第四幕:あなたの光を、もう一度

 制服のまま飛び込んできた少女の身体は、小さくて、でも意志がこもっていて――


 抱きしめ返すことも、声をかけることもできずに、

 真央はただ、そのぬくもりを受け止めていた。


 教務応接室。窓の外では、部活動の声が微かに響いている。


 けれどこの部屋だけは、まるで音をすべて遮断されたように、静かだった。


 少女の腕が、真央の背中に回る。


 その力加減が、あまりにも懐かしすぎて――

 心の奥に仕舞っていたはずの何かが、軋んだ音を立てた。


「……せんせい……」


 ぽつりと呼ばれたその声は、

 確かに目の前にいる“生徒のもの”だった。


 けれど、真央の耳には、あの火の前で聞いたことのある声に、

 確かに――重なっていた。


 「せんせいに、会いたかった」


 震えるようなその声に、真央は息を呑む。


 思わず、彼女の肩に手を添えて、その顔を覗き込む。


 そこには、まっすぐな瞳があった。


 涙を浮かべながらも、笑っている。

 迷いも、恐れもない。


 「……あなた……」


 その続きが、言えなかった。


 “誰なの?”と問うことは、できなかった。

 “どうして?”と聞くことも、怖かった。


 だってその顔は、あまりにも――


 「リ……」


 少女がそっと、指を唇に当てる。


 「名前は、あとで言うね」と小さく笑ったその仕草に、

 真央の喉奥が、ぎゅっと詰まる。


 心が、暴れそうだった。


 灰になったはずの記憶が、

 この目の前の小さな身体を通して、音と色を取り戻していく。


 「……なんで……どうして……ここに……」


 問いかけのような呟きに、少女は首を傾げる。


 そして、こう言った。


 「……“先生が、呼んでくれた”から……だよ?」


 まるで、それが当たり前かのように。

 当然のことかのように。


 そうだ――


 あの夜、リリアを思って口にした言葉。


 この世界で、また会えたらいいな――と。


 それを、きっと、誰かが聞いていた。


 次の瞬間、真央はぎゅっと目を閉じて、

 少女の肩を抱きしめた。


 言葉がいらなかった。


 この抱擁が、すべての答えだった。


 ***


 それは始まりでも、再会でもない。


 ただの、“続き”だったのだ。


 火の名も、剣の記憶も持たないこの世界で。


 もう一度、やさしい朝を。

 もう一度、あたたかな夜を。


 囲炉裏のように、誰かのために灯る火を。

 この腕の中に、もう一度――


 ――あなたの光を、もう一度。

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