第26話『G.H.O.S.T // M.A.K.E.R』

 ママは何も言わず私の目をまっすぐに見つめ、手を差し出してくる。


 えっと……、ありがと。


 心で思いながらも、その言葉は口にしない。

 ただ黙って、ママの手から刺さったナイフを引き抜く。


 ズグズュ


 傷口からポタポタと、血液が溢れ出した。


 うわぁ、痛そう。


 このママは……私が死んだあの日、神さまがくれたプレゼントだ。

 『ゴーストメイカー』———そう言っていた。


 どうも、人の魂を呼び出すとかではなく、文字通り幽霊を生み出す力なのだと。

 だから、目の前にいるママは本物のママではない。

 私の記憶を覗いて身近な人の姿に化けている、正体不明の幽霊だ。


 そう聞くと少し怖い気もするが、この幽霊さんは私に好意的で、常にそばにいて危険から守ってくれる。

 さっきのナイフのときみたいに、私をかばってくれたのがいい証拠だ。

 本当のママなら、そんなことしてくれないからね。


 それに望めば、視覚とかの感覚も共有してくれる。

 おかげで、目隠しをしていても幽霊さんの目を通して、なんでも見ることができた。


 なんでいつもママの姿なのか最初は分からなかったけど、きっと私が怖がらないように、思い出深い人の姿になってくれているのだろう。

 まぁ、私の場合、逆効果なんだけどね。


 でも……今はもう怖くない。

 だって、傷ついてるママが見られるんだから。



——————


 

「ふぅ~!!」


 薄いドアの向こうから、おしっこの音に混じって、カッツォさまの満足げな声が聞こえてくる。

 この人は行為が終わると、そのまま厠に行く癖がある。


 タルォさまの方は、もう私に飽きたらしい。

 頭をクリアにして、またシャブを始めようと、入り口近くの机で自前の解毒薬を調合し始めた。


 いつも思うけど、ラリってるのって、あれ、毒の状態異常なの?

 いや、体に毒なのは確かだし………やっぱり毒なのか。

 

 リビングに一人残され、砥石を探そうと、幽霊さんの視点で辺りを見渡す。


 ふと、金庫に目が入った。


「……………」


 そういえば、あの子、名前はたしか……。

 そうだ、シルバくんだ。

 そろそろ、お金がなくなってるのに気づいた頃かな。


 ギルドは現金支給が基本だから、受付で張り込んでいれば、誰がいくら手にしたのかすぐに分かる。

 そうやって標的の目星をつけ、幽霊さんに手伝ってもらって、懐から抜き取るのが私の盗み方だった。


 彼が受け取った革袋は、これまで見たこともないほど膨らんでいて………追いかけずにはいられなかった。


 今いるギルドに献上すれば、当分の間は危ない目に合わなくてすむ。

 そう考えたら、止まれなかった。


 まあ、そのあと、幽霊さんの死角に台座があるなんて気づかず、転んじゃったわけだけど……。


 周りの通行人が私を見て見ぬふりをする中で、『大丈夫?』って声をかけてくれたのは正直、嬉しかった。

 この世界に来て初めて、温かい言葉をかけられた気がする。

 それに、宿で日本語を話していたのも、引っかかる。


 友達になってくれるかも。


 そんな甘い考えが、どこから湧いて出たのだろう。

 人のお金を盗んでおきながら、もう一度、彼と話してみたい。

 そう思ってしまった。


 それにしても……。

 あの刺々とげとげしい仮面マスク

 マクモって人、とんでもなくぶっ飛んでたな。


 どんくさそうに見えたから、一人になったのを見計らって、幽霊さんにシルバくんの声真似をさせた。


 予期せぬハプニングがあったとはいえ、上手く注意を引けたと思ったら————。


 まさか、ドアごと蹴り破ってくるなんて………。

 しかも何の躊躇もなく………!


「おうグズ」


「わっ、はい!」


 片手でズボンを上げながらドアを開けたカッツォさまが、そのまま私に話しかけてきた。

 そして、ぐったりと横たわるエルフさんをあごで指す。


「それ、地下でバラしとけ」


「………はい」


 慣れというのは、つくづく恐ろしい。

 これから死体の解体作業が待っているというのに。


 やれやれ。

 これで、ご飯はお預けかぁ。


 と、まだ食事のことを恨めしく思っている。

 まあ、ここじゃ死体を見ない日の方が珍しいしね………。


「なぁカッツォ、最近ガキこさえたって騒いでた冒険者いただろ?」


「ああ、『攻略班』の生き残りか」


「そうそう。下っ端どもの報告だと、何人目だっけ?」


「えーと、待てよ。たしか……4人目、ぜんぶ娘だ」


「いいね~、 じゃんじゃん稼げるねぇ~、なあ、アランが捕まった今がチャンスだと思わねぇか?出払ってるヤツらが帰ってきたら、母親ごとさらっちまおうぜ?」


「おっ、いいな! ちょうど親子丼したかったところなんだよ!上手くいったら、俺に回してくれ!」


「アホ!お前が手ぇ出したら、どっちも殺しちまうだろうが!使い捨てにすんなら、テメェで1000ゴウル払って買えってんだ!」


「ギャハハハハハ!!」


 やれやれ。

 相変わらずゲスな話してるなぁ、あっちは。



   オ      イ 




 びっくりして、思わずナイフが手からこぼれる。


 ザスッ


 あーもう、絨毯に刺さっちゃった。




  タワ  シ




 声の主は、幽霊さんだった。




 ヤギョ イ ニ  イノ




 ……まただ。


 最近、こういう奇妙な出来事が頻繁に起こる。

 食事中も、体を洗っているときも、用を足すときですら、幽霊さんは意味のない言葉を一人でに口ずさんでいるのだ。

 昼間もそうだ。

 ドアを蹴破られる前、いきなり暴走して———。





  血ニ   が—ガガ——ガ蛾俄餓ッ峨——ァ゛————





 え、なにこれ、ノイズ?


 おかしい。

 これほど酷いのは初めてだ。





        手   壊


   ヱ 手


           手   え

   ヱ 

 手   え


   ヱ    デ 喪、嗚゛





 

 ………これ、ママのときと同じだ……。


 ずっと守ってくれると信じていた人が少しずつ遠い存在になっていくような、嫌な予感がした。


「お、ちょうどアイツら帰ってきたぞタルォ!!」


「っしゃぁっ!こっちは準備万端!いつでも動けん———」






 そして、私の勘はどうしてか決まって、現実になってしまうのだ。

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