第24話『無垢なる少女、子宮に還る』
〖少女の視点〗
パパが帰ってこない。
小学3年になった年だ。
「パパはね、遠くの国のお姫様と冒険に出たのよ」
泣いたママは、私をぎゅーって抱きしめながら、そう言っていた。
当時、私の頭はドがつくほどのお花畑だった。
どれくらいお花畑だったかっていうと。
とにかくパパはとんでもなくものすごい人なんだと信じ込んで、翌日には学校で会う人みんなに自慢して回ったほどだ。
そしたら、一人の友達がママの言葉の本当の意味を教えてくれて、わんわん泣いた。
今年入って、はじめての参観日。
絶対見に来てくれるって約束したはずなのに、教室にいたのはママだけだった。
夜になっても、パパはやっぱり帰ってこなかった。
————
1年後。
学校から帰ると、知らないおじさんが家にいた。
ママの新しい彼氏らしい。
この人が私のパパになるかもしれないって、ママに言われたとき、なんだかソワソワした。
おじさんはママとやたら仲良しで——。
「ねぇ、やめて!あの子の前よ!」
仲良しで——。
「いいじゃねぇか、ちょっとだけだって」
「もう……」
たくさんママにキスしてもらって、おじさんだけズルいって思っていたのは、はじめだけだった。
宿題してるときも。
お皿を洗ってるときも。
布団で寝てるときも。
私の隣で。
おじさんはズボンを脱いで、ママと——。
————
おじさんはパチンコ以外、家から一歩も出なくなった。
「なんで働かないの?」
気になって聞いてみた。
パンッ
叩かれた頬が信じられないくらい熱くなって、それ以降、質問しなくなった。
悪いのはおじさんを怒らせた私なんだから、罰を受けないといけない。
おじさんにそう言われて、その日は、お腹を空かせたまま眠った。
「あの人に変な口きいたらダメよ」
「……うん」
痛いのはヤだし、言うこと聞いたら理不尽に怒られないから、お利口にしないと。
でも、できなかった。
————
ママのお腹がスイカみたいに大きくなってから、かな。
おじさん、いつもみたいにママと仲良くできないのが不満だったみたい。
深夜になって、私が眠ってるとき。
おじさんに背中を蹴られて飛び起きた。
「ん…おじさん、顔が真っ赤……酔って——」
「女にしてやる」
四つん這いにのしかかってきて。
胸を触ろうとしてきた。
なんだか、すごく怖くて、とっても嫌で。
暴れたら、パンツをビリビリに破かれた。
「ママッ!ママッ!」
「だまれっ!」
大きな声を出したら、首を絞められた。
「ぐぁ……げはっ……」
「ちょっと……顔はやめてよね……」
バタバタしてる私を見て、ママはそう言うだけで、止めてくれなかった。
「はぁ、この子が子宮にいなかったら、今ごろ私は……」
ねぇ、なんで……そんなこというの?
でも……ホントは私のこと、大事に思ってくれてるんだよね?
————
夏休みになって、ママは私を見なくなった。
私の全身が
頭に
普段のご飯はおじさんとママが。
その食べ残しを私が。
「……ひぐッ…」
だめだ。
泣いたら、またぶたれる。
でも、なんで?
なんで泣いてるの?
分かんないよ。
泣いても良いことないのに。
ねぇ、覚えてる?
ママ?
今日、私の誕生日だよ?
なのに。
目の前のチャーハンは、一口分もなくて。
テーブルにあるのは、マヨネーズとケチャップとか、チューブ状のものばっかりで。
でも、それを吸ってるだけでも、たまらなく美味しく感じて——。
それでも、やっぱり、お腹はすいちゃって。
冷蔵庫にあったおじさんのプリンをこっそり食べたら、すぐにばれて。
髪を引っ張られて。
お腹をたくさん蹴られて。
プリンも、おしっこも、うんちも、全部でてきて。
謝っても許してくれなくて。
蹴られてる感覚もなくなってきて。
眠くなってきて。
ママはずっとケータイに夢中で——。
そしたらね。
ママの後ろに誰かがいたんだ。
たぶん、クマのお化け。
そのお化けが大きな口で、ママの頭を——。
すごかった。
首から下がビクンビクン跳ねてた。
ホントにすごかったよ、ママ!!
大きな爪がお腹に刺さってるのに、まだ動けるんだ!
……あ。
ゴト
ちぎれちゃった。
少し怖くなったけど、ほっとして、なんだか嬉しくなってきた。
「…ざまぁ……みろ……」
いけないことなのに。
ママに悪口、言っちゃった。
ズタズタになったママのお腹から、お肉の塊が2つ出てきた。
弟か妹か分かんないけど、もしかして双子だったのかな。
逃げようとしたおじさんも、すぐに捕まっちゃった。
足を引きずられてるところをぼーっと見てたら、別のお化けがやってきた。
今度は、トゲトゲしてる……。
そのお化けが、私の頭に手を伸ばしてこう言ったんだ。
『すぐに終わる』
あのとき、少しだけ体が暖かくなった。
ああ、ありがとうって伝えたかったなぁ。
だって。
やっと楽になれたんだから。
————
『はぁ ハア ね ぇ き ぁみ
あの神様に出会って、どれくらい経ったんだろう。
もしかしたらって淡い期待を抱いたけれど、結局、私の人生に光が差すことは一度も————。
「おい、なにボーッとしてんだ!こっちは空だぞ!」
「あ、はい!えっと、ただいま……!」
昔の思い出に浸っていたが、耳に突き刺さるような怒鳴り声のせいで、現実に引き戻される。
片膝をついたまま、慌ててジョッキに酒を注ぐ。
ダメダメ、ちゃんと働かなきゃ!
大屋敷の中はいつも空気が淀んでいる。
足元に敷かれた毛皮の絨毯も、酒と煙草の匂いが染みついていてひどく臭うけど、もう慣れてしまった。
「おいグズ~、しっかり働けよぉ」
隣にいる太っちょが、ジョッキ片手に下品な笑い声を上げている。
その手は、奴隷にされたエルフの胸元に潜り込み、片乳を貪るように鷲掴んでいた。
いいなぁ、お酒。
私も飲みたいなぁ。
「なに見てだぁ?てめぇも揉まれてぇのか? 魔族のくせに、許可なく発情しんてじゃねえぞ」
「いやいや、そっちじゃなく………へへへ………」
「あ゛?」
「……すみません……」
「カァー、ペッ」
吹きかけられた唾が私の頬にかかる。
脂ぎった顔がニタニタと笑っていた。
「おら、唾が落ちたぞ。舐めろ」
「……いただきます」
四つん這いになり、唾の染み込んだ絨毯を舌で——。
舐めるふりをする。
「美味いか?」
「ひゃい…おぃひい…てす……」
「ほんっと、気持ち悪いなぁ、お前」
「…ごめんなひゃい…」
よかった。
頭で死角つくってるから、バレてない。
ちゃんと愛想よくしないと。
私も、殺されちゃう——。
頭の上で笑い声が聞こえる。
視線が、皮膚の上を這い回る虫くらい、気持ち悪い。
私の母親になるはずだった人は殺された。
この人たちに。
『魔族だから』って理由で、お腹を
おじさんと同じ、悪いことを悪いと思ってない大人たち。
そして、この悪い大人たちに私は仕えている。
お酒を注いで、金品を奪って、死体を運んで——。
人使いは荒いけど、命令があるってことは、必要とされている証だ。
前の人生じゃ、誰にも必要とされなかったし。
あの暗い日々に比べたら、ここはまだマシ。
成果を出せばご飯だって貰えるし。
まぁ、不満があるとすれば——この世界に来ても、相変わらず『グズ』って呼ばれてること。
それくらいかなぁ。
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