二十八輪 姪と娘
カルロッタサイド
とりあえず、とあるコンビニの裏に隠れる。
夜の間は逃げきることができた。
ただ、安心できるわけではない。
しばらくの間息をひそめて、人の気配を探る。
人通りは無い。
財布の中の残高を確認し、変装を済ませ、コンビニで食べ物を買う。
たまには、こんな生活も悪くない。
ずっとやってたら疲れるけれど。
昼過ぎまでずっと座ってひたすらにそこで待機し続ける。
腹が減ってきたらコンビニでまた昼食を買おうかと思っているところだ。
と、後ろから足音がし、私は慌てて後ろを振り返る。
壁の向こうからひょっこりと覗いたのは、仁兄さんだった。
ターゲットのクラスの担任、朝倉仁。
別に、実の兄ではないが、まぁ昔色々あって仁兄さんと呼んでいる人物だ。
「こんなところで何やってるんですか?」
私はびくっと震える。
急に話しかけられると思ってなかったし。
急いでポケットからメモ帳とペンを取り出し、走り書きをする。
「助けて......ください......?」
仁兄さんはきょとんとした声になり、すぐにいつものトーンに声を整える。
「とりあえず、ぼくの勤め先の学校に案内しますね。あの人たちに聞けば少しはいいアイデアくれるかもしれません。
土曜日なので午前授業なんです。もうどのクラスも授業してませんよ。安心してついてきてください」
安心などできない。
むしろ警戒すべきだ。
仁兄さんの勤め先の学校、そこには遠野牧がいる。
正体を知られたら厄介だ。
私はマスクをつけ、フードを深くかぶり、静かに頷いた。
少し歩いて学校まで行くと、職員玄関から中に入る。
「とりあえず理事長室行きましょう」
一番困るんだけれども。
仁兄さんが理事長室のドアをコンコンと叩く。
「どーぞ♪」
あ、今機嫌いいんだ。
だったら、なおさらばれないようにしないといけない。
機嫌いいときに悲しみのどん底に突き落とされたらあの人のメンタルが、色々な意味で死ぬ。
「失礼します」
......私に、気が付いた。私は固唾を飲む。
「あれ、その人は?」
「コンビニ裏で、助けを求めてきた方です」
一瞬よくわからないという顔をして顔をかしげてから、すぐにパッと笑顔を作る。
「ま、座っててよー、お茶とかお菓子とか出すからさ」
本当に能天気なところは昔からずっと変わらない。
しかし、やはり変わることはある。
今は、昔みたいな無邪気な笑顔は、もう見なくなってしまったことだ。
いつからかはわからないが、もう随分長くこの人の本当の笑顔というものを見ていない。
しばらくして、理事長は緑茶と茶菓子を持ってやってきた。
「キミ、名前は?」
『里遠ゆのです』
里遠ゆの。
本名をひらがなにして少し並び替えて作った偽名だ。
「ゆのちゃん、か。ゆのちゃん、なにがあったの?」
『会社で濡れ衣を着せられて、追いかけられているんです』
「どんな濡れ衣?」
『対立している会社にこっちの㊙︎情報を漏らした、と』
まあ、あながち間違っては無い。
会社では無いけれど。
「わー……それは大変」
すると、仁兄さんがどこかに電話をかける。
「もしもしー。ぼくだよ」
『ぼくってだれですか?』
「仁。あのさ、前にお母さん欲しいって言ってただろ?」
『ほしい』
「そっか。ありがと。いろいろこっちでなんかやっとく」
電話を切た仁兄さんは私に向き直って言う。
「ゆのさんにウチにきて欲しいんですけど。あ、もちろん、手は出しませんから」
『良いんですか?』
仁兄さんの家なら雨風しのげる。
それに、知っている人だから安心できる。
「てことで、決まりですね。じゃあ、ぼくは先に家に帰りますね。後で学校戻ってきますけど。さようなら」
そう言って理事長と別れ、仁兄さんの家に向かう。
「ここです」
ガチャリとドアが開く。
目の前には、小さな女の子が立っている。
中学生くらいだろうか。
思い出した。
仁兄さんの、姪っ子だ。
私はマスクをとってフードを下ろす。
「この人が新しいお母さん!?由伊です。よろしくお願いします!」
「ゆのです。よろしくお願いします、由伊さん」
「うん!」
仁兄さんは少し首を傾げる。
「結伊、人見知りだからどうやってゆのさんを慣れさせようか悩んでたのに……。初対面の人と喋れるんだね」
結伊は軽く笑って言った。
「なんか、この人は平気みたい」
仁兄さんも、私に名前を伝える。
「そっか。ゆのさん、ぼくは仁です。改めて、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、仁さん。由伊、今日のお昼ご飯は何が良いですか?」
仁兄さんは、しばらくして学校に戻っていった。
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