第2話:建物が崩壊してしまったらしくてね

「建物が崩壊してしまったらしくてね、御形ごぎょう君」

「……お、おう。いきなりどうした?」

 なんの脈絡もなく話し始めるのはこいつの癖だ。

 今日は病院の廊下を歩いていると急に寄ってきた。


「今日テロか何かで崩壊した建物があるんですが、その建物に取り残された人の救助を、私たちがやることになりました」

「……適当だな」

 かなり重要な情報のはずなのだが、石山芹という人物はこういう風に、真面目なのか真面目じゃないのか分からない態度で接してくる。

 幼いころから一緒にいてもやっぱり分からないが、こいつはこういうやつだから、仕方ないと思うしかない。


「それで、ちょっと御形君に聞いてもらいたいことがあるんですよ」

「……なんだ?」

 今日の話題は一体何だろうか。


「いやね、良く亡くなった人を警察が白い布とかかけて顔隠して運ぶじゃないですか」

「ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」

「この前ドラマとか漫画とかアニメとか見たんだけども、なんか最後の悲しいシーンというか、仲間が死んでしまったシーンで、顔に布掛けられてて顔が見えなかったんですよ」

「……?」

 今日の話題もまた、随分と難しそうだ。

「悲しくないですか?」

「いや、別に……そういうものだろ」

「嘘だ……、御形ごぎょう君ならわかってくれると思っていたのに……私は悲しいです」

「そう言われてもな……」

 違う人間なんだから分かるわけない。

 こいつはもともと詩人のような所があるため、理解しようとしすぎない方が良い。


「要するに、今回はそのようなことが起こらないようにしたいという話です」




          ***




「……ここか」

「今回の現場は、このショッピングモールの一角。5号館ですね。アニメグッズなど、若者が好みやすいものが多く置かれているエリアになります」

「……跡形もないな、本当に」

「はい」

 現場はもう悲惨な状態だった。

 5号館からは火の手がいまだに伸びており、おまけに建物の形が確認できないほど崩れている。

 とてもじゃないが生存者がいるとは思えない。


 そんな場所に、せり御形、そして同僚の蘿蔔すずしろの三人は来ていた。

「……で、どうするんだ、芹?」

「どうする、ですか?」

「ああ」

「そうですねー、とりあえずは生存者をまず先に救出してから、私が本格的に動こうと思います」

「そうか。じゃあ、いつも通りってことでいいんだな?」

「はい、構いません」

 そう言って、せりは現場の中へと歩き出す。


「──全ての命に、大団円ハッピーエンドを」




          ***




「……あ、あの。俺の知り合いがまだ残ってるんです!!爆弾を抱えた男の人質になってたんです!!」

「……分かりました。できるだけ早く救出できるようにしますから……」

 現場の立ち入り禁止のテープの前で、少年が叫び、警官のひとりがそれに対応していた。


「早くっていつですか!?爆発をもろにくらったかもしれないんですよ!?早くしないと……」

「そう言われても……申し訳ないですが、この炎と瓦礫では、が来るまではどうにもできません……」

「そんな……」



「あ、『院長』が、特別班が到着しました!」

 そんな中、現場に作業員1人の声が響く。


「…………来ましたか!!なら、早く撤収しましょう!!」

 その声を聞いて、警官はすぐさま部下に退却命令を出した。

「……え、ちょっと!?」

 あまりに唐突な出来事に、少年が困惑していると、『特別班』と呼ばれた人間が現場へと入っていく。


「…………白衣……?」

 少年が呟いた。『特別班』の人間たちは、粉塵の舞う事件現場に似合わない、汚れ一つない真っ白な白衣を身に着けていた。




          ***




「誰か!!助けて……!!」


 爆発音がしてから、どのくらいの時間が経過したのだろうか?

 ずっと助けを求めて叫んでいるのに、助けは一向に来ない。

 それどころか、ずっと叫んでいたせいで喉がかすれて、もう大きな声は出せない。


「……お母さん……お父さん……」


 今私は、四方を瓦礫に囲まれている。

 もともとここは私の好きなアニメのグッズが置いてあるフロアで、大勢の人がいたはずなのだが、突然、テロリストが爆弾を抱えてやってきた。

 幸い、今のところ自分がいるスペースは確保できているけれど、それも時間の問題かもしれない。いつまた建物が崩壊するか分からない。


「……」


 体力を温存しないと……。

 飲み物もない。

 喉が渇く。

 とりあえず、体を倒す。


「……死にたくない……なんで、何も悪いことしてないのに、私がこんな目に合わなきゃいけないの……?」


 これが運命ってやつなの?

 運が悪かった、それだけで死ななければいけないの?

 なんで?



「……う?……え……嘘」

 現実は非情だった。

 私の心をあざ笑うかのように、脇腹の方から赤い液体が服に浸食していた。


「……もう、だめだ」

 私は静かに、目を閉じた。



「あ、見つけたぞ。これで全員だな」




          ***




「では私は私のやることを致しましょう」


 芹は1人、他のメンバーとは別行動をしていた。

 事前に確認した通り、御形らは生存者の救出をしている。

 その間、芹はの救済を行うことになる。


 まず初めに、テロリストの人質になっていた少女の元へと向かう。

 爆発に最も近かったことを考えると、少女の生存確率は極めて低いためだ。


「おっと、これは酷い」


 せりが瓦礫の中を進んでいくと、複数人の男女が通路に倒れていた。

 倒れている男女の体は、全員爆発によってかろうじて人間であることが分かるレベルまで破壊されていた。普通の人間が見たら一生忘れることのない光景だった。


「さて。さっさとやってしまいましょう」

 芹は死体を丁寧に並べると、手を伸ばした。


「『完全回復』」

 『完全回復』は、科学と魔法を融合させたものだ。自身の思考を魔法化することにより、さらに効率の良いものを提供することが可能となった。


「……さて」

 『完全回復』によって、破壊されていた男女の死体が、形を完全に取り戻す。

 しかし、この状態ではまだ不十分だ。

 確かに体は完全に元に戻ったのだが、結局のところ死者に回復魔法をかけても意味はない。普通の人間に、人の生死を操ることなどできない。


 だが、それはあくまで『普通の』人間の話である。芹は普通の人間ではない。


「──【魂の所在は異空間上層。身体の所在は現実空間。今、これらの座標を侵略し、一体化せよ】『死者状態変更:完全なる蘇生』」


 芹は、独自の言語によって魔法の詠唱をした。時間は0.01秒にすら満たないが、この工程が非常に重要になってくる。世界のシステムに指令を出すのである。


「…………う」

 数秒後、全員が目覚めた。

「……ここは?」

 全員寝起きのように意識がはっきりしない中、1人の少女が近くに立っていた芹を見て話しかける。


「ショッピングモールですよ」

「……ああ……そういえば。……あれ、テロリストの人は……?」

「ああ、その方ならば、あなたの後ろでふらふらしていますよ。もう害はありませんから、ご安心を」


「え……」

 少女は振り返った。

 そして、後ろにいたテロリストを見て青ざめた顔をした。


「さて、死亡者はどうやらようですので、これにて一件落着、ということです。ささ、念の為全員私の病院にお連れしますよ」

 芹はやや強引に、生き返った者たちを病院へと案内した。




          ***




 ──後日、警察署にて。


「いやー!助かりましたよ、先生!あれだけの事件でも、全員生存した上に建物の改修までやってくださるとは。本当にありがとうございます」

「いえいえ。私は不幸になる人間を減らしたいだけですので」


 建物は、元よりも機能的に、美しくなっていた。ちょうど建設し終えた建物の端には、『石山芹建設(仮)』と書いてある。


「しかし、それにしても良く死者も出なかったものですよ。何人死んでいてもおかしくなかったほどの爆発でしたから。人質になっていた少女も無事彼氏さんの元へ帰還できたようですしね」

「ええ、本当に良かったです。死んでさえいなければ、可能性は無限にあるものですからね」

「今回は本当にありがとうございました。この恩は必ず」

「ふふ、ありがとうございます」


 芹は微笑んだ。

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