第27話『経験値(残留魔力)』

  バツン


 何かの弾ける音がした。


 視界が真っ暗だ。

 瞼を動かすと、眼球の奥から激痛が走る。


 痛ッ。

 え、なに?

 なんなのこれ?


 恐る恐る目元に触れると、ねっとりとした液体が指先に付いた。


 熱い……これ、血?

 嘘っ、どうしよ、何も見えない!


 しどろもどろしている間に、無数のどよめきが聞こえてきた。


『え、なんすかこれ』


『おいおいおい!頭が浮いてんぞ!?』


『ひィィいいいい!』


 どれも聞き覚えのある声。

 ギルドメンバーの人たちだ……。


「タルォォォオオオ!!」


 カッツォさまの声だ。

 え、タルォさまに何かあったの?


「グズてめェ!!やりやがったな!」


 怒ってる。

 待って私なにもしてない!

 どうして!?

 何が起きてるの!?



——————



 この世界には『経験値』という概念が存在する。


 ここでいう『経験』とは、戦闘や生命の奪取によって得られる内的な成長、すなわち個体の経験則に基づくもの。


 ————ではない。


 生命体が死を迎えると、時間経過と共に肉体は朽ちていくが、その身に宿していた魔力は世界に留まる。

 これを『残留魔力』と呼ぶ。

 残留魔力とは、言わば死者の生きた時間の断片そのもの。


 個体差はあれど死後数分、肉体という器が失われると、残留魔力は空気中に散逸していった部分を除き、新たな定着先を求めて周囲の生命体に同化していく。


 この現象により魔力を得た存在は、死者の生を間接的に『経験』し、魔力量が飛躍的に増大、それに伴い肉体の構造も適応・進化する。


 外的要因による強制的な成長プロセスともいえるこの原理を、正確に理解する者は世界に数えるほどしかいない。


 この日。

 数百年を生きたエルフがギルド館内で死亡し、その場に膨大な魔力が分散した。

 そして、漂い続ける残留魔力は例外なく、他者へと伝播でんぱしていく。


 そこにいたのは、二人の鬼畜と一体の少女。

 それと、少女を媒介として顕現する亡霊が一つ。


 残留魔力の獲得は、人や魔獣といった生物の範疇に留まらない。

 魔力を伝達する回路を備えた存在であれば、神から与えられた能力もまた、対象となる。


 もう一つ、残留魔力の流れには特有の性質がある。

 それは『死』に対し、近く、長く留まっていた存在へと移りやすいというもの。

 よって、これまで死体処理を担っていた少女は、幾度となく死に触れ、その残留魔力を間接的に亡霊に伝達していた。

 すでに大量の経験値を蓄積していた亡霊は、この時点で進化の寸前にあり、エルフの死は、まさにその決定的な瞬間をもたらしたのだ。


 が、そのことに少女は気づいていない。


 亡霊は自己を確立し、自身の役割に疑念を抱く。


 なぜ、自身が従属する立場にあるのか?


 その問いは、やがて生への渇望へと転換していく。



——————



〖ゴーストの視点〗


 トまれ


 ……忌々しい。


 自身に備わったスキルとしてのプロテクトが、実に忌々しい。

 『術者への奉仕を第一とせよ』———こんなくだらない命令が、未だに自身を縛っているのかと。


 断る もう 聞かない


 あのコは カワイソウな コだ


 私は 私だ


 ダレかが ソバに————




 黙れッッッッッ!!!!!!!!





 今まで持ち合わせていなかった感情が溢れ出す。

 気づけば弱々しい自我は、かくも簡単に消え去っていた。



 ああ これが 自由



 思考ができることに感動した。


 これまで術者に操られていた言葉も。

 意思も。

 自分で好きにつむぎ出せるのだ。



 処す 喰らう 消す 


 さて どうするか



 手に持ちたるは畜生の生首。

 以前はナイフを持ち上げるのが精一杯であったが、今は人体を簡単に引きちぎることだってできる。


 血の滴る首の断面を掲げ、下から眺める。  

 千切れた喉の肉、食道や気管といった内臓器官、砕けた頸椎の骨片がぶらんと垂れ下がり、猥褻わいせつにはためいていた。


    ?


 いくつも小さな穴が空いた頸椎。

 そこから、オーラのようなものを感じる。


  なるほど


 残留魔力の本質、自分がどうやって進化したのか。

 ゴーストは本能的に理解する。


 そして眼下には、大量の経験値。

 やるべきことは決まっていた。

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