……あの男たちは……)


 何が起きたのかはわからないのだが、目の前にいた男たちの雰囲気が一瞬にして明らかに変わった。

 そして、おかしなことに、彼らは私に慌ててすると、そのまま逃げるように走り去ってしまった。


「おっと、私としたことが……少し早とちりし過ぎましたね。では、まず場所を変えましょう」

「…………えっ!?」


 気づけば、どこか明るい場所に私はいた。


「職員さん、少し個室を借りますね」

「はい、かしこまりました」

「……ひっ……!?」

 悲劇か、この場所は先程死ぬ気で逃げたはずの奴隷商のテントの中だった。


「では、こちらへ」

 彼は、しゃがみこんでいる私へと手を差し伸べる。

 私には意味がわからなかった。

「──大丈夫ですよ」

 微笑みながら言う彼の存在が、私にはとても不気味なものに見えてしまった。




***




「さて。もう一度聞くことになりますが、貴女はどうしたいですか?」

「……私……私……は……」


 しかし、何故だろうか。

 『真実の目』によって、この人の能力の異常さを知っているから、私は心から恐怖を感じているはずだ。

 だが、それとは別の感情があったのだ。


「……家族の元に……帰りたいです……」

 本当に、何故かは分からない。

 この人だけは自分の味方でいてくれるのではないか。そう思った。

 その不気味さが、少し心地よくすら思えた。


「…………」

 私は、人間が怖い。

 幼いときから、『人間には注意しろ。そして、隙があれば迷わず、殺すか逃げろ』と、父から教育されてきた。


 心の奥深くにあるその考え方は、どうしても消えることがない。

 私が人間であるはずのマイと仲良くできたのは、多分、マイが人間という階級ではない『奴隷』だったから。


 私は、殺しは嫌いだ。だから、逃げなければ。

「私は……どうしたら……」




***




「──なるほど、では、取り敢えずだけしてしまいましょう」


 セリという男性は私の話を聞いた後、そう言った。


「え……?」

繁縷はこべら君、彼女をお願いします」

「あ。了解しました」

「あ、え?」

 私はハコベラという男に引き渡された。一見普通に見えるこの人もまた、変わった雰囲気を持った人間だった。

 真実の目を使ってみようかとも思ったが、怖いのでやめた。


「──さて、ヘンサ商……」

 そしてセリという男が、商会長に話しかけようと、個室を出た時だった。


「──おい!まだエルフは捕まっていないのか!?」

「申し訳ありません、まだ捕まえに行った職員が戻っていませんでして……」

 例の伯爵が、大声で怒鳴り散らしながらヘンサ商会長と共に個室の近くへとやってきていたのだ。


「──おや、これはこれは商会長。少々よろしいですか?」

「……?……!ああ、これは先生、申し訳ありませんが……今は……」

「──ああ!?なんだ、商会長?そのようなどこの誰かも知らんやつの相手などしていないで、とっととエルフを連れてこい!!!」


 あの憎きアベレージ伯爵は、商会長がセリさんの対応をしたことに激高した。

 あの偉そうな貴族たちのことだ。自分は上の存在である貴族であり、平民などとは次元が異なる存在だと思っているのだろう。



「──おや、これは失礼いたしました。もしお困りでしたら、何かお手伝いいたしましょうか?」


 しかし驚くことに、彼は伯爵にまるで日常会話をするかのように普通に話しかけた。いくら丁寧語だからと言っても、貴族に普通に平民が話しかけることなど、余程のことがない限りありえないはずだ。


「……ん?何だ、貴様……俺に向かって、お手伝いだと?…………まぁ、良い、とにかく今はあのエルフだ。俺は今ここで売っていたエルフを買おうとしていたんだ。そのエルフを捕まえてくれば、お前が俺の買い物の邪魔になったことは水に流してやろう。早く探せ!!エルフをな!!」


 伯爵は少々困惑するものの、すぐに自分のペースを取り戻した。彼はいつも通り貴族として、人を人として見ていない様子だ。


(……あ)

 私はその時、自分が置かれている状況が非常に良くないものであると、今更ながらに気づいた。

(ど……どうしよう……!?)

 このままだと、伯爵に引き渡されて自分は完全に詰む。

 そんな当たり前のことになぜ気が付かなかったのか。


 ──でも、次にセリが放った言葉は、私の予想を見事に外す言葉だった。


「──なるほど。しかし、そう言われましても、そのエルフの情報が一切ありませんから私にできることはありませんね。申し訳ないですが、私はこれで。商会長、手続きお願いします」


(へ……?)


「……は?」

 その言葉に、私もアベレージ伯爵も、言葉をなくしてしまった。


「……おや?どうかなさいましたか?」

「き……」

「……?」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!この俺を愚弄するかぁぁぁぁぁぁ!!!!???」


 アベレージ伯爵は激怒した。

 彼は肥えた肉体の血管を切り刻みそうなほどの激情を見せていた。


「おや、怒らせてしまいましたか、これは申し訳ない。何か改善すべき点があれば仰っていただけると助かります」

「あ゛っ!!?」

「とはいえ……ですが。残念ながらあなたの行いは少しよろしくない。私が教育して差し上げましょう」


 そう言って、セリは、アベレージ伯爵に『指』をさした。

 本来許されない行為であるはずなのに、彼がそうしている姿は、全く違和感のないものだった。


「あ゛?なんだきさ」

「【檻に入りなさい】」

「ま……?」


「……!?」

 アベレージ伯爵は、その場に倒れた。

 私は一瞬、セリが伯爵を殺してしまったのかと思って顔を青くした。


「さて、商会長、お話の続き、よろしいでしょうか?」

 しかし彼は、その光景を何も変わらない目で見届けた。

 同時に、彼は商会長に再び話しかける。


「……え、ええ……イシヤマ先生、一体何をしたのです……?これ……まずいのでは」

「ああ、それについてはお気にせずに。もうじき伯爵は目を覚ましますから」

「は、はあ……?」


 さすがの商会長もこのような事態に困惑を隠せない様子だ。しかしそんな雰囲気も、そもそも理解できないかのように、さらなる爆弾発言をした。


「私からの要求なのですが、この店の奴隷、すべて買い取らせてもらえますか?」




***




「──ミラっ!!!!!」

「あ、マイ!!」


 マイはミラを抱きしめた。その顔は、涙で濡れている。


「良かったですね。御形ごぎょうくん」

「そうだな」

「さて……また稼がないといけません。時間は無限でも、貯金は有限ですから」

「いや、普通は時間も有限だが……まぁともかくお前はいつも自分の金を他人に使いすぎるからな……。もう少し自分のことにも使ったらどうだ?」

「あはは。御形ごぎょう君は相変わらず優しいですね」

「あと、──にもな」

「それは別会計ですから、大丈夫ですよ。なずなちゃんもね」



「──あ、あの、イシヤマ様?ありがとうございました。ミラをあのやばいやつから助けてくれて……」

 せり御形ごぎょうが話していると、抱き合っていたマイとミラが芹のもとへとやってきた。


「おや、もう感動の再開は良いのですか?別に、私のことなど放っておいてもらって構いませんよ。それに、『様』なんてあまりつけるものじゃないですよ」

 それに対して、芹は笑顔で答えた。


「……えーと……ですが、先程イシヤマ様に買っていただいたので、我々の主人はイシヤマ様ですから……」

「ああ、いけない。そういえば言い忘れていましたね。私はこの後別に君達を奴隷として連れ回すつもりはありませんから。皆さんが何をこれからするのか、それは全て皆さんの自由なのです」

「……?どういうことですか?」


 ミラとマイは目を合わせて尋ねる。


「──こういうことです」

 芹は、大きく手を振り上げてみせた。実はこれ自体に特に意味はない。


「えっ!?」

「!?」

 だが気がつけば、ミラとマイの手に刻まれた奴隷紋は、まるで元から存在しなかったかのように、綺麗に剥がれ落ちていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る