私の大切な幼馴染

@11hsk

私の大切な幼馴染

 私は小学3年生の春、大事なをなくした。その時は近くにありすぎて、気づかなかった。でも、あのとき私はなくてはならないものをなくしてしまったのだと思う。


 気づけば、その日から心の中に空白が生まれていた。そこを埋めてくれるものは探しても探しても、見つからなかった。


 ※


 高校生になっても、私の日常はいつも平凡でちっぽけだった。同じ通学路、同じ服装、同じ音楽。同じ日々を何度も繰り返していた。味気なく、あの日なくしてしまったものを埋めてくれるものは、まだ、ない。そんな日常に突如終わりが訪れた。


 あの日のことは私は一生忘れないと思う。その日は、高校に入って初めての夏休みで、その年一番の暑さだった。夕方でもむせ返るような暑さで、部活から帰る途中でもその場に倒れ込みたいほどだった。


 やっとの思いで家につくと、そこには夫婦らしき二人の男女と、多分私と年齢が近そうな男の子と、(身長的に)その弟であろう人がいた。私の母はその中の女性と話しているのが見えた。


 顔がはっきり見えるところまで来ると、すぐにどの一家かわかった。わかったけど、その存在を認めたくなかった。あの頃からもう何年も経っている。今更ここに返ってくるわけ無い。顔が変わっていてもおかしくない。と似ている違う人達だと信じたかった。いや、そう思い込んだという方が正しいだろうか。


 男性に対する免疫がないのと、人見知りが相まって、喋りたくなかった。というか、仮にだとしたら、前と同じように喋ることなんてできないと私の脳が告げている。が、そこを通らずして家に入れない。当然無視できるはずもなく、母は私の願いを見事に裏切り、


 「おかえり〜。あっ、しおは会うのは久しぶりよね。覚えてると思うけど、あー君たちがこの近所に引っ越してきたの。」


 家のドアの前の階段の下から軽く会釈をする。するとあちらの中で一番背が高い男の子もこちらを見て会釈する。たぶん、というか絶対あの子があー君だ。顔はやっぱり小さい頃の面影がある。でも、昔みたく同じ目線で喋ることはできなそうだ。そもそも、もう話すこともないだろうけど。


 (やっぱりあー君だった...会いたかったけど...。けど、会いたくなかった。)


嬉しさと、後悔と、悲しさが私の中でごちゃまぜになってその場で泣きそうになった。それが瞬時にわかった。人前で泣きたくなかったから、力を込めて踏ん張った。そのせいで、喉がキューとしまって、奥が痛くなった。


 あー君は私の幼馴染。私が小学3年生の頃に広島から岡山に引っ越していった。


 しかも、引っ越す前日になぜか大喧嘩になってしまった。今思えば、その時の私はあー君が引っ越すことの悲しさを紛らわさせるためだったのだろうけど、あー君を傷つけた。そのままお互い謝りもせず、あー君は私の世界から消えていった。その後に家族ぐるみで一度だけ会ったけど、私たちは一言も会話をしなかった。


 「こら、ちゃんと挨拶しなさい!」


私が会釈だけで済ませたせいで挨拶を母に強要される。


 「こ、こんばんは。」


自分でもわかるくらい小さな声で聞き取れたかはわからない。何年ぶりに会った幼馴染一家と普通に話せるわけないのに...


 「こんばんは。しおちゃん、大きくなったね〜。」


それでも、おばさんは優しく声をかけてくれる。正直、数秒もこの場にいたくないのだが、ここから抜け出すこともできず、


 「あはは...ありがとうございます。」


と生返事をしてしまう。この状況で普通に話せる人はそうそういないと思う。私が一方的に気まずいと思っているだけかもしれないけど。


 「しおはさっさと着替えてきんちゃい。今日はあー君んちと一緒に食べに行くから。」

 「あ、わかった。」


 (嘘でしょ!?)

声だけでも、平静を保てていた私を褒めてほしい。


 ※


 私の家族行きつけのイタリア料理のチェーン店に来たのだけど...なぜあー君が私の隣に???


 あー君の近くは避けたくて、ソファの奥の席に早めに座ったのに。それが仇になるとは...というか、わざわざあっちから来るとは思わないじゃん!しかも、私の弟のとあー君の弟のとばっかり喋ってるし。


 (笑うときにエクボが出るの、変わってないんだぁ。じゃなくて、すっかり謝る機会なくしたんだけど!どうしよう...。今日ぐらいしか無いだろうし。でも、ここにいても気まずいだけだし、一旦お手洗い行くか。)


が、通るにはあー君に話しかけないといけない。ただ一言、たったそれだけでも勇気がいる。話しかけようとするけど、なんと声をかければいいのかわからず、あたふたしてしまう。このとき、店内で流れている慣れ親しんだBGMすら耳に入らないほど、頭が真っ白になっていた。あー君が私の様子に気づいて、こっちをじっと見る。


 「あっ、えっと、ごめん。通してもらえる?」


 そんなたくさんの言葉を話しているわけでもないのに声が震える。いろんな気持ちが浮き沈みしていて、もう自分が何を感じているかもわからない。あー君の顔もまともに見れないし。


 あー君はすんなり退いてくれたけど、私に喋ることはなかった。そのことが余計に私の胸を痛めた。


 (はぁ。戻りたくないなぁ。どうにか私だけ帰れないかな。絶対、無理だろうけど。)


 もう辛いを通り越して、もはやこの状況に笑いが込み上げてくる。席に戻ろうと通路に出ると、男性トイレの前であー君がいた。最初は並んでいるのかと思ったけど、鍵がかかってないことを見るとどうやら私の予想と違ったらしい。まぁ、どうでもいいけど。


 (隣を通らないといけないのか...)


 そう沈んだ思いをしながらも、あー君の方をチラチラと見えてしまう。背が高くなって、前よりも...かっこよくなってる。目がパッチリしているところは変わらないけど。と、


 (ヤバッ、あー君の方見すぎた!)


 目が合ったけど、条件反射ですぐに目を逸らしてしまう。何も見なかったことにしてあー君の前を通り過ぎようとするけど。後ろから懐かしい、少しかすれた声がした。


 「待って。」


とあー君の大きくてゴツゴツした手が私の腕を掴んでいる。昔みたいな弱々しい力ではなく、強い力で。


 「ねぇ、なんで俺を避けるの?俺、前なんかした?」


 私にもわかるくらい声が震えている。目の縁は滲んでいて、今にも泣きそうなぐらい顔が歪んでいる。


また、胸が痛んだ。ぐらついた。


 私はまだ過去を引きずっている。素直に過去に向き合うことが怖かった。私は弱くてずるいから。あー君みたいに正面切ってぶつかっていくことはできない。でも...ここで向き合わなかったら、いつ向き合うの?これを逃したら次の機会は訪れない気がする。だって、どうせまた私はから。それだったら...


 勇気と体力と精神をごっそり持っていかれるような気がした。すごく、目の前が見づらいけど。それでも、力を振り絞って


 「昔...昔さ、引っ越す前の日に喧嘩したの覚えてる?それで...私は無駄にプライドが高くて、まだ謝ってなくて...」


ダメだ。声が震えちゃう。私はやっぱり昔から変わってない。自分から謝ることがなかなかできない。それも悲しかった。


 「それでまだあー君は怒ってるのかもしれないって思ってて...あのときは本当にごめん!」


 途絶え途絶えに話したあと、私はゼーゼー息をしていた。息が止まるたびに言葉がつかえっていた。頭を下げて、目をぎゅっとつぶる。彼から返ってくる反応が怖かった。それすらも、見たくなかった。


 だけど、あー君からの反応は返ってこない。やっぱりあの時のことまだ怒ってるんだ。そう思うと余計に頭を上げることはできなかった。


 (まだ、なにか言った方がいいかな...?)


 そう思っていると、頭上で笑い声がしたのだ。


 「ぷっ、あはは!まだあの時のこと、気にしてたの?!ちょっと、笑いこらえるのむずいんだけど。ふふっ。」


 驚いて、思わず頭を上げる。見れば、あー君はお腹を抱えて笑っている。


 (どんなところでツボにはまってんの!逆に長年あんなことを引きずってたことが恥ずかしいじゃん!)


 私の顔と頭がどんどん熱くなる。沸騰してるみたいだった。思わず、あー君の腹にパンチを入れる。


 「ちょっと!私は真剣に話してるんだけど?!」

 「ふふっ。ごめんごめん。しおちゃんが面白くて...」


 私を”しおちゃん”と呼ぶのはこの世であー君だけだから、そうやって呼ばれたことが。


あー君は笑い涙を拭う。あー君が姿勢を正すと、どうしても私が見上げる形になってしまう。あー君が成長したことを嫌でも思い知らされる。知らない人みたいで少しだけ緊張した。


 (私も身長、高いはずなんだけどなぁ。)


そう思いながら。


 「逆に聞くけど、しおちゃんはまだあの時のこと怒ってるの?」

 「そんなわけ無いじゃん!あの時の喧嘩は私のほうが全面的に悪かったし。多分。」


 あの時の喧嘩のことはもう覚えていない。その日の夜に思い返したときに、自分が全面的に悪かった、と後悔したときのことしか覚えていない。だからこそ、その思い込みにいつまでも囚われていた。今日まで。


 「それと一緒。俺もおんなじこと考えてるから。怒ってないよ。むしろ、他人行儀だったほうが傷ついたんだけど。」


と小さい顔ながらもほっぺたをふくらませる。かわいい。というか、隠しきれないキラキラに圧倒される。


 「うっ...それはごめん。でも、まだ怒ってるかなぁって思ったら、話しかけられなくて。謝ってなかったし。」

 「あはは!ほんとに面白いよね。しおちゃん。というか、喧嘩の理由とか内容って覚えてるの?俺、忘れたんだけど。」


 何度もこう笑われてはムッとするけれど、事実なので仕方がない。

 (というか。あー君も覚えてないんかい。気にする必要性なかったじゃんか。)


 「7,8年前の話でしょ。覚えてるわけないじゃん。」


腕を組んでそっぽを向く。拗ねてるみたいな言い方になったけど、いっか。事実、拗ねてるし。


 「それなのに、気にしてたの?」

 「そりゃあねー。あー君のこと思い出すたびに、それが気にかかってしょうがなかったし。」


 あー君が引っ越した後、何度もいないはずのあー君の残像を探していた。そのことに気づいたとき、あー君は私にとって大切な人だったんだと実感した。次に会ったときには絶対に手放したくないって強く思ってた。そのせいで、今日、どう地雷を踏まずに接すればいいかわからなかったし。


 「マジ、おもれぇー。覚えてないのにずっと気にしてたんだ。俺なんか、言われるまで忘れてたし。」


 それもそれでどうかと思う。だけど、そんなに気にしてないんだったら良かった。昔と同じように接してもいいのかもしれない。そう思った。


 「もう、からかわないで。はぁ〜、今まで気にしてたのがバカらしくなってきた。」


頭を抱える。本当は恥ずかしくて、顔が真っ赤になっているのを見られたくなかったからなんだけど。


 「ほんと、ほんと。ねぇ、しおちゃん。」

 「ん?」


あー君の目をしっかりと見つめる。あー君は本当に嬉しいときに鼻をこする癖がある。少し照れくさそうに


 「これから仲良くしてくれる?」


 「もちろん!当たり前でしょ!だって、私、あー君のこと好きだもん!」


 大切な人を大切にする。人は近くにあるものほど、おざなりにしてしまう。本当に大切なものに気付けない。


 私も一度、大切なものを失った。世界はモノクロで、退屈で、つらかった。


 だけど、神様がチャンスをくださった。あー君が私の目の前に再び現れた。最初は、少し嫌だった。自分の弱いところと向き合わないといけなかったから。でも、先にあー君が私に寄り添ってくれた。結局はあー君に助けてもらったけど、それでも。


 あのとき、差し伸べてくれたあー君の手を振り払わずに、取ってよかった。私の世界はぐねり、新しい姿を見せた。美しく鮮やかな世界が。しかも、たった一人の存在で。


 私の大切な幼馴染。もう、手を離したりなんか絶対にしない。

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