第28話『カチコミ』

〖カッツォの視点〗


「………あぁ゛?」


 反射的に外部からの襲撃カチコミを警戒した。


 だが、違った。

 出入口のドアを空けた手下どもは、目の前の光景に、ポカンと口を開けたまま立ち尽くしている。


 では、この状況を何と解釈すればいい?


 通常の攻撃であれば、何らかの予兆があるものだ。

 例えば、鞘から抜かれる音や、呪文の詠唱。

 そして、事の後には硝煙のような余韻も。


 ………そんなもの、一切なかった。


 何の前触れもなく、唐突に、事態は起きた。

 残ったのは、首の根本から上が綺麗にくり抜かれている胴体だけ。


 それが誰のものか、理解がじわじわと追いついてくる。


 目の前で。

 さっきまでバカみたいに笑っていた奴が。

 いきなり。


 首が宙に浮いている。

 逆さまになり、白目を剥き、舌を垂らしているそれは———。


「タルォォォオオオ!!」


 思わず首を掴もうと手を伸ばすが、指は虚しく空を切った。


「………っ!?」


 首は、ゆっくりと上昇していく。


 怒りで腹の底が煮えくり返る。


 こんな気色の悪い真似ができる奴は、一人しか思い当たらなかった。


「グズてめェ!!やりやがったな!」


 俺の怒声に、エルフの死体のそばにいるグズは、ビクッと体を震わせると両手で顔を覆い、か細くうずくまった。


 しゃくに障る。

 そうやって、しらを切る気か?


 どうせ、その手をどかせば、いつもみたくヘラヘラと笑ってんだろ?

 見え見えなんだよ。


 グズは日頃から命令に逆らわないが、その態度や言葉の節々に、俺たちを見下しているような節があった。


 反逆。

 千載一遇の好機チャンスとでも思ったのか。

 が不在なのをいいことに、こんな真似しやがって。


 魔族の分際で、俺たちになら勝てると?


「……舐めやがって、いい度胸じゃねぇか」


 俺の大切な弟を、よくも。


 手下どもが慌てて駆け込んできた。

 武器を手にしている者もいれば、素手のゴロツキもいる。


 7人。

 十分だ。


「お前ら! コイツ、バラすぞ!動けなくして地下に放り込め!」


「なっ、そんなことしたら!」


「かまうな!責任は全部俺が取る!」


「で、でもカッツォ様!アイツ、目から血流して…なんかヤバいっすよ!」


「頭が…タルォさまの頭が浮いて…… 何!? 何なんですかこれ!?」


 ちっ、ビビり散らしやがって。

 使えない奴らだ。


 グズは、まだその場でうずくまっている。

 何を企んでいるかなんてどうでもいい。

 やんなら今だ。


 俺とグズの距離は、およそ7メートル。

 突っ込めば、3秒もかからずに詰められる。


 懐からドスを引き抜く。

 顔面を蹴りつけ、そいつの首にこれをねじこんだら終わりだ。


 一歩、前に踏み出す。


 ゴス


 直後、グズのすぐそばでタルォの首が落ちた。

 顔には無数の爪痕が残っている。


「……………」


 胸騒ぎがした。

 ………なかったはずだ。


「おい!グズを先にバラした奴から、100ゴウルやる!!それでどうだ!!」


「な、100ゴウル……!」


 手下どもが、顔を見合わせてざわめき始めた。


 分かりやすい奴らだ。


 ついさっきまでの怯えはどこへやら、全員の顔つきが一変する。


 剣を手に取る奴、鎖を握る奴、ナイフを構える奴。

 金に目がくらんだ連中には、もはや仲間意識などない。

 誰もが一番に獲物を手に入れるべく、隙を狙っている。


「どけ!金は俺のもんだ!」


 一人が他の手下を突き飛ばし、グズへ駆け寄ろうとした。

 しかし、踏み出した足が地に着くことはなかった。


 なぜか。

 浮いたのだ。

 その場で。


「な、なんだよこれ!?ひっ、や————」


 バタバタともがいていた両手両足が、不自然な方向に関節から捻じ曲がっていく。


「ア゛ア゛ァア゛ア゛ぁぁぁァァあ゛!!!!!」


 自由を奪われ、激しい苦痛に顔を歪ませながら浮遊し続ける。

 身体が徐々に、雑巾を絞るように捻じれていく。


  ゴ  ギヂュ———    パンッ


 耐えきれなくなった皮膚が、内側から膨らんで破裂した。

 飛び散った肉片と血飛沫が、周囲にいた手下たちの顔や服を紅く染め上げる。


 先の一人が散り果て、俺を含めたほとんどの者が、身動き一つできず立ち尽くしていた。


 ねじれた死体を一瞥する。


 こんな死に様、見たことがない。

 あまりに現実離れしている。


 あのグズ、これほどの力をずっと隠していたのか?

 てっきり、冗談で投げつけたナイフを止める程度の———。


「 。あ、え、う゛ア゛ッ………!」


 今度は死体のすぐ近く。


 鎖を握りしめた奴がその場で反り返り、頭を床につけてブリッジをしたまま苦しみだした。

 目蓋まぶたに収まっていた本来そのままの眼球が、半分以上外に飛び出ている。


「グググヂオォ゛ォ゛ッ———!!」


 こめかみから万力にでも挟まれたかのように両横から圧迫され、こっちも破裂した。

 顎だけが残り、肉塊と脳漿が混ざり合った塊が散らばった。


「…………」


 なにかが見えた気がした。


 今の奴は、自分の頭を抑えてもがいていたんじゃない。

 自分の頭を掴んできた、を掴み返そうとして………。


 考えを巡らせる。


 グズがタルォのナイフを止めたのは、魔力を膜状に形成し、壁にしていたのだと思った。


 だが、もし………もしも、グズが魔力をつかって、何かを生み出したり、それを使役しているとしたら?

 冒険者の中には使い魔を召喚して戦う者もいる。

 そう考えれば、魔族が同様の力を持っていても不思議ではない。


 この推論に至ったのには理由がある。


 どの死体の損傷部位も、魔物モンスターが冒険者に与える傷とあまりにも酷似していたからだ。

 

「む、無理だ、逃げ————!!」


 おぞましい血の量を口から噴き出し、骨の砕け散る音が耳を素通する。

 前方にいる手下たちが抵抗する暇もなく、次から次へと、命を落としていく。


 こいつらには最初ハナから期待していない。

 見極めろ。

 何のための数だ。

 タルォを殺した正体を掴め。


 数名を残し、皆一様に体のどこかを欠損させ、文字通り塵芥チリアクタと化した。

 だが、その一方で収穫があった。


「カッツォさま、こんなん………見合わねぇよ、お———」


 俺の方を振り向いて、諦めの言葉を呟いた奴の後頭部が吹き飛んだ。

 その時だ。


 ………見えた。


 膝をついて絶命しているそいつの背後。

 鋭く尖った手の輪郭が、返り血のおかげでくっきりと。


 やはりそうか。

 俺の推測は正しかった。

 グズは魔物を放っていたんだ。

 それも、こっちには見えない厄介な魔物を。


「………最悪じゃねぇか」


 分が悪すぎる。


 敵の視線、体のこわばり、重心。

 次の行動を予測するために最も重要な視覚が、この死闘において封じられている。


 残りは俺と、あと一人……。


 こうしている間にも、一方的に獲物として狙われている。

 この絶望的な状況を打開するには、今まで培ってきた戦いの経験を活かすしかない。


 そう思った矢先、付着していた血がたぱっと落ち、視認していた輪郭が消えた。


 まずい………来る。


 すぐ目の前には、最後の手下ストックが短剣を両手で握りしめ、ガクガクと震えている


 ……これしかない。


 力いっぱい、その尻を蹴り飛ばした。


「へ、あ———」


 アホヅラの足元を基点に、いつもより広い範囲を指定。

 頃合いを見計らい、詠唱を始める。


『氷晶の欠片よ、集約し、我を守りたまえ』


 室内の空気が急激に冷え込み、分厚い氷壁が床から生え、側面、そして天井へと立方体状に形作られていく。

 手下ごと、その場一帯を完全に閉じ込めた。


「ち………ざけ!………せ………ォォお!」


 氷壁が幾重にも重なっているため、中からの声はくぐもっていて聞き取れない。

 怒り狂った様子で、短剣の柄を壁に叩きつけているのがぼんやりと見えた。


「………ケ………テ……」


 声が次第に弱々しくなる。

 それから、何かに引きずられるように奥へと消え失せた。


   ビチャ


 透明なはずの氷の壁が、一面、真っ赤に染まった。


 中で何が起こったのか、知る術はない。

 ただ、自ら命を絶ったものではないと確信できる。


「………残念だったな。こちとら、裏で闘階冒険者と何度もタマの取り合いしてんだよ。この程度の死戦、なんてことねぇッつうの」


 そうだ、見えなくともこれで問題ない。


 魔力を大量に込めた氷の箱。

 解術しなければ、中からも外からも破壊は不可能だ。


 普段は防御結界として自分を囲むものだが……。

 まさか、過去に勝てない相手を閉じ込めて逃走した経験がここで活きるとは。


「これで残るは、丸腰のグズだけだ」


 ポケットを探り、少し減った葉巻を取り出す。

 タルォが俺のために特別に作ってくれたもの。

 初めて吸ったときは、むせこんで捨てようとしたが、結局手放せずにいる。


 『火の粉よ、灯せ』


 口にくわえた葉巻の先に、火花が散る。


「フゥ―――」


 紫煙をゆっくりと吐き出した。


 ……手こずらせやがって。


 決めた。


 まず、四肢を切り落とす。

 次に全身に穴を開け、その穴という穴に俺のナニを挿し込んで、犯しながら殺す。


 この惨状だ、グズが死んでも親父も文句は言うまい。


 上に向かって吹かした煙が立ち込め、ゆらゆらと天井へと昇る。


「…………」


 目を凝らす。


 薄いもやが次第に、透明なものの輪郭を浮かび上がらせる。


 ……髑髏どくろの……顔…。


「な—————」

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