第14話『イレギュラー』
〖アランの視点〗
いつから……この
今日一日、この酒場は俺が貸し切っている。
隅の席でエールをちびちびやりながら、張り紙を見てやってくる転生者を待っていた。
こんな怪しいヤツが店に入ってきた覚えはない。
警戒の色が濃くなる。
冒険者には見えない。
傭兵でもない。
「………………」
そいつは無言のまま、俺をじっと見据えている。
「どうも」
語りかけてきた!
しかも、場違いなほど軽い挨拶で!
「…あ、え…どうも…」
「おおおおおおおお!通じたぁあああ!!マジか、すげえッ! やっと言葉の通じる人間に会えた!」
急なテンションの上がりように、体がこわばる。
こいつ、転生者…!
いや、だが……。
転生者にしては、この世界の技術とはかけ離れた機械的で奇妙な装い。
まるで、別の場所から、そのまま来たような……。
「いやぁ、助かった!成り行きで、気づいたらここまで来ちまったって感じでさ!」
興奮した様子で、ズカズカと歩み寄ってきた。
ビクッ
そいつの姿がはっきり見えてきて、思わず息をのむ。
全身に――
「く、来るな!」
「お、おい、なんで離れるんだよ」
「離れるに決まってんだろ!てめえ、自分で自分を客観視できねぇのか!」
そいつは不思議そうに首を傾げ、自分の体を見下ろす。
「あ、やべ、返り血」
とんでもなく物騒なこと呟いてる。
「誤解だ!この血は正当防衛というか!俺は悪くない!」
「それ人殺しの
足元で、アイアンスライムが跳ねている。
『お?やんのか?』とでも言いたげに、臨戦態勢に入っていた。
「だがら違っ!お前もやめいっ!!」
直後——。
ヴヴァ゛ヴヴァァァヴヴァ゛ヴヴァヴヴァ゛ァ゛ヴヴァ゛ヴヴァァ゛ッ!!!!
甲高い、苦痛に満ちた叫び声。
シルバだ。
「チッ!こっちはまだ取り込み中だっての―――」
言い終わる前に、言葉が途切れる。
いない。
ヤツの姿がどこにも。
……まさか!
焦ってカウンターに戻る。
いた。
馬鹿な。
ほんの一瞬、目を離しただけだぞ。
厠からカウンターへ行くには、俺を素通りしないと無理なはずだ。
どうやって、俺に気づかれずに移動した?
いやそんなことはもういい。
今は――――。
酒場の薄暗い店内、そいつは月明かりが差し込む一角を凝視していた。
その先には、頭部にナイフが深々と突き刺さった店主。
そして、テーブルに突っ伏して痛みに喘ぐシルバがいる。
「グ………ァグ………」
折ったばかりの親指を咥えていた。
人差し指、中指、小指は、付け根の第三関節からすべて不自然な角度に曲がっている。
薬指にいたっては上手く折れなかったのか、骨が皮膚から突き抜けている。
一方、右手の指は腫れ上がって紫色に変色している。
骨折してから少しばかり時間が経っているため、皮膚の下に溜まった血が黒ずんで見えた。
そいつは店主の死体を
シルバの肩を掴んで顔を覗き込んでいるようだが。
無理もない。
折れた指の痛みに加え、俺の能力で精神を
「待ってろ、まだくすねたやつが……」
ポケットをゴソゴソとまさぐっている。
………何をする気だ?
小瓶を取り出した。
瓶の中の液体に、金色の沈殿物が見える。
あれは……。
高純度の回復薬——ハイポーション。
ダンジョン攻略の要ともいえるレアアイテムだ。
冒険者なら喉から手が出るほど欲しい品だが、入手が難しく、高位の冒険者でも1つ、2つ、持っているかどうか。
こいつ、そんなレアアイテムを
本来なら数滴で十分なハイポーションを、損傷部位にぶっかけた。
指が目に見えて、修復していく。
骨が整い、肉が再生し、シルバは喘ぎながらも息を整えた。
「?、ぅあッ!?」
「おお、大丈夫か?」
「どうしてここに……レイダーが…」
「?、なんで俺のこと……」
知り合いか?
いや、反応を見る限り違うようだが。
まぁいい、とんだ邪魔が入り込んだが、コイツが転生者ならチャンスだ。
負傷者をみて、すぐに助けようとするあたり、こいつもシルバと同じ正義感の強いタイプ。
シルバに気を取られている間に、音をたてず、その背中に手を伸ばす。
もう少しだ、もうすこ————。
ゴガッッ
「へあぶっ!!」
払うような裏拳が顔面に叩き込まれる。
激しい衝撃、視界が白く光る。
鼻の軟骨が砕ける嫌な感触と、頬骨に響く鈍い痛みが走った。
鼻と口から止めどなく血が流れ、床にぽたぽたと音を立てて滴り落ちる。
たまらず地面に手をつく。
「ぐぞっ…!」
ポケットから慌てて自前のポーションを取り出し、中身を飲み干す。
液体が喉を通り過ぎると、たちまち顔の骨が再構築されていく。
数十秒ほどで、骨折した鼻、歪んだ顔の輪郭が元に戻った。
「なぁ。これやったの、お前?」
「フゥ、フゥぅ………それ…答え聞く前に……殴るかよ……普通…………」
「不意打ちかまそうとしてきたやつが、『普通』を語ってんじゃねえよ。いいから答えろ。でなきゃ次は、小突く程度じゃ済まねぇぞ」
「カァッ、ペッ!」
口に残った血を吐き捨てる。
「ああ、やったよ………で、それがどうした?説教でもする気か?ヒーロー気取りが」
「ヒーロー?んな立派なもんじゃねぇよ」
「だったらなんだ」
「吐き気がすんだよ。救えたはずの命を前に、言い訳を並べて見殺しにするクソ野郎が。これは俺の身勝手なエゴだ。俺が俺でいるために、俺の生き方に後悔を残さないために、お前のようなクズを放っとくわけにはいかねぇ。それだけだ」
「……偽善者め」
「……かもな」
「幕切れだ。気絶するまでテメェでテメェの顔面、殴ってろ!」
クク、これで俺の勝ちだ。
『魔力感染』のトリガーは、触れること。
それは———他者から触れてきても例外なく発動する!
「……………」
「?、な、なんだその反応は……さっさと殴れよ」
「何言ってんのお前、やるわけねえだろ」
「!? 」
なぜ!?
裏拳を受けた瞬間、確かにこいつは俺に触れた!
発動条件は満たしてるはずだ!
「なんで言うことをきかねぇ!俺の力は!どんなやつでも操れるんじゃねえのかよ!!」
「……操る?ばっかじゃねぇの、話は終わりでいいか?」
「く、くるな」
「ったく。洗脳だの、操るだの、どうして俺の周りには、こういう中二病をこじらせたサイコ野郎ばかりが集まるんだかね」
やれやれ、と呆れたように近づいてくる。
初めて感じるソレは、殺気とでも言うのだろうか。
まだ何もされていない。
それなのに。
ヤツの右足が、俺の顔面を——。
その光景が、脳裏に死のイメージとなって焼き付く。
「ガルザック!助けろ!」
思わず、叫んだ。
裏で控えさせていた老剣士が立ち上がる。
5メートルほど離れていた距離を、たった数歩で一気に詰め、俺とヤツの間に入り込む。
抜き放たれた刃が月光に反射し、ヤツの首筋へ——。
ギィンッ
「……ありえねぇ」
並の冒険者なら、視認する前に首が飛んでいる。
だがそいつは右手で、
「化け物が!ゼルド!リナス!お前らもこい!」
壁際でカードゲームをしていた二人の男が動く。
ローブをまとい、杖を握った魔術師たち。
一人が老剣士に術をかけると、その身体が赤い光に包まれた。
「え、なにこれ。じいさんが光ってんだけど……もしかしてバフ?バフかけてるのか?」
その瞬間、刀身が激しく振動し、掴んでいた手が弾かれる。
老剣士は距離をとり、再び剣を構え直した。
「おお、手が……」
ヤツの軽口に、
駒たちはいつも通り動く……俺の能力に問題があるわけじゃねぇ。
だったら、おかしいのはコイツか?
いや、降りかかってきた剣を片手で掴む時点で十分おかしいとは思うが。
転生者の力?
俺の能力を無効化するような……。
——いやぁ、助かった!成り行きで、気づいたらここまで来ちまったって感じでさ!
コイツの言動。
このふざけた格好。
ま、まさか……。
思考の末、一つの結論に辿り着く。
「てめぇ、日本からそのまま、こっちに来たのか?」
「は?お前もそうだろ?」
………………。
到底、信じられないことだが、この反応。
嘘はついてない。
合点がいった。
日本に魔力なんて概念は存在しない。
当然、それを循環させる肉体も。
だから俺の能力が通じなかった。
ヤツの肉体に、魔力が流れていないから。
転生ではなく、転移。
この考えが脳裏をよぎった瞬間、全身の血の気が引いた。
こんな
それに————。
「話してもらおうか、
「経緯つっても……光に吸い込まれて、牛と戦って、根っこの巨神にとばされて、気づいたらココにいたってだけなんだけど……」
「…………」
「…………」
「フッ、話す気がねぇのなら……力づくで吐かせてやる!」
「いや、言ってんだろ!聞けッ!俺の話ッ!」
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