第三幕:未来の火をつなぐ
季節が何度も巡った。
囲炉裏の火が、赤子の頬を照らし、
信仰の剣が壁にかけられた装飾に変わるほどの時間が――
神都・新祈堂区。
かつて焚刑の火が燃え、白金の十字が支配していた街は、今は変わりつつあった。
広場の中央には、剣でも祭壇でもなく、
囲炉裏を模した石の火台が設置されている。
そのそばでは、子どもたちが絵本を広げて火を囲み、
老人がその傍らでお茶を沸かしている。
教義は変わった。
火は、罪を焼くためのものではなく、
人が生きるために、共に手を取り合うためにあるものとして。
それを成し遂げたのは――リリア・ノクターン。
今や彼女は、信仰再編機構「光の炉(ひかりのいろり)」の代表として、
新教義とともに各地の祈堂を巡りながら、生活と祈りの結び直しを行っていた。
けれど、その日、彼女は久しぶりに神都に帰ってきた。
小さな書斎。
白い石壁の向こうから、春風が差し込む午後。
書きかけの手紙と、読み返された書類。
机の上に積み上がる施策案の隅に、一輪の赤い花が添えられている。
「……リリア様。失礼いたします」
ノックの音とともに入ってきたのは、
今も彼女の片腕として働く、元副団長――セリア・フェルネ。
かつての鋼鉄の盾は、今は彼女の背中に優しく下がっている。
「南方の祈堂区、再設計完了の報告が入りました。
“火の学び舎”として、子どもたちの受け入れが始まったようです」
リリアは顔を上げて、ふと目を細めた。
「ありがとう、セリアさん。……本当に、ありがとう」
その言葉に、セリアは少し照れくさそうに微笑みながら頭を下げる。
「私たちは、あの日からずっと……あの火の前に立ち続けているだけです」
彼女が静かに去ったあと、
リリアはひとり、書斎の窓辺へと歩み寄る。
下では、街の人々が火を囲み、誰かが笑い、誰かが手を取り合っている。
それを見て、そっと小さく呟いた。
「……変わってきたね、リュシアさま。
あなたが、焼かれるより灯してくれた未来が、
ようやく、少しずつだけど――この街に根付いてきたよ」
風が、書斎に吹き込む。
机の上の赤い花が揺れて、ひとひらの花びらが舞い上がった。
それはまるで、かつての光のように、空へ――やさしく、静かに。
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