第3話

 次の日。

 昼休みの学校にて、小学校からの馴染みの親友である高畑たかはたたくと、中学で知り合い友人となった井上いのうえ勇希ゆうきと共に律はだらだらと話をしていた。

 話題は拓の陸上部での活躍について。

 元々運動好きで足が速かった拓は迷わず陸上部に入った。そこで彼は努力の末結果を残し、一年生ながら強化選手に選ばれたのだ。

「拓君頑張ってるんだね。すごいなぁ、僕運動苦手だし、部活も入ってないから」

 と、勇希が言う。

「いや、勇希はその分勉強頑張ってるだろ? この前の中間テスト五位だったし。図書館の司書さん目指して頑張ってるんだろ?」

 この拓の問いかけに、勇希は「うん」と頷く。

「ずっと司書さんにあこがれてるから、絶対に夢を叶えるんだ。そのためには今のうちにしっかり勉強をしておかないと」

 そう言って勇希は笑う。将来のことを考え、努力を重ねる勇希。そして部活でしっかり結果を残している拓。律にはその二人がとても輝いて見えたし、だからこそ自分がよりちっぽけに感じた。

「そういえば、どんな種目で選ばれたの?」

 律は居心地の悪さをごまかすために話を促す。

「とりあえず短距離のトラック種目は全て選ばれてる。ついでに中距離の八百メートルとハードル走もやる予定」

 拓の話に、律は「そうなんだ」と返すことしかできなかった。

「律君どうしたの? 元気なさそうだけど」

 勇希が指摘する。

 これに律は「なんでもないよ」と言おうとしたが、別の声に遮られる。

「最近相川君部活やめたんだよ」

 声の方向を見ると、いつの間にやら一人の男子生徒が律達の会話の輪に入っていた。彼は島田しまだわたる。律達とはクラスメートであり吹奏楽部員でもある。担当楽器はアルトサクソフォンだ。渡とは小学校からの付き合いだが、律は彼のことを苦手に思っていた。律の性格が引っ込み思案なのをいいことに、彼は気を良くしてつきまとい、律の事を見下して自信過剰に振る舞っていた。

 渡の話はまだ続く。

「やっぱり部活がキツかったみたいだからね。まあ、俺はなんとか続けてるけど。楽器とか今後どうするの?」

「おい! いい加減にしろよ!」

 あっち行け! と拓が噛みつくが、渡の口は止まらない。

「折角楽器買って貰ったのに無駄になっちゃうね。もうすぐ夏のコンクールなのに残念だよ。もっと頑張ることはできなかったの?」

「さっきからうるせえよ。少し黙ることはできないのか」

 と、近くの席にいた男子生徒が静かに、そして怒りを込めて言う。彼は牧野まきの圭介けいすけ。俗に言う不良と呼ばれる生徒だ。圭介は鋭い目つきで渡を睨みつけている。

「まあ、俺は今後も部活続けるから。相川君はのんびり帰宅部で過ごしなよ」

 渡は負け惜しみを言ってから、すごすごと律達の輪から離れていった。

「牧野君、僕達も静かにした方がいいかな?」

 恐る恐る勇希が聞く。

「いや別にいい。島田のことがうるせえと思っただけだから」

 悪かったな、と言って圭介は机に伏せて昼寝を始める。どうやら昼寝の最中に渡の声が気になって注意したらしい。

「そっか、律、部活のことでずっと悩んでたもんな。ごめん、気が利かなくて。俺の話聞くの辛かったよな」

 落ち込み反省する拓に、律は「そんなことないよ」と返す。

「拓が陸上部で頑張っているのを聞いて僕も嬉しいと思うし、何より元気出るよ」

 この律の言葉に、拓は「そう? それならいいけど」と、少し安心する。

 律はさらに自分のことは心配ないと話を展開しようと思ったが、無情にもチャイムが鳴り昼休みが終わってしまった。

 そして五時間目、六時間目の授業が終わり、律は勇希と共に駐輪場へ向かった。

「今日の島田君の話、気にしなくてもいいよ」

 開口一番、勇希が言う。

「むしろ今回の島田君は失礼だと思う。人によって部活に入るかどうかは自由なんだし、やめるのも自由なんだから」

 どうやら今回の渡の件で勇希は腹を立てているらしい。

 言葉の裏に静かな怒りを感じる。

「うん、ありがとう」

 律が礼を言うと、勇希は「別に感謝されるようなことはしてないよ」と返す。

 そして駐輪場で勇希と別れ、律は帰路についた。

 拓と勇希にココットの話をするべきだったか?

 律は自転車のペダルを漕ぎながら考える。

 自身がジャズをやろうとしてる事を話せば、二人も安心しただろうか?

 しかし、律はすぐに考えるのをやめた。

 まだ自分はジャズをやってないのだ。やるかどうかもまだ不確定である。そんな状態で話しても自慢にしか聞こえない。だったら話さなくても良いのではないか?

 律はそう結論づけて帰宅した。


 翌日の学校帰り。

 律は美琴から荷物が届いていると言われた。

 部屋の前に置かれた荷物を確認する。

 実からだ。A4サイズの封筒形式で、結構厚みがある。

 律は荷物を部屋に持ち込み、封を開けて中身を確認する。

 中には二冊の書籍が入っていた。一つは通称「黒本」こと『ジャズ・スタンダード・バイブル』のB♭版である。もう一冊はコード進行の入門書だ。コード進行の入門書には何やら紙切れが挟んであり、手書きでこう書いてあった。

『コード進行は何かしら音に出してやるとわかりやすい。何でもいいのでコードを出せるものを用意するべし 実』

「母さん、鍵盤ハーモニカある?」

 律はリビングにやってきて美琴へ尋ねる。

「え? 多分押し入れにあると思うけど。何に使うの?」

 美琴は首を傾げる。

「なんか爺ちゃんが手紙つけてて、コード進行は実際に音を鳴らしながら勉強するといいって書いてあったから、使いたいと思って」

 律の話に美琴は「そうなの」と納得する。

「わかった、ちょっと探してみるわね。無かったらどうする?」

 美琴は聞く。

「お小遣いあんま使ってないから、そのお金で鍵盤ハーモニカ買うよ」

 律がこう答えたのを受け、美琴は「了解、じゃあ探してくるわね」と言ってリビングを出て行った。

 そして十数分後、美琴は鍵盤ハーモニカの青いケースを持って戻ってきた。

「あったわよ。一旦音出るか試す?」

 美琴に聞かれ律が「うん」と頷く。

 美琴はリビングにあるテーブルにケースを乗せる。

 律はテーブルに置かれたケースを開ける。

 中には青い鍵盤ハーモニカが入っている。付属のチューブをつけて吹いてみる。一通り全ての鍵盤を試したが、特に問題はなさそうだ。

「ありがとう。これ、持って行くね」

 律は美琴に礼を言って、鍵盤ハーモニカを持って自分の部屋に戻った。

 部屋に戻ってすぐに律は鍵盤ハーモニカをケースから取り出し、コード進行の入門書の最初のページを開く。

 そして実の言う通り、鍵盤ハーモニカで音を確かめながら学んでいく。確かに音を出しながら学ぶとわかりやすいし、内容もするする入っていく。

「律、ジャズの勉強もいいけど、学校の勉強もちゃんとやりなさいよ」

 と、扉越しに美琴が声をかける。

 ふと、律は時計を見る。

 コード進行の勉強を始めてから二時間ぐらい経っていた。入門書のページもいくらか進んでいる。どうやら知らず知らずのうちに夢中になっていたらしい。

「わかった、そろそろ終わらせる」

 律は返事をして、その辺に転がっていた紙切れを栞代わりにし、入門書で開いていたページに挟んで閉じる。今日は一旦コード進行の勉強をやめることにした。

 

 そして日曜日。

 実から「ココットに行こう」と誘われ、律は実の家へやってきていた。

「爺ちゃん。大体コード進行の勉強終わったよ」

 と、律は報告する。

 あれから律はコード進行を学ぶのが楽しくなり、気がつけば一週間経たないうちに内容を大体把握できてしまったのだ。

「おお! 流石だなぁ律! それじゃあ今回のジャムセッションはより楽しめると思うぞ。じゃあ、早速行こうか」

 喜びつつ実は言う。

 これに律は「うん」と頷き、実と一緒にココットへ向かった。

「おお、律君。また来てくれたのか」

 ココットに着くと、正志がカウンター越しに律を歓迎する。

「こんにちは、実さん、律君。すぐにお冷やを用意しますね」 

 その場にいた博も律と実を迎えた後、水を用意すべくグラスを二個用意し、冷蔵庫からピッチャーを出してグラスの中に水を入れる。

「あれから一週間経つけど、律君どう? ジャズに興味出たのかな?」

 実と律に水を渡しつつ博は聞く。律は「はい」と肯定する

「博君。最近律はコード進行を学んでるんだよ」

 実は自慢するようにこう言う。

 これに対し正志が「いいことじゃないか」と感心する。

「博君もだけど、若い子がジャズに興味を持つのはいいことだね。こうやってこの店でジャズが盛り上がると嬉しいよ」

 そう言って腕を組み喜ぶ正志。博も「そうですね」と同意する。

「そうだ、博君注文いいかな? アイスカフェオレとボロネーゼお願い」

 実は博に注文する。

「ああ、はい。アイスカフェオレと、ボロネーゼでいいですか?」

 急な注文に慌ててメモを取る。これに実は「合っているよ」と笑いかける。

「わかりました。律君は何か注文ある?」

 実の注文をメモし、博は律に聞く。

「あ、はい。えっと、ウーロン茶と、チーズカレードックってありましたよね?」

 おずおずと聞く律に、博は「あるよ」と返す。

「じゃあ、ウーロン茶とチーズカレードックでいいかな?」

 博の問いかけに、律は「はい」と頷く。

「了解、じゃあ今からママに伝えてきますね」

 博はメモを取り終えると、カウンター奥の扉の中に入っていった。どうやら雪子は扉の奥のキッチンで料理に専念してるらしい。その証拠に、店内にはそこそこの人数の客がいる。一吹をはじめホストバンドのメンバーも揃っている。

「マスター、こんにちは」

 と、そこへ一人の少年が入ってきた。

 高校生ぐらいの年齢で、金髪に青いメッシュの入れている。

「お、しのぶ君。いらっしゃい」

 正志はごく自然に少年のことを迎える。少年は慣れた態度でカウンター席に着き、傍らに大きめのリュックを置く。

「こんにちは忍君。先週は来なかったけど、どうしたの?」

 実は少年のことを知っているらしく、親しげに話しかける。

「先週の日曜は爺ちゃんの一周忌だったから、それで来れなかったんだよ」

 少年の言葉に正志が「もう一年経つのか」と目を丸くする。

きよしさんは突然亡くなったからな。今でも信じられないよ。こうして今も忍君がこの店に通い続けてくれてるのを、清さんは天国で喜んでるんじゃないかな?」

 正志の言葉に少年は「爺ちゃんこの店好きだったしね」と頷く。

「あれ? 実さん、その隣にいる子って誰?」

 と、少年は律の事に気づき、実に尋ねる。

「ああ、この子は孫の律だ。現在中学一年生で、テナーサックスをやっているんだ」

 実は律のことを紹介する。

「律君かぁ、俺は大原おおはらしのぶ。よろしくね」

 少年、忍は人懐っこい笑顔で自己紹介する。律は少し困惑しつつも「よろしくお願いします」と挨拶をする。

「こんにちは、忍君。お冷や持ってきたよ」

 いつの間にやら博がお冷やを用意しており、それを忍のいる場所に置いた。

「ありがとう、博さん。あと、注文いいかな?」

 忍の言葉に博は「はーい、何を注文する?」と言ってメモを取り出す。

「コーラとカレーお願いしたいな」

 忍がそう注文すると、博はメモを取り「わかった、ママに伝えてくるね」と言って、再びカウンター奥の扉の中に入っていった。

「ねぇねぇ、律君はジャムセッションやるの?」

 忍は親しげに律に聞く。

「え? えっと、まだコード進行の勉強中だから、本格的にはやれてない、です」

 忍のフレンドリーさにおどおどしつつ、律はこう答える。

「先週、律をここに連れてきて教えたんだ。最近吹奏楽部を辞めてしまって落ち込んでいたからな。吹奏楽じゃなくても楽器ができる場所があるって教えたかったんだ」

 実が補足する。

「そっか、元吹奏楽部員だったんだ。吹奏楽とかクラシック系の楽譜って細かいし、楽譜通りにやらないとだから大変だよね。俺も苦手だな」

 忍はそう言って笑う。

「あの、忍さんは何の楽器やるんですか?」

 律は聞く。

 これに対し「忍君でいいし、ため口でいいよ?」と前置きしてから、忍は答える。

「俺はピアノやってる。元々は爺ちゃんに連れられて来てて、それがきっかけでジャズが好きになったんだ。ピアノは小四まで教室で習ってたけど、今は独学だよ」

 これに律は「そっか」と返す。

 そこへ、カウンター奥の扉から雪子が注文の料理を持って出てくる。

「あらあら、良く来たねぇ律君。はい、注文のウーロン茶とチーズカレードックね。実さんもカフェオレとボロネーゼ用意できたよ。あと、忍君のコーラとカレーも置いておくね」

 一通り料理を用意し終えた雪子は「ゆっくりしてね」と言って扉の中へ戻っていく。どうやら忙しいらしい。いつの間にやら客も増えている。

「忍君って今年いくつになるんだ?」

 正志が忍に尋ねる。

「今年で十七だね。高校も順調に単位取れて二年生になったよ」

 忍はカレーを食べながら答える。

「その頭で大丈夫なのか? 結構目立つだろ」

 今度は実がボロネーゼスパゲティを食べつつ、若干からかうように聞く。これに忍は「定時制だからその辺り緩いんだよ」と笑って返す。

 律も目の前にあるチーズカレードックを手に持ちかぶりつく。

 前回同様、今回頼んだ料理もおいしかった。

 パリパリに焼かれた太めのソーセージはジューシーだし、上に乗っているキーマカレーのスパイシーさが良く合っており、それをチーズが味を丸く整えている。挟んでいるパンももっちりしていてとてもおいしい。

「マスター、そろそろライブ始めていいかな?」

 と、カウンターの所に一吹がやってくる。

「了解、構わないよ」

 正志のこの言葉を受けて、一吹は「わかりました」と返し、他のホストバンドメンバーとステージに上がる。

 こうして、ジャムセッション前のミニライブが始まった。

 実も忍も無言で食べながら聞いていたので、律もそれにならい静かにチーズカレードックを食べながら演奏を聴いていた。

 そしてチーズカレードックを食べ終えた律は、先週実から貰った黒本を開き、それを見ながら残りの曲を聴いた。

 コード進行を勉強したからだろうか。前回より曲の内容ををよく理解して聞ける気がすると、律は思った。演奏者がどのように楽譜を見て、どのようなスケールを選んでアドリブを組み立てているのか、それがわかるだけでグッとその曲に引き込まれるような気がしたのだ。

 やがてホストバンドによるミニライブは終わる。

 そしてジャムセッションの準備が始まる。

「律、今日爺ちゃんがジャズを始める上での課題曲を演奏してやろう。曲名は『Autumn Leaves(オータム・リーブス)』通称『枯葉』と呼ばれる曲だ。よく聞いておくんだぞ」

 実は言う。律は「わかった」と頷く。

 そして、ジャムセッションの時間。今回実は二番目に呼ばれた。忍も一緒だ。実が軽く指示を出してから、演奏が始まる。

 Autumn Leavesはもの悲しく、まさに枯葉のような雰囲気のある曲だった。実のトランペットの音色がより寂しさを引き立てる。

 忍のピアノも見事だった。曲のイメージを損なわないように、そして曲が持つ風景を描くようにピアノで音を紡いでいた。アドリブでは曲が持つ悲しみを存分に引き出すようにメロディを奏でていて、高校生だとは思えないほど大人びていた。

 やがて演奏が終わる。

「律君、どうだった? 俺のピアノ」

 終わって早々、忍が聞いてくる。

「うん、すごく大人っぽかった」

 率直な感想を述べる律。

 忍は「ありがとう、嬉しい」と歳相応の笑顔を浮かべる。

「律、どうだ。今度から枯葉からジャズを教えていこうと思うが、やれそうか?」

 実は問う。律は手元で該当のページを開いたままの黒本に目を向ける。メロディ自体は難しくなさそうだ。問題はコード進行。なんとなく当てはあるが、自分にできるだろうか?

「自信は無いけど、やってみる。防音室はどのくらい使っていいの?」

 今度は律が聞く。

「え? いつでも使っていいし、いつでも教えるぞ? そこは律に任せる」

 実に言われ、律はうーんと軽く考えた後「母さんと相談する」と返した。

 そしてジャムセッションは何曲か行われた後終了し、律は帰る準備をしていた。

「律君、枯葉からスタートするの?」

 実がトランペットを片付ける間、待っている律へ忍が話しかける。

「そうみたい。枯葉って難易度が低い曲なの?」

 律の素朴な疑問に忍は「うーん」と考えてからその疑問に答える。

「難易度が低いと言うより、アドリブをする上での基礎的な曲って感じだね。コード進行がわかりやすいから、ジャズをやるならまず枯葉から教える人は多いと思う」

 この話に律は「そうなんだ」と返す。

「まあ、最初は慣れないと思うけど、慣れれば楽しいよ。俺もいつか律君とジャムセッションしたいな。応援してるよ」

 忍の言葉に対し、律は「うん」と頷いた。

「律、忍君。話は終わったか?」

 トランペットを片付け終え、帰りの支度が整った実が聞く。

「ああ、実さん。俺の方は終わったよ。律君はどう? 他に聞きたいことはある?」

 忍は律に問いかける。

「ううん、特にない。ありがとう、忍君」

 律がこう言うと、忍は「こちらこそありがとう。また話しようね」と笑顔で返した。こうして、律は忍達に別れを告げて、実と共にココットを後にした。

「いやぁ、律がジャズをやってくれて本当に嬉しいよ」

 道中、実は感慨深く感想を述べる。

「母さんや叔父さん達は興味持たなかったの?」

 律に聞かれ、実は渋い顔をしながら「持たなかったなぁ」と答える。

「他の孫も楽器やりそうじゃないしな。まあ、無理強いしなかったのもあるが、ジャズと言う趣味はとっつきにくいモノなのかもしれないな。一度ハマれば楽しいモノなんだがねぇ」

 苦笑する実に律は「そうかもしれないね」と頷いた。

 そして一旦実の家に戻った律は、その後迎えに来た美琴の車で帰ることとなった。

「母さん。今度から爺ちゃんの家でジャズの練習がしたいんだけど」

 美琴が運転する車内にて、律は話を切り出す。

「わかった。そういうと思ったわよ。で、いつからやるの?」

 美琴の質問に、律は「決めてない」と返す。

「爺ちゃんはいつでもいいって言ってた。でも流石に毎日は駄目でしょ?」

「そうね。学校の勉強もやって欲しいし」

「だからその辺り決めたいと思って。週何日までならいい?」

 律が聞くと美琴は「そうねぇ」と考える。

「大体週一回でそのココットっていう店に通うんでしょ? だったらそれを抜いて、週三回までだったらいいかな。火・水・木の放課後でやってみたらどう?」

 美琴の提案を受け、律は「それがいいかもしれない」と返す。

「で、何時までやっていい? 夕飯までには帰った方がいいよね?」

「そうね。大体午後六時までには練習を終えて欲しいわね。次の日学校あるし」

 と、美琴は言う。

「じゃあ、火・水・木で放課後から午後六時まで爺ちゃんの家で練習したい」

 大丈夫? と、律が聞く。これに美琴は「大丈夫」と返す。

「むしろ、律がやりたいこと見つけてくれて嬉しいわ。当然学校の勉強も大事だけど、律のやる気があるならそれも応援したい。だから送り迎えとかは任せて頂戴」

 この心強い言葉に、律は「ありがとう」と心から礼を言った。

 その後、自宅に戻った律は自身のスマートフォンから実に連絡する。

「もしもし爺ちゃん。ジャズの練習の件なんだけど、母さんと相談して毎週火・水・木の放課後から六時まででOKが出たよ」

 律が報告すると、実は「おお! そうか」と嬉しそうな声をあげる。

「それじゃあ、明後日からジャズの練習すると言うことでOKか?」

「うん、それで大丈夫」

 確認する実に、律は返事をする。

「了解。あ、そうだ律。練習する際は毎回必ずスマホを持ってきてくれ」

 実は言う。

「え? いや、母さんに帰りの連絡しなきゃだから言われなくても持ってくるけど。練習にスマホ使うの?」

 疑問を投げる律に、実は「使う」と答える。

「練習によく使われているアプリがあるから、それを明後日入れてやろう。じゃあ、今日はいろいろとありがとな。また明後日よろしく」

 そう言って、実からの電話は切れた。

 律は改めて、自分がジャズを始めることを実感し、噛みしめていた。

 もちろん不安はある。しかし自分もジャムセッションができるようになるかもしれないと思うと、わくわくとした期待感もあった。

「律、ご飯できたわよ」

 と、美琴が律を呼ぶ。

 律は「はーい」と返事を返して、リビングへ向かい夕食を取ることにした。

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