第3話:院長、召喚される。

 これは石山芹いしやませりが、まだ若かったときの物語。



「異世界最強の勇者よ!今ここに現れたまえ!!!」

 王城の一室で、王女と『魔術師』たちが円になり、『勇者召喚』を行なっていた。



「「「「「勇者召喚!!!!!!」」」」」

 激しい閃光が走る。

 その場にいた者たちは、一瞬目を閉じた。



「……おやおや、これは……」

 そして、『勇者』が姿を現した。


「これは正直驚きましたね。まさか私が『召喚』されるとは」

 『勇者』──石山芹いしやませりは、笑いながら呑気にそう言った。



「勇者よ、私はこのアーク王国の王女『サファイア・イル・アーク』。貴方にはこの世界を魔神の手から救っていただきたいのです!」


 王女が言った。


「なるほど、そうきましたか」

 芹は、自分が知らない世界に勝手に召喚されたことについては特に気にせず、呑気に構えていた。




         ***




「……なるほど、貴方達の状況は理解いたしました」

 王女の話によれば、この世界は『魔神』という恐ろしい存在に蹂躙されているのだという。


「……しかし、」

「?どうかなさいましたか?」

「何故、『魔神』は人間を襲うのですか?」


「……さ、さあ……あまり詳しいことは良く分かっていないのが現状と言いますか……」

 王女は少し動揺していた。何か裏のあるようにしか見えない。そのような質問をされるとは思っていなかったらしい。おかしな話しだが。


「……では、私はまずその『魔神』とやらを見てから行動に移すとしましょう」

 そう言って、芹は王城の広間から出ようとする。


「……ち、ちょっと……お待ち下さい!!」

「お構いなく」

 王女が芹を引き止めようとする。

 しかし、芹はそのまま歩き続けた。


「……チッ……」

 誰かの舌打ちが、広間に響いた。


「……勇者を捕らえろ!!例の魔法を即座に発動せよ!!!」

 王女が叫ぶ。

「おや……」

 その瞬間、芹は魔法の鎖によって固定されてしまった。


「今だ!!『洗脳魔術』!!!!!」

 広間にいた魔術師の一人が、芹に『洗脳魔術』を発動した。


「くくくっ……これで勇者は私たちの命令には逆らえない!!最初から言う通りにしておけば良かったのにねぇ!!!」

 王女が嘲笑う。

 しかし、芹にとってそれはお遊び程度のものでしかない。


「仕方がありません。ここは力技でいきましょう」

 そう言って、芹はで鎖を引きちぎった。


「なっ……!?」

 皆が絶句する。


「心無い私に、『洗脳』は効きませんよ。では、皆さんご機嫌よう」

 芹は、そのまま王城からゆっくりと抜け出したのだった。




         ***




「これはこれは」

 そして、芹は今まさに、『魔神』と対面していた。

「……何だ貴様……何者だ!?」

 『魔神』──というのも名ばかりな、ただの人間の見た目をした女性が、目の前にはいた。


(物語のようですね)

 彼は変な方向に関心を示すが、声には出さない。

「少しお話しませんか?」

 そして、まるで友人と話しているかのように、微笑む。



「──なるほど、貴女の見解では『アーク王国』こそが真の黒幕であると」

「ああ、そうだ。我々はアーク王国の人間どもにいつも蹂躙されてきた。そう、奴らは『勇者』と呼ばれる圧倒的強者を利用し、我々を滅ぼそうとしているのだ!!」


「それはそれは、大変でしたね」

「聞いておいて随分と軽いな!?」

 『魔神』は、「ありえない」という顔をした。彼女が真剣に話していた証拠だろう。


「あ、いえいえ、真剣に考えていますよ。さて、どうしましょうか」

(……既に『魔神』が本当のことを言っているのは分かってはいますが、どうしましょうかね)

 芹にとって、その存在が嘘をついているのかを知ることは非常に容易かった。『魔神』は本当のことを言って、王女は嘘を言っていた。


「分かりました」

「お、おう?」

 魔神は、「良い案を思いついた」とばかりに少し声のトーンを上げた芹を見て困惑した。


「人類、魔族、共通の敵を作りましょう」

「……は?」

 魔神は芹に何を言われているのか分からなかった。かなり突拍子もない発言であったことは間違いない。


「私なりに現在の状況を整理しましたが、経験上、人類と魔族が手を取り、協力する社会を作るには、その2つが協力しなければならない状況を私が作ってしまうのが手っ取り早いでしょう」

「な………」

「というわけですから、今日から私は人類、そして貴女方魔族の『敵』です。容赦なくこてんぱんにして差し上げますから、必死で対抗して下さい」


 笑顔でそのようなことを言い放った男は、魔神にはまるで悪魔のように見えた。


「貴方の記憶は消します。全力で、私を倒しに来なさい」




         ***




 一日後。


「我こそが、人類、魔族全てを滅ぼし、世界を更地にする者。『邪神・セリ』である!!!」


 予告通り、世界に『邪神セリ』が誕生したのである。

 ──そして


「人類、魔族の諸君、我らは共に戦い、必ずやあの邪神を倒そうではないか!!!!!」


 人類、魔族を繋ぐ橋として、『英雄・ゴギョウ』も誕生した。配役は完璧だった。あくまで芹たちにとってはだが。



 そして3ヶ月後。


「絶対に倒すぞ!!!!!!!!!!!!」


 人類と魔族は、共に戦い、次々と邪神の配下(演技:石山診療所職員)を倒していった。

 最初は互いに信頼できていない様子だったが、それでもお互いを知ることで、信頼を勝ち取っていったのだ。


「さて、いよいよ明日は邪神の城へと突入する!この魔神が命ずる、お前ら、1人残らず死ぬことは許さない!絶対に生きて帰るぞ!!!」

「おー!!!!!!!!!!!!!!!」


 御形ごぎょうが作り上げた部隊を、最終的にはあの魔神が指揮することになった。

 そして芹を利用しようとした、人類と魔族を敵対させる原因だった人類側の王族は、邪神セリが失脚させ、今後人類と魔族の繁栄を担うための人材へと洗脳した。


「皆さん、絶対に邪神を倒しましょう!!!」

 戦いの最中、どこかへと消えてしまった英雄ゴギョウの魂を胸に、人類と魔族は協力するのだ。




 ―城―


「さて、これでもう私の役割は終わったわけです。そろそろ退場する頃合いでしょうか」

 自身で作り上げた城で芹はそう呟いた。

 ちなみに城はこの作戦に使用するためだけの城ではあるものの、これからこの世界の人類や魔族が再利用できるように使い易く丁寧に作った、芹のお気に入りだ。


「そうだな。明日ついにお前を倒しにやってくるぞ」

 その隣には、人類と魔族の橋渡し役もいた。

 彼はおかしくて、少し笑っていた。


「では、最後の仕事といきましょうか」

「おう」

 その次の日。


「おおおーーーー!!!!!!!!!!」

 大量の戦力が、城に押し寄せた。

 しかし、芹にとってその程度の戦力は、戦力にならない。


「私に勝てるものなら、勝ってみよ!!!」

 芹は慎重に、殺さないよう丁寧に敵を殲滅していった。

 そして、残ったのは人類も魔族も一名ずつのみだ。


「……ここまで強いとは。……だが、俺は負けるわけにはいかない。世界を守るために!!!!」

 人類側の1人──かつて異世界から召喚され、つい最近に洗脳から解かれた『勇者』は叫ぶ。


「エレナ、まだいけるよな?」

「……ええ、これからです!!!」

 そして、エレナ──かつて『魔神』として人類から恐れられた存在は、そう答える。


「「ああああああ!!!!!!!!!!!」」

 そして、2人は渾身の一撃を邪神に放った。


「……ぐはっ!?」

 邪神はわざとらしく崩れ落ちる。芹のことを知っている人間がいたら、演技の下手さに呆れたかもしれない。あくまでその場の迫力だけで乗り切っていた。


「……ぐは……よくぞ……我を倒した。貴様らが、未来永劫この地に繁栄することを認めよう。見事だった……」

 そして、そう言い残し、邪神は消滅した。


「やった、のか……?」

「え、ええ……確かに邪神は消滅したわ……」

「よ……よっしゃあ!!!!!!!!!!!」

「……うう……」


 2人は泣きながら喜んだ。

 ただ、同時に魔神はどこか寂しさも覚えたが、それを口に出すことはなかった。

 戦いは、死者が出なかった。人類、魔族側の大勝利と言える。


 この戦いの後、芹の狙い通りこの世界は人類と魔族が共存する世界となり、平和が訪れた。それは芹が人と魔族が再び争うことのないよう、丁寧に種をまいた結果でもあった。


 また、人類と魔族が共に暮らすことができるようになったことを称える記念碑には、勇者、魔神、人類、魔族の他に、こう書かれていた。



―――――――――――――――――――――

 特別功労者


 英雄 ゴギョウ


 邪神 セリ

―――――――――――――――――――――




        ***




「そんなことがあったんですか!」

 病院の一室で、少年が笑顔で叫んだ。

 彼は元英雄の息子だ。

 現在小学校2年生で、まだまだ無邪気な子どもである。


 子供がはしゃいでいるのを見て、2人はどこか複雑な表情をしながら言った。

「……いや……なんというか、若気の至りだな……」

「なつかしいですねー」


 今だったらもっと上手くやれただろうな、と、御形ごぎょうは思った。

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