第4話

 二日後の火曜日、放課後。

 律は勇希と共に帰宅の準備をしていた。

「相川。ちょっとだけ話いいか?」

 と、そこへ担任の教師である有岡ありおか吉隆よしたかが律に声をかけてくる。

「あ、はい。勇希、悪いけど、今日は先に帰っていてくれないかな?」

 律は申し訳なさそうな様子で勇希に頼む。

「うん、大丈夫だよ。じゃあ、また明日ね」

 そう言って勇希は笑って手を振り、カバンを背負って教室を後にした。

「悪いな、わざわざ時間を取らせてしまって」

 謝る吉隆に、律は「大丈夫です」と返す。

「それで、どうしたんですか?」

 話を促す律。

「ああ、そうだ。相川、お前最近どうだ? 部活やめて大分経つだろう? やめたばかりの時は落ち込んでたから、少し心配でな」

 吉隆は聞く。

「大丈夫です。最近、爺ちゃんからジャズを勧めてもらって、今日から爺ちゃんの家でジャムセッションの練習を始めるんです」

 律の話にピンと来ていないのか、吉隆は「ジャムセッション?」と聞き返す。これに律は近況を交えつつ説明をする。

「そっか。要するに吹奏楽とは別の方向で楽器を続けられそうなんだな?」

 確認する吉隆。

 律は「はい」と返事をする。これに吉隆は「良かったじゃないか」と返した。

「そういうことなら、放課後に練習でうちの教室使うか? どの部活もうちの教室を使ってないみたいだから、多分大丈夫だと思うんだが」

 この吉隆の提案に対し、律は返答する。

「気持ちはありがたいんですけど、大丈夫です。爺ちゃんの家に防音室あるし、学校に楽器をおくところは音楽室ぐらいしかないから」

 これに吉隆は「そうか。それなら無理強いはしないよ」と返す。

「でもまあ、相川がやりたいことを見つけられて嬉しいよ。俺は応援することしかできないけど、無理しない範囲で楽器を続けて欲しい。じゃあ、わざわざ時間作ってくれてありがとな。俺からの用事は以上だ。また明日」

 そう言って吉隆は教室を去って行った。

 残された律はカバンを背負い、教室を後にした。


 放課後、今までなら部活をしていた時間。

 学校から帰宅した律は、美琴の車で実の家へ向かっていた。

「今日は何やるの?」

 車中、運転をしながら美琴が聞いてくる。律はそれに答える。

「『Autumn Leaves』って曲をやるみたい。日本では『枯葉』って呼ばれる曲なんだって。ジャズをやる上で基礎になる曲らしいよ」

「ふーん。どんな感じで練習するの?」

「わからない。爺ちゃんに聞いてみる」

「そう。楽しみね」

 律の話に、美琴は自然と笑顔を浮かべている。

「母さんはジャズに興味なかったの?」

 律は聞く。

「うーん、興味持たなかったわねぇ。お爺ちゃんが好きなのは知ってたけど、強く推してこなかったし、自分も音楽は人並みの興味しか無かったから。でも、今の律を見てるといいなとは思うわね。ジャズをやっていることに対してじゃなくて、何かに夢中になってることがいいなって思うの。私も何か始めてみようかな? って思うぐらいにはうらやましいわね」

 この美琴の返答に、律は「そっか、何かいいこと始められるといいね」と返す。

 そんな感じで、律と美琴は実の家に到着した。

「おお、律。よく来たな。待ってたぞ」

 インターホンを鳴らすと、すぐに玄関が開いて実が出迎える。

「お父さん。律、今日を楽しみにしてたみたいだから、しっかり教えてあげてね。じゃあ、私は家に戻ってもいい?」

 美琴に聞かれ、実は「構わないよ」と返す。

「夕方の六時までに練習を終わらせるんだよな。終わったら連絡するよ」

 実の言葉に、美琴は「わかった」と頷く。

「じゃあ、しっかり教わってきなさいよ。練習終わったら迎えに来るからね」

 美琴はそう言って車に乗り、去って行った。

 美琴の車を見送った後、実は律をリビングへ通す。

「じゃあ、律。練習を始める前にリビングへ行こう。スマホは持ってきたな?」

 実は問う。

「うん、持ってきたよ。練習で使うアプリを入れるんだっけ?」

 この律の返答に、実は「その通りだ」と返す。

「そのアプリは有料だからな、あらかじめその分のギフトカードを買っておいた。ほら、これでチャージしておけ」

 そう言って、実は律に五千円分のギフトカードを手渡す。

「いいの? 僕お小遣いあまり使わないから、五千円ぐらい自分で払えたよ?」

 ギフトカードを受け取りながら律は言う。

「そのお小遣いは貯めておきなさい。今後ココットとかで使うかもしれないだろう? その時のために取っておけ」

 実に言われ、律は大人しく「わかった」と頷き、貰ったギフトカードを使ってスマートフォンに五千円分チャージする。

「そうしたら『i Real Pro(アイ・リアル・プロ)』というアプリを検索して、それをインストールするんだ。スペルはこうだな。カタカナで打つよりこっちの方が出やすい」

 実はこう説明し、近くにあったメモとペンを使って『i Real Pro』と書きそれを渡す。律は言われた通りメモの内容でアプリケーションの検索をする。すると検索結果のトップ付近に検索した名前と同じアプリケーションを見つけた。♭マークが目印の青いアイコンだ。

「爺ちゃん、これのこと?」

 律は実にスマートフォンの画面を見せ、内容を確認して貰う。

「そうそう、それだ。それをインストールしてくれ。これが便利でね、ジャズやっているたいていの人は使っているアプリなんだ」

 実の指示に従い、律はそのアプリケーションをスマートフォンへ入れた。

「インストールできたか? じゃあ、最初の設定と使い方を教えよう」

 律が無事にアプリケーションをダウンロードできたのを確認すると、早速実は説明を始める。とは言っても最初に必要なファイルをダウンロードできれば、基本的な使い方はさほど難しくはない。数分程度の説明で律は理解できた。

「じゃあ、そろそろ練習しよう。爺ちゃんは防音室で待ってるから、楽器を用意して来なさい」

 実はそう言うと、先にリビングを出て行ってしまった。

 残された律は一人、持参したテナーサックスを組み立て、黒本とスマートフォンを持って実の家にある防音室へ向かう。

「おお、準備できたか。それじゃあ始めよう。ほら、これを使ってくれ」

 実は防音室にやってきた律を迎え、部屋の中にある譜面台に持ってきたものを乗せるよう促す。律は「うん、ありがとう」と言って譜面台に今日練習する曲のページを開いた黒本と、先程アプリケーションを入れて貰った自身のスマートフォンを乗せ、軽く音出しを始める。

「大体準備できたよ。何すればいい?」

 丁度良い感じに楽器を慣らしたタイミングで、律は実に聞く。

「よし、それならまずは枯葉のテーマを吹けるようにしよう」

「テーマ?」

「メロディーの事だな。ジャムセッションでは、このテーマの長さが指標になる。テーマ二回分の長さであれば2テーマ分と言った感じだな。ジャズはテーマの長さとコードに沿ってセッションが展開されている。だからまずはテーマをしっかり憶える事が重要だ」

 実の話を、律はふむふむといった感じで頷きながら聞いている。話はまだ続く。

「とりあえず、テンポを142に設定して一回吹いてみるか」

「142なの? 140じゃ駄目なの?」

「これはi Real Proの仕様なんだが、140以下だと演奏前のカウントが4拍しかなくてやりにくいんだ。140を一でも超えればカウントが8拍になるんだが、141はキリが悪い。だから最低速度でやりたい場合は142でやることが多いな」

 これを聞き、律は「そうなんだ。わかった、やってみる」と返事をして、先程入れたアプリケーションi Real Proを操作して、伴奏を流してメロディーを演奏してみた。

 メロディー自体はそんなに難しくない、と律は感じた。

 吹奏楽の譜面と比べて細かくないからだろう。何回か練習したのち、律は課題曲の『Autumn Leaves』こと枯葉のテーマをマスターできた。

「律は楽譜通り吹くなぁ。次はスウィングを取り入れ、崩して吹いてみようか」

 と、実は言う。

「え? 楽譜通りに吹かなくていいの?」

 律の素朴な疑問に、実は「むしろ楽譜通り吹いている事が少ないな」と答える。

「ジャズ特有のリズムにスウィングというものがあるんだが、大抵はそのリズムに乗って若干崩して演奏するぞ? 実際黒本の楽譜もそのまま吹くと単調な感じになっているからな」

「その『スウィング』っていうリズムって、普通のリズムとは違うの?」

 さらに疑問を投げる律に、実は答える。

「違うな。簡単に説明すると表拍が長めで裏拍が短めだ。まあ、これは一回見本を聞いた方がいいだろう。今からスウィングを取り入れてテーマを吹こう。一旦スマホを借りてもいいか?」

 これに律は「いいよ」と言うと。実は手に持っていたトランペットを吹く体勢を取り、片手で軽くスマートフォンを操作して伴奏を流す。

 聞いてて律は思った。確かに自分の演奏と違う。

 律自身振り返って、自分の演奏は固さがあると感じた。それに比べて実の演奏は心地の良い緩さがある。その演奏をよーく聞くと、先程実が解説した「スウィング」のリズムがあった。

「どうだ、律。わかったか?」

 演奏を終えた実は問う。律はこくこくと頷く。

「なんか、僕の演奏のより緩い感じで、格好いいと思った」

 素直な感想を述べる律に、実は「そうかそうか」と笑う。

「で、スウィングについてはわかったか?」

 さらに問いかける実に、律は「うん」と答える。

「ズン♪ タ♪ ズン♪ タ♪ ズン♪ タ♪ ズン♪ タ♪ って感じだよね?」

 律の話に、実は「大体合っている」と返す。

「正確には、ズー♪ ダッ♪ ズー♪ ダッ♪ と表拍は重く伸ばし、裏拍は鋭く強調させる感じだな。どうだ? やれそうか?」

 実に言われ、律は「やってみる」と返す。

 早速、律はチャレンジした。

 初めは慣れないリズムに苦戦していたが、回を重ねるごとに上達していき。数十分程度で実から与えられた課題をクリアできた。

「おお! すごいすごい! この調子ならば今日中にコードとスケールの練習もできそうだな」

 拍手で喜ぶ実。

「そうそう、コード進行なんだけどさ。この曲ってイ短調なんだよね?」

 律が聞く。

「そうだな。正確にはGマイナーだが、B♭の譜面だとAマイナーだ」

 実の答えを受け、律はさらに疑問を投げる。

「だとしたらコード進行がややこしい感じがするんだけど? 爺ちゃんは枯葉をジャムセッションをやる上で基礎となる曲って言ってたけど、それにしてはコードが複雑な気がする」

 これを聞きいた実は「なるほどな」と一人頷き、話を始める。

「じゃあ解説しよう。じつはこの枯葉という曲、平行調であるCメジャーとAマイナーが交互に使われている曲なんだ」

「CメジャーとAマイナーってハ長調とイ短調って事でいいんだよね?」

 確認する律に対し実は「そうだ」と言って、話を続ける。

「まず、一段目はCメジャーとAマイナー、どちらだと思う?」

「えっと、Cメジャー? G7がドミナントで、C△7がトニックだから」

「そうだ、その通り」

「でも、Dm7は? 普通サブドミナントって主音から数えて四番目のコードだから、F△7じゃないの?」

 律の疑問を受け、実は「そこも解説しよう」とさらに話を展開する。

「基礎としてのサブドミナントは主音から四番目、CメジャーならF△7だが、ポップスやジャズでは二番目のコードがサブドミナントとしてよく使われている。CメジャーだとDm7だな。このコード進行を『ツー・ファイブ・ワン』と呼ぶんだ」

「ツー・ファイブ・ワン。聞いたことある」

「そうだな。ツー・ファイブ・ワンはコードの動きにメリハリがつきやすいメリットがある。このツー・ファイブ・ワンに六番目のコードを加えた『1625(いちろくにーごー)』という進行もよく使われるな。いいか? ジャズではツー・ファイブ・ワン、もしくは1625が基本のコード進行だ。ジャムセッションではこの基本の型を元に、スケールを予想してアドリブを組み立てるんだ」

 実の解説を聞き、律は「そうなんだ」とこくこく頷きながら黒本に書き込む。

「じゃあ、話を戻そうか。一段目Cメジャースケールで吹けばいいことはわかったな? では、二段目はわかるか?」

「Aマイナーだよね。でも、その途中にあるF△7は何なの?」

「これはCメジャーのツー・ファイブ・ワンとAマイナーのツー・ファイブ・ワンを自然につなげる役割があってな。そもそもツー・ファイブ・ワンは完全五度の下降の連続になっている」

「そっか、完全五度の下降の連続って考えると、ドとシの間にはファが入るんだ」

 納得する律に、実は「理解が早い」と感心する。

 こうして実から解説を受けた律は、コード進行の練習を始めることにした。

「やり方は、4分音符でコードの構成音を一つずつ吹いて練習する。例外としてCセクションの三小節目と四小節目はAm7として扱う。まあ、実際手本を見せよう」

 そう言って、実は伴奏に合わせてトランペットを吹き、律に手本を示す。手本を示し終えた実は「じゃあ、やってみろ」と律を促す。

 律は実に従い、伴奏を流してコードを練習する。

 最初は戸惑ったが何回か練習していくうちになれていき。これも十数分程度でミスなく吹くことができるようになった。

「じゃあ今度はスケールだ。これは一小節ずつスウィングのリズムで8分音符で行う。各コードのルート音から、該当するスケールを上昇系で吹いていくんだ。これも手本を見せよう」

 そう言って、実は再び伴奏に合わせてトランペットを演奏し、律に手本を示す。実の手本の演奏を聴いて、律はできるかどうか少し不安になった。

「じゃあ、吹いてみようか」

 実は促す。律は若干の不安を抱きつつも実に従い練習を始めた。

 スケールの練習はやはり一筋縄ではいかなかった。まず主音ではない音からスケールを演奏するのが難しい。スウィングという慣れないリズムで行うと尚更だ。

 結局、律はスケール練習で苦戦し、練習終了の時間になってしまった。

「さて、今日はここまでにしようか。初めての練習だったが、どうだった?」

 実は聞く。

「やっぱり、スケールが難しい。本当にできるのかちょっと不安になってきた」

 律がこう返すと実は笑って「大丈夫」と励ます。

「やはり若い上、吹奏楽で基礎ができているから飲み込みが早い。まさかスケール練習までできるとは思ってなかった。だからそんなに落ち込む必要は無い」

 褒め称える実に、律は半信半疑らしく「そうかな?」と考え込む。

 実は「そうだ、かなり有望だ」とさらに褒める。

「まあ、まずは楽器を片付けようか」

 実は防音室の扉を開け、リビングに向かう。律もその後に続いた。そして律はリビングに置きっぱなしになっていた楽器ケースを開けて、実と共に楽器を片付ける。

「じゃあ、今から母さんを呼んでくる。今日は疲れただろう。帰ったらゆっくり休みなさい」

 実はそう言うと、自身のスマートフォンから美琴に電話をかける。

 不意に、律はまだ仏壇に線香をあげてない事に気付いた。

 それに前回来たときも線香を上げ忘れていた。どうやら自身が思っている以上にジャズに夢中になっているようだ。

 律は仏壇に向かい、線香を上げる。

「おお、いつもありがとうな」

 電話を終え、実は律に言う。

「この前来た時、線香忘れてたけどね」

 そんなことを言う律に実は「気にすることないさ」と言葉をかける。

「律が顔を見せてくれるだけでも、婆ちゃんは喜んでいるさ。これからたくさん来てくれなら尚更だろう。だからそんな細かいこと気にするな」

 これに律は「うん」と頷く。

 やがて美琴が到着し、律は実の家を後にした。

「どう? ジャズ、できそう?」

 自宅に戻る車中、美琴が律に問う。

「難しいかどうかはまだわからないけど、時間はかかるかもしれない」

 律は今日の練習を振り返る。

「どんなことでもある程度時間はかかるわよ、やる気はあるんでしょ?」

 美琴に聞かれ、律は「うん」と頷く。

 これを聞いて美琴は「じゃあ、大丈夫」と返す。

「しっかり練習すれば、できるようになるよ。明日も練習しに行くんでしょ? 明日しっかりできれば問題ないって」

 これを聞き、少し気が楽になった律は「うん、わかった」と頷いた。


 次の日。実の家に着いた律は、早速楽器を用意して枯葉の練習に取りかかる。

 テーマとコードを軽く復習し、昨日に引き続きスケールの練習をする。

 昨日からコツコツ練習しているからだろうか、少しずつ上達し三十分程度ですらすらできるようになった。

「おお、完璧だな。じゃあ、いよいよアドリブの練習に入ろう。まずは4分音符で組み立てる練習だ。二小節単位でタン・タン・タン・タン・タン・タン・タン♪というリズムで行い、音はさっきやったスケールから組む。まずは手本を見せようか。伴奏を鳴らしてくれ」

 実に言われ、律は頷きスマートフォンから枯葉の伴奏を鳴らす。

 そして実は伴奏に合わせて、先程自身が示したリズムを使いトランペットを吹いてアドリブを組む。多少ジャムセッションの時より物足りなさはあるが、それでも十分格好いいと律は思った。

「律、大体わかったか?」

 演奏を終えて、実は問う。

「うん、ちょっとやってみる」

 律の返答を聞いて、実は「よし、その調子だ」と満足そうに頷く。

 かくして、律は実の手本を受けてセッションの練習に取りかかった。

 しかし、思いのほか難航した。簡単そうに見えて案外難しい。まず、理屈はわかっているのだが思ったように音を繰り出せない、そのため自然な形にメロディがまとまらないのだ。何度も何度も練習し、一時間以上かけてなんとかやり遂げた。

「よし、今度は別パターンでやってみようか」

 実は容赦なく別のリズムパターンを指示する。これも律は頑張って食らいつく。だが、今回は完全にマスターできず終了時間の午後六時になってしまった。

「やっぱり、アドリブって難しいね」

 実と一緒に楽器を片付けつつ、律は素直な感想を述べる。

「いや、律はかなり筋がいいぞ。爺ちゃんはこんな短い間に習得はできなかった。だからそんなに落ち込む必要は無い」

 実の励ましに、律は納得してない様子で「そうかな」と返す。

「そうだ、目標を立てよう。4分音符でのアドリブ練習は今やっているのともう一つリズムパターンがある。それを明日のうちに終えられれば今週土曜にココットで行うジャムセッションに連れてってやろう。学生さん達が集まるから、話の合う人がいるかもしれないぞ?」

 落ち込んでる様子の律を見て、実は提案する。

「あれ? 今週は土曜にあるの? 確かココットでは金曜夜と日曜昼にジャムセッションあるって聞いてたけど」

 首を傾げる律に、実は説明する。

「第二土曜だけは別で、星影大学ジャズ研究会の学生さん達が主催で昼にジャムセッションを行っているんだ。この前会った忍君ほどではないが、比較的若い人が集まりやすいから行ってみる価値はあると思うぞ?」

 これに律は「行きたい」と返す。

「よし、じゃあ明日は4分音符のアドリブ練習を全部できるようにしよう。じゃあ、そろそろ母さんに連絡するな」

 そう言って、実はスマートフォンで電話をかけて、美琴を呼ぶ。

 しばらくして美琴が迎えにやってきた。

 律は実に礼を言って車に乗り込み、帰路についた。

「練習どう?」

 車を運転しながら、美琴は聞く。

「爺ちゃん曰く、筋はいいらしい。でもあまり実感が湧かない」

 律は素直に自分の気持ちを述べる。

「実際、筋がいいんだと思うわよ? そんなことで嘘をつく理由なんて無いし。それより、土曜日にまたジャムセッション見に行くの?」

 美琴に聞かれ、律は「練習で目標達成できたら」と答える。

「ちょっとできるか不安だけど、がんばってみようかなって思う」

 律の言葉に、美琴は「それでいいのよ」と満足そうに笑った。

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