第23話『シルえもん』

〖シルバの視点〗


「で、報酬金を全部盗まれたと……」


 30分くらいで宿に戻ったわけだが、部屋のドアが粉々に砕け、廊下に木屑もくずが散乱していた。

 真雲さんはというと、部屋の隅で肩を落としていた。


 綺麗な三角座りで。


 数日前は、かっこよくヒーローしてたのに。

 項垂うなだれてる姿が、痛々しい。


「へ、へへへ…………笑えよ………留守番すらまともにできない、こんなゴミカスをよ………」


「……………」


 分かりやすいくらい、へこんでるなぁ。


 真雲さんが前の世界で、『金に縁がなかった』と言っていたのを思い出す。


 200ゴウルを目の前で盗まれたショックは、計り知れないだろう。


 自分も前世でそんな大金持ったことないから、気持ちは痛いほど分かる。


「200万………200万………200万………」


まだ、ブツブツ言ってる。


「………分かってたんだよ、俺にあんな大金……………………身の丈に合わねぇもんだって……」


「その……お怪我はないですよね?」


「…うん…」


「な、なら、よかったじゃないですか」


 そうだ、報酬金の喪失は痛いが、二人が無事ならそれでいい。

 他に荒らされてた形跡はないようだし。


 真雲さんの話では、自分の声を真似た何者かがドアを叩き、金貨を盗んで窓から逃げたという。

 にわかには信じがたいが、真雲さんが嘘をつくとも思えない。


 最初はアランの関係者による逆恨みかとも思った。


 でも、金貨だけをピンポイントで狙うのは不自然だし…。


 そもそも、どうやってこの部屋を見つけた?


 可能性としては…………


「僕のせいだ……」


 こっちはこっちで、へこむ。


 ギルドで報酬金を受け取った時、あの場の空気に耐えられなくて、急いで出たのがいけなかった。


 アリアさんに相談して、ギルドに金貨を預けるべきだったんだ。


 自分の迂闊うかつさに嫌気がさす。


 ドアの破損もだけど、ここの主人には…どう説明しよう……。


 正直に話すしかない。


 何者かに襲撃されて金貨を盗まれたと説明する。


 ギルドや衛兵にも報告して。

 ああ、でも真雲さんの存在がバレたら………。

 むしろ余計な面倒事が増えるかもしれない。

 下手に任せて相手が転生者だったら、被害が拡大する恐れだってある。


 落ち着け、落ち着け、考えろ。


 冷静に。

 冷静になるんだ。


 自分がしっかりしなきゃ。


 ………あれ?


 冷静に考える。


 なんで、誰とも知らない盗人のことで、必死になって冷静にならなきゃならないんだ?


 真雲さんは一文無し。

 自分の持ち合わせも、当面の二人の生活費、宿代、日用品の買い出しでほとんど残っていない。


 アランに両手の指を折られた挙句、人間爆弾にされかけたことも、よその冒険者たちにあらぬ誤解を受けて、プレッシャーに押し潰されそうなっていることも。


 あれ?バグラダに来ていいことあったっけ?


 だんだんと、腹が立ってきたぞ。

 溜め込んでいたストレスが、ここにきて突如として限界に達する。

 この場合、正しい判断じゃないのは分かっている。

 分かってはいるが——。

 この手で捕まえて、一発殴らないと気が済まない。


 自分がイライラしていることに気づいたのか、目に見えて落ち込んでいた真雲さんが、心配そうにこちらを見ている。


「シ、シルバさん?」


「………やんよ」


「え?」


「やってやんよ」


 そう言い、自分の手元に視線を落とす。

 都合のいいことに、それを実現するすべが自分にはある。


「取り返してやる」


「え?どうやって?」


「裏手のゴミ箱の中……酒場で衛兵たちから逃げた真雲さんを僕がすぐ見つけたの、憶えてますよね。こっちだって、手があるんですよ」


 この惨状を知ったとき、すぐ取り乱さなかったのには理由があった。


 金貨に、をかけておいたのだ。


 それは自身の能力——『透糸スクイト』の特性を利用した、自分にしかできない細工。


————


 糸の能力が目覚めたばかりの頃、どれくらい遠くまで伸びるのか実験したことがある。


 森の中、丸株に糸を取り付け、ひたすら走ってみた。

 10メートルを超えたところで、違和感に気づく。


 いくら入り組んだ地形を進もうとも、糸が障害物に絡まらないのだ。


 真横にしばらく歩いても、手につながる糸は、取り付けた木の方向にまっすぐに伸び続けていた。


 このとき、糸が木に張り付いたままになるように、無意識に念じていたことに気づく。


 それはつまり、対象の木以外の物体には決して貼りつかないよう、念じていたということでもあった。


 そう、この糸には、『対象をマーキングできる』特性があるのだ。


 それ以降、狩りの際には、餌にこの糸を取り付け、獲物が巣に持ち帰ることでその場所を特定する、といった使い方をするようになった。


————


 結果的にだが、今回もそれと似たことができる。

 手から伸びた糸は壁にまっすぐ伸びて、向こう側につながっていた。


 微かな振動でその動きも追えるが、今は、止まっている。

 もう根城に着いてるのかもしれない。


「——そういうわけで、防犯用にいくつか金貨に糸を取り付けていたんです」


「………お、おお!さすがシルえもん!そんな地味……便利なひみつ道具あんなら先に言ってくれよ!」


「フフフ。次、地味って言ったら、はっ倒しますよ?」


 口ではそう言ったものの、真雲さんの声に生気が戻っているのが分かり、少しホッとする。


「じゃあ、その透糸スクイトをたどれば犯人のところまで辿り着けるってことで……根城についたら、俺がそこを襲撃すればいいのか?」


「いや、真雲さんはここにいてもらわないと。その格好で街中を歩くのは……」


「あ、そうか……でも一人で対処できるのか……?」


「………」


 勢いで実行しようとしたものの、確かにその通りだ。

 よくよく考えたら相手は、真雲さんの警戒を掻い潜り、金貨を盗んだ手練れ。


 アランの一件を考慮に入れると、そういった意識に干渉する能力を持った転生者がいてもおかしくはない。


 だとすると、一人でどうにかなるとは思えない。

 糸の先に盗人の仲間たちがいる可能性も、十分に考えられるし。

 かといって、このまま外に連れ出すのはなぁ。


 開いた窓から、糸の方向をみる。


 ………え。


 うーん。


「あの、真雲さん……」


「………?」

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