第15話 『その異能は初見殺し、ゆえに』

 対象の魔力回路を介し、その精神構造を汚染する異能——魔力感染スパム・ウイルス


 その効力は個体の精神耐性に依存し、発症の度合いも差が見られる。

 即座に精神を掌握される者もいれば、シルバのように肉体は従うものの、自我が残存するケースもある。

 この能力を完全に発動させるには、対象に物理的・精神的ストレスを与え、その心身の脆弱性を誘発することが不可欠となる。


 能力開示も傲慢からではなく、情報心理戦の一環。

 対象に絶望的状況を認識させることで、抵抗の意思を削ぎ、行動の強制を容易にするための戦略だった。

 

 発動条件は接触のみ。

 聖人君子ですら感染が末期に及べば、術者の命令一つで赤子を犯す鬼へと化す。


 『初見殺し』──その一言に、この異能の全てが集約されている。


 だが、この能力は決して万能ではない。


 同時に操作できる人数は、最大で10人。

 持続時間は1週間という期限付き。

 加えて、一度支配から解放された対象は、能力に対する完全な免疫を獲得し、再感染は起こり得ない。


 これらの制約が、アランによる支配体制を常に不安定なものにしていた。


 今ここにいるのは駒の中でも最高戦力の3人。

 本来であれば、シルバを欠いても、この3人でダンジョンに待ち受ける守護者と十分に渡り合えるはずだった。

 しかしアランはタワーオフェンスゲ—ムの如く、手当たり次第に冒険者を従え、ダンジョンに送り込むことを余儀なくされていた。


 それは、なぜか?


 恐れていたのだ。


 報復を——。


 過去に一度、資金稼ぎのために森奥のモンスター討伐に送り込ませた男が、戻ってこなかったことがあった。


 アランは死んだものと放置していたが、実際は遭難し、脱水症状で倒れていたところを他の冒険者に救助されていた。


 1週間が過ぎ、男は教会で目を覚ますやいなや、狂ったようにアランのもとへ向かった。


 仲間の仇。


 『バトルロワイアル』と称され、パーティメンバー同士で殺し合いを強いられた。

 自分が生き残ったという事実は、自分の手で仲間を葬ったという、拭い去れない罪の証だった。


 心に押し込められていた復讐心が湧き上がり、男はナイフを振り上げ、殺意を剥き出しにしてアランに襲いかかった。


 だが、後から駆け付けた駒に取り押さえられ、首を――。


 あの時の戦慄は、今もアランの脳裏に焼き付いている。


 もし能力の詳細が外部に漏れ、集団で対策を講じられていたら、アランの生涯はそこで終わりを迎えていただろう。


 気絶につながるような強力な一撃を喰らえば、能力そのものが意味をなさず、遠距離での攻撃にも対処できない。

 自身の戦闘力は、能力を除けば皆無に等しい。


 これらの不安要素は、心をむしばむ毒そのもの。

 

 それ以降、アランは外敵から身を守るため、常にその時点での最高戦力を手元に置くようになった。


 彼らはバクラダでも指折りの冒険者たち。


 老剣士のガルザックは、『百獣殺しビースト・スレイヤー』の異名を持つ。

 50歳を超えるよわいでありながら、両断した大型モンスターは100を超え、過去にはガ—ディアンを単身で討伐した実績もある。


 後衛の一人、ゼルドは『高速詠唱の賢者クイック・キャスター』。

 数時間かかる高位強化呪文を、わずか数分で完成させる卓越した魔術師。

 その言霊は、いかなる不利な戦況も瞬時に覆す。


 もう一人の魔術師リナスは、『刻印の魔術師ルーン・エンチャンター』。

 武器の潜在能力を極限まで引き出し、錆びた剣すら一騎当千の業物へと変貌させる。


 彼らは、各地に点在するダンジョンを幾度となく攻略してきた、プロの冒険者集団──『攻略班』の精鋭たちだった。

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