第5話
次の日の学校、昼休みにて。
「最近さぁ、律なんだか楽しそうだよな」
と、拓は言う。
「そう?」
首を傾げる律に拓は「そうだよ!」と返す。
「何かいいことでもあったのか?」
興味津々の拓。一緒にいた勇希も聞く気満々だ。
律は少し恥ずかしがりながらも、訳を話し始める。
「じつは、爺ちゃんに誘われて最近ジャズの練習してるんだ」
「ジャズ?」
ピンとこない様子の勇希。拓もきょとんとしている。
律は「そう」と言って話を続ける。
「ほら、僕少し前に部活やめただろ? そのことを爺ちゃんに話したらジャズのジャムセッションに連れてってくれて、やってみたいってお願いしたら教えてくれるって言ってくれたんだ。今は爺ちゃんのところで練習中」
「ジャムセッションって何?」
拓が率直な疑問を投げる。
律はジャムセッションについて知ってる限りのことを拓と勇希に説明する。
「おお、すげぇことやってる! それから、サックス続けられて良かったな!」
拓はそう言って喜ぶ。勇希も「そうだね」と同意する。
「律君、楽器を続けられないって落ち込んでたから、本当に良かったね。ある程度練習したらステージに立つんでしょ?」
勇希に問われ、律は「うん」と控えめな態度で頷く。これに対して拓と勇希は「おお」と感嘆の声を上げる。
「律、がんばってるんだな。俺も陸上部がんばらないとな!」
負けられない! と張り切る拓。
「でも、ジャズってダサくない?」
と、そこへ。どこから聞きつけたのかクラスメートの島田渡が割り込んでくる。
「うるせぇな。そういうお前は部活どうなの?」
拓は不満そうに渡へ問いかける。
「え? ああ、俺は順調だよ?」
渡は答える。律はその言葉に若干の歯切れの悪さを感じた。
「島田君、吹奏楽部なんでしょ? 音楽をやっている人が、音楽に対していいとか悪いとか分けるのはあまり良くないんじゃない?」
勇希が指摘する。
「別に好き嫌いがあってもいいだろ。ま、せいぜいがんばればいいじゃん」
応援してるよ。と言って、渡は気まずそうにその場を去って行った。
「相変わらずだな、あいつ。てか、島田って律を追って吹奏楽部に入ったんだろ? その目当ての律がいなくなって部活、うまくいってるのか?」
拓は軽く首を傾げる。
「わからないけど、僕達には関係ないよ」
勇希は言う。拓は「まあ、そうだな」と笑う。
だが、律は疑問を抱いていた。
ひょっとして、島田渡は部活がうまくいっていないのでは?
先程拓が言ったとおり、渡は自分より格下だと思っている律を追って吹奏楽部に入部してきた。その律がいなくなったのなら、吹奏楽部にいる理由は失われている。そもそも渡は先輩受けはそこそこあるのだが、同級生だと話は違う。律は渡が部活の中でその他の同級生と関わっているところを見たことがない。唯一関わっていた同級生である律がいなくなった今、渡は孤立しているのでは?
しかし、律はそれ以上考えるのをやめた。どうせ、自業自得だと思ったからだ。
冷たいかもしれないが「自分より格下の相手がいるから」と律と部活を舐めて吹奏楽部へ入ったのがいけない。最初の計画通り素直に自分のやりたいテニス部へ入るべきだったのだ。そんな奴に同情なんてしなくていい。
今は、自身のやりたいことに集中しよう。そのためには今日の練習をがんばるんだ。と、改めて律はジャズに対する情熱を、一人で静かに燃やした。
放課後。
帰宅した律は支度をして美琴の車に乗り込む。
「今日、ジャズはダサいって言われた」
車の中で律は愚痴る。
「え? 誰に言われたの?」
運転しながら美琴は聞く。
律が「島田君」と答えると、美琴は呆れ口調で「あの子かぁ」と返す。
「小学校の時からそうよね。誰かを馬鹿にしてないと落ち着かないというか、変にプライドが高いというか。いい子じゃないわよね。気にしなくていいわよ、そんな奴の言うことなんて」
美琴がそう言うと、律は「僕もそう思ってる」と返した。
そんなこんなで、律を乗せた車は実の家に着いた。美琴と分かれた律は早速リビングで楽器を組み立て、実と共に防音室へ向かう。
そしてテーマとスケールを軽く復習してから、アドリブ練習を始めた。
今回、やる気に満ちた律はコツコツと練習に励んだ。何度も何度もトライして行くうちにコツを掴み、時計が午後五時を過ぎた頃には、簡単なフレーズでアドリブを組み立てることができるようになっていた。
「すごいぞ律! じゃあ、約束通り明後日の土曜日にココットへ連れて行こう」
満足そうな実に、律は嬉しそうに「ありがとう、爺ちゃん」と喜ぶ。
「そうだな。まだ時間があるから、今度は8分音符のリズムパターンでもっと複雑なアドリブができるように練習しよう」
そう言って実はリズムパターンを指示し、手元のトランペットを吹いて手本を示す。4分音符のリズムパターンでアドリブを組むより、何だかおしゃれな感じがすると律は思った。
「どうだ律、できそうか?」
実は聞く。
「やってみる」
律はこう宣言し、早速練習に取りかかる。
先程より細かい動きになったため、練習はかなり手間取った。スウィングのリズムが難しさに拍車をかける。しかし律は負けじと食らいつき、習得はできなかったものの、午後六時までみっちり練習した。
「よく頑張れたな、律。偉いぞ」
実は律を褒め称える。
「うん、コツはなんとなく掴みかけてるかも」
律の言葉に、実は「すごいな」と感心する。
「じゃあ、今日の練習はこれで終わりにしようか。あと、明後日は約束通りココットへ行こう」
この実の言葉を受けて、律は「うん!」と嬉しそうに頷く。こうしてこの日の練習は終え、律は美琴の運転する車に乗って自宅へ戻ることにした。
「課題、クリアできた?」
車を運転しつつ美琴は聞く。
「うん、明後日ココットに行ける事になった」
律は声を弾ませ、美琴に報告する。
「良かったじゃん。それに、練習楽しそうね」
美琴に指摘され、律は「そうかもしれない」と自らを振り返る。
「なんか、難しいんだけど、自分で音を組み立てるのは楽しいと思う。楽譜にかっちり縛られないのも気が楽なのかも」
これに美琴は「そう」と返す。
「もしかしたら、早々に部活抜けて良かったのかもしれないわね」
この美琴の感想に、律は「まだわからないけどね」と返した。
そして、来る土曜日。
律は実に連れられ、ココットにやってきた。
「お、律君じゃん! 久しぶり」
ココットの常連客や星影大学の学生に紛れて、大原忍の金髪青メッシュの髪が目立っていた。
「あ、忍君。久しぶり」
律はぎこちなくしつつも、人懐っこく笑う忍に挨拶する。
「律君、こっちで来て話しようよ。実さん、律君借りていい?」
忍は実に聞く。
「律がいいなら構わないよ。どうする? 律」
実は優しい口調で律に問う。
「じゃあ、僕、忍君のところいるね」
律は実にこう言うと、実は「ああ、わかった」と言ってカウンター席に向かった。そして律は忍のいるテーブル席に向かい、彼の前にある椅子に腰掛ける。
「律君最近どう? 元気にしてた?」
律が席について早々、忍が聞いてくる。
「ああ、最近ジャズの練習やってる。爺ちゃんに枯葉を教えて貰ってるんだ」
律はこう返す。
「律君ジャズ始めたんだ! 俺嬉しいよ!」
忍は喜ぶ。律は「まだ練習中だよ」と謙遜する。
「友達もすごいって言ってたけど、まだまだジャムセッションできるレベルじゃないから、もっと練習がんばらないと」
「学校に理解のある友達がいるの? いいなぁ、俺にはそういう友達いないから」
律の話を羨ましがる忍。
「忍君はそういう友達いなかったの?」
律が問うと忍は「いない」と答える。
「やっぱ、ジャズって敷居が高いイメージなのかなぁ。みんな俺がジャズやってるとか、ジャズが好きなんだっていうと、よそよそしい態度とるから、自然と学校で話さなくなった。だから学校はつまらない場所ってイメージが強いなぁ。でも、律君には人の趣味を褒めてくれる良い友人がいるんだね。本当に羨ましいな。その友人、大事にした方が良いよ」
お節介に聞こえるかもしれないけどね、と忍は話を収める。
「そっか。嫌なこと聞いちゃってごめん」
申し訳なさそうな律。
忍は特に態度を変えることなく「別に気にしてないよ」と笑う。
「それより、注文まだだよね? 長々と話してごめんね。注文決めて良いよ」
俺、待ってるから。と忍は言う。律は「ありがとう」と言ってからメニューを眺め、正志を呼びウーロン茶とミートソースパスタを注文する。
「お、今日はパスタなんだ」
忍は言う。
「うん、いろんなメニュー試そうと思って」
律の言葉に忍は「いいね、雪子ママの料理どれもおいしいから」と返す。
「ねぇ、忍君に聞きたいんだけど。枯葉以外で初心者におすすめの曲ってある?」
と、思いついたように律は聞く。忍は「えーっと、そうだなぁ」と思案しつつ、
「まずは『Bye Bye Brackbied(バイ・バイ・ブラックバード)』と『酒とバラの日々』かなぁ。酒とバラの日々は正式には『Deys Of Wine And Roses(デイズ・オブ・ワイン・アンド・ローズ)』っていう題名で、『酒バラ』って略すぐらいジャムセッションの定番として有名だよ。あとボサノヴァでいいなら『Blue Bossa(ブルー・ボッサ)』もオススメかなぁ」
「『ボサノヴァ』って?」
「ラテン系のリズムの一種だよ。スウィングはわかる?」
「うん」
「黒本に収録されている曲は大体がスウィングで演奏するけど、ボサノヴァやブルースの曲も収録されているんだ。多分その辺は実さんが追々説明してくれると思うよ」
忍の話に、律はこくこく頷きながら興味深く聞いている。
その間に、頼んでいた料理と飲み物が運ばれてきた。律は食事をしつつ、忍との会話に花を咲かせていた。
「お、律君と忍君じゃん」
そこへ田原博がやってくる。
「博さん、こんにちは。今日もバイトですか?」
律は聞く。
「いや、今日は違うよ。ジャムセッションの主催で来ているんだ」
博の返答に、律はハッとする。
「そうだ、博さん星影大学の学生さんですよね」
律の言葉に、博は「そうだよ」と返す。
「普段は星影大学の学生兼星影大学ジャズ研究会のメンバーをやってるよ。それにしても、忍君、律君と仲よさそうだね」
博がそう言うと、忍は「そうでしょ」と笑う。
「最近、律君ジャズ始めたんだって!」
忍は博に報告する。
「お、ついに始めたんだ。何を練習してるの?」
博は興味深そうな様子で律に聞く。
「えっと、まだ始めたばかりだけど、枯葉を練習してます」
律の返答に、博は「おお、いいね。わかりやすい曲だ」と肯定する。
「じゃあ、いつかは律君もジャムセッションするのかな? 楽しみだね。練習、がんばって。応援してるよ」
博に言われ、律は「はい」と返事をする。
「田原先輩! ちょっと聞きたいことあるんですけど、大丈夫ですか?」
と、星影大学の若い女子学生が博を呼ぶ。
「ああ、はーい。ちょっと待って。じゃあ、僕は準備あるから行くね」
そう言って、博は呼ばれた方向へ去って行った。いつの間にやら、ココットの店内は沢山の客で賑わっていた。
「もうすぐ始まるね」
忍は言う。律は「うん」と頷く。
しばらくして、星影大学の学生によるミニライブが始まった。律はできる限り黒本で譜面を追いながら、演奏を聴く。
ココットに来て三回目。律は大分ジャズの楽しみ方がわかるようになってきた。
テーマを聞いてアドリブを味わい、ドラムとの掛け合いの後再びテーマを聞く。律はそれが楽しいと感じた。
そういえば、スマホにジャズは一曲も入ってないな。と律は気付く。
律は普段スマートフォンでお気に入りの曲を聴いているのだが、その中にまだジャズは一曲もない。そもそもジャズはどの曲をどのアーティストから聞けばいいのかわからないのだ。
この辺りも爺ちゃんに聞かないとかな?
それとも、忍君なら教えてくれるだろうか?
そんなことを考えながら、律はライブを楽しんでいた。
星影大学の学生によるミニライブが終わると、今度はジャムセッションの時間だ。
「律君、ちょっと名簿に名前を書いてくるね」
そう言って忍は席を立ち、カウンター席の一角に置かれたバインダーの元へ向かう。バインダー付近にはある程度の人だかりができていて、そこには実の姿もあった。忍は自身の用事を済ませると、すぐに律の元へ戻ってきた。
「忍君、名簿って何?」
律は忍に疑問を投げる。
「参加者名簿のこと。この後のセッションに参加する人は、参加者名簿に自分の名前や自分が演奏する楽器を書いておく。ホストバンドの人はこれを見て参加者を把握してるんだ」
忍の説明に、律は「そうなんだ」と納得する。
「忍君は今日何の曲を演奏するの?」
律はさらに忍に聞く。
「うーん、わからない。一緒に演奏するホーンパートの人次第」
「え? 自分で決めてないの?」
忍の返答に律は素直に驚く。この反応を見て忍は説明を始める。
「セッションで演奏する楽曲はメロディを担当するホーンパート。つまり管楽器の人が基本的に決めてるよ。だからその他のパートの人はホーンパートの人の指示を聞いて、それに合わせて演奏するんだ」
「それって、ぶっつけ本番ってことだよね? 難しくないの?」
「そうだなぁ、それが普通だからあんまり難しいと思った事無いなぁ」
忍から説明を受け、律は「すごい」と呟く。
そうこうしている間に、ジャムセッションの時間になった。律はライブの時と同じように、できる限り黒本で譜面を追いながら見学する。その中で何回か忍がピアノを担当する回があったが、律はそれが自身で選んでいないこと、そしてぶっつけ本番で曲を告げられていることを知って、素直にすごいと感じていた。
こうしてジャムセッションが終わり、律は実が楽器を片付けるのを待っていた。
「律君、今のうちに連絡先交換しない?」
そんな律に忍が声をかける。
「あ、うん。いいよ」
これに応じて、律はスマートフォンをバックから取り出し、連絡先を交換する。
「ありがとう! いつでも連絡してね!」
忍はそう言うと律に「バイバイ!」といって、ココットを出て行った。
「忍君と仲良いみたいだな」
いつの間にか楽器を片付け終えていた実が、律に声をかける。
「うん、まだちょっと慣れないけど、忍君いい人だから話しやすい」
律はこう述べる。
「じゃあ律、そろそろ帰ろうか」
実に促され、律は頷き周りに軽く挨拶してからココットを後にした。
「爺ちゃん。今日改めて思ったんだけど、これから練習がんばってジャムセッションできるようになりたい。セッション見るのも楽しいけど、やっぱり参加してみたい」
実の家へ戻る道中、律は言う。
「そうか。じゃあまずは枯葉をマスターしないとな」
実の言葉に、律はこくりと頷く。
「爺ちゃんも忍君もそうだけどさ、ココットでジャムセッションしている人みんな格好いいなって思う。僕もあんな風に演奏できるかな」
律は実に聞く。
「ああ、できるよ。律は筋がいいから、すぐにできるだろう」
そう言って、実は笑った。
その後。実の家に着いた律は、迎えに来た美琴の車で自宅へ帰ることにした。
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