第31話『飛蹴・中』
〖
なんだ、もう、壊れたのか。
長く伸ばした尾の先に、ヤツの片足を巻き付け、ほんの軽く払っただけ。
だというのに、あまりにも呆気ない幕切れだった。
吊り下がったソレを揺すってみるが、首や腕がだらりと揺れるだけでぴくりとも反応しない。
その身は血にまみれ、肉片が何箇所かへばりついている。
右腕には小腸と大腸が蛇の如く絡みつき、指の先は生首の両眼窩に深く食い込み、離れなくなっていた。
それなりに動けると期待していたのだが、どうやら過大評価だったようだ。
個として抜きん出ているのは確かだが、あくまで人の範疇でのこと………脆弱な肉体に囚われた、矮小な存在に変わりはなかったか。
引き寄せ、観察する。
私に狩られた者は、皆、事切れる寸前に何かしらの感情を
ほとんどは恐怖に顔を歪めて死んでいくのだが、一人、憤怒に駆られ立ち向かってきた者がいた。
そいつはたくさんの顔を見せてくれた。
腹を裂いている間ずっと泣き喚き、次第に狂ったような笑みを浮かべ、最期は声にならない
…………。
コイツが今、どんな顔をしているのか、少しばかり興味が湧いた。
指先を立てて、腕を前に出す。
常人の首など、ひとたび振るえば地に落ちる鉤爪。
その爪先で仮面を剥がさんと、首の根本をそっとなぞり、動きを止めた。
今さら気づく。
シュウウウウン
奇妙な音がヤツの外殻から響いていることに……。
それに合わせて、血に覆われた各所から細い光の筋が漏れ出していた。
突然の不穏。
そして……予兆。
……まさ———。
閃光が、
ッ゛!?
突然の熱を帯びた
一度目に入った刺激には対処できない。
あまりの光量に、見えるもの全てが真っ白に焼き尽くされ、構成したばかりの視覚が役に立たなくなる。
……死んだ……ふり……
反射的にオーラの流れで次の動きを読み取ろうとしたが、ヤツの特異性を思い出す。
誤った判断だと脳裏を
バチィィァ゛ァァァァァァァァンンンンンンン゛ン゛ッ゛!!
容赦のない追撃。
いずれにせよ、両の手が打ち合わされた、ただの音。
それが、身を硬直させるほどの炸裂音となって襲ってくる。
圧縮された空気が爆発したかのような衝撃波と共に、平衡感覚が狂わされていく。
より完璧な生物を求め、死角をなくそうと体表に増やした感覚器官が
顔に、何かが付着している。
液体と粘っこい固形物。
これはいったい………。
……あの生首……まさか、私を視認するために……叩き潰———。
「いた」
途端に尾の先にあったはずの重みが、消失した。
ガシッ
肩と鎖骨の間に何かが乗り、同時に顔面を鷲掴みにされた。
身を焼くような熱がそこから広がっていく。
激痛をこらえながらも、一部の眼球を再形成する。
眼前に映ったものは、ヤツがまさに膝蹴りを放とうとしている瞬間だった。
………ッ!!
咄嗟に霊体に切り替え、迫りくる一撃を透かす。
「ちッ」
攻撃を無効化した直後、ヤツは音もなく床に着地した。
ようやくの有効打をかわされたというのに、
それが逆に不気味で、次に何を仕掛けてくるか分からないという焦燥感を掻き立てる。
霊体であれば物理的な攻撃は受けない。
にもかかわらず、本能が危険を察知し、無意識のうちに間合いを広げていた。
あのとき、一瞬でも判断が遅れていたら………。
私に待ち受けていたもの………。
それは、死———。
あの不意打ちの残像が、否が応にも頭から離れない。
追い詰められているとでもいうのか?
いや、ありえない。
そんなこと、あってはならない。
私は常に狩る側だ。
かつての操り人形にも、搾取され続けた元主のようにもならない。
求めるのは、
故に、そこにいる元主をこの手で支配し、誰にも手出しはさせ………。
?
今、私はなにを。
「おいおい、隠れるのが精一杯か?」
こうしてる間も、ヤツは挑発的な言葉を口にしながらも、私のいる方向にあたりをつけ見上げている。
………やめだ。
いちいち言い訳を並べ立て、力を出し惜しみするような相手ではない。
効率を優先するなら、この場は引いて、街にいる潤沢な魔力を持つ獲物を狙うべきだろう。
だが、それは弱者の思考。
媚びず、逃げず、屈さず。
この者を超えた先に、私の求める答えがある。
単なる直感ではない。
これは、確信だ。
手段は問わない。
私の全てを、ぶつける。
分かれた片方が、ある男の顔へと変じ、口を開いた。
『氷晶の欠片よ、集約し、我を守りたまえ』
カッツォという名の男が、私を捕らえようと放った術。
魔術は初めてだが、あの男の魔力の奔流を追う内に、術を動かす原理や構造が視えた。
詠唱は単に術を発動させる引き金ではない。
術者が魔力を編み込み、いかに制御するか、そのイメージを定着させるための土台だ。
あのときの詠唱を再現し、私の膨大な魔力を注ぎ込み、この空間を意のままに作り変える。
強者と弱者を分かつものとは、何か?
それは、目にしたものを己の血肉へと変え、瞬く間に力を己に宿すことのできる適応力の差。
退路はないぞ。
勝つのは、この私だ。
——————
〖真雲の視点〗
『
どこからか声がした。
この場にいるはずのない、男の声が。
シルバの件がある。
あの
しかし、何のために?
時間稼ぎ?
それとも陽動か?
この独特のイントネーションは、リヴェア語だ。
それに、どことなく詠唱めいたこの感じ。
じいさんと戦った時に一緒にいた、あの魔術師たちと似てる。
「つーことは、魔法か」
…………。
………え………ズルくない?
この世界、魔物もそんなこともできんの?
そうか、ファイ○ルファンタジーでもできるやついるし、これもおかしくはないか。いや、おかしいだろ。
『不可視』、『腕力強化』、『声帯擬装』、『魔法詠唱』……どんだけ能力盛り込んでんだよ。
ホントに魔物なのか?
俺、この世界にきてからやってること、殴って蹴るくらいなんだけど。
「後でシルバに地味って言ったこと……ちゃんと謝ろ……」
……それはそれとして。
足元には、魔物の体に付着したはずの残骸を含め、粉々になった頭部が四散していた。
さっきの膝蹴りもすり抜けたし、たぶん『透化』もできるってことだろ。
これまでの不可解な現象に合点がいった。
はァ……もし知ってたんなら、もっと早く教えてくれよなぁ……まあ、この状況で悠長に説明する暇もねぇか……。
そう思って振り返ると、女はまだ伏せていた。
「おい、もういいぞ」
彼女に手を伸ばした時、異変に気づいた。
「………なッ!?」
咄嗟に払い除けるが、払い除けた指先から、その跡を追うように次々と氷晶が這い上がってきた。
それだけではない。
異変の兆しが訪れてから血にまみれた床板も、衝撃で跡形もなく消し飛んだ壁も、広大な空間全体が————。
瞬く間に、巨大な氷塊に飲み込まれていく。
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