第9話 ゼロの影
大会二回戦。巨大モニターに映し出された対戦カードを見て、会場がざわついた。
『第三試合 ゼロ VS チーム・サンダー』
「ゼロって誰だ?」
「チーム名じゃなくて個人名?」
翔太も首を傾げながら観客席に座った。
「変な名前だな。ゼロって」
「厨二病かもしれん」
レックスの冷静なツッコミに、翔太が噴き出した。
しかし――
フィールドに現れた少年を見て、笑いが凍りついた。
黒いフードを被り、顔の半分を隠している。見えている左目は、血のように赤い。
「うわ、マジで厨二病だ」
「翔太、声が大きい」
でも、相棒のギアが現れた瞬間、会場の空気が一変した。
漆黒の大蛇。全長5メートルはあろうかという巨体。赤く光る目が、獲物を探すようにギラギラと動いている。
「ダーク・オロチ……潰せ」
ゼロが小さくつぶやいた瞬間――
ドゴォォォン!
オロチが尾を振るっただけで、相手のギアが場外まで吹っ飛んだ。
「は?」
翔太が目を疑った。まだ試合開始から3秒だ。
「勝者、ゼロ!」
審判も驚きを隠せない様子で勝利を告げた。
「つ、強すぎる……」
レイナが青ざめている。
「あれ、反則やろ」
ショウも信じられない顔だ。
ゼロは無表情のまま、フィールドを去ろうとした。
その時――
「グギャアアア! もっとだ! もっと壊させろ!」
ダーク・オロチが狂ったように叫び、既に戦闘不能の相手ギアに追撃しようとした。
「やめろ、オロチ」
ゼロの冷たい声で、オロチは不満そうに動きを止めた。
「チッ……つまんねぇ」
舌打ちしながら、オロチもフィールドを去る。
翔太は、何か違和感を覚えた。
最強のコンビのはずなのに、なんだか……噛み合ってない?
試合後、翔太はトイレに行こうと会場の裏手を歩いていた。
「あれ? こっちだっけ?」
方向音痴を発揮して迷っていると、レックスが呆れた。
「まったく……あっちだ」
「サンキュー」
角を曲がった時、小さな中庭が見えた。
そこに、人影があった。
ゼロだった。
ベンチに座り、膝を抱えて――
「ぐすっ……ひっく……」
泣いていた。
「は?」
翔太は目を疑った。さっきまで冷酷に相手を倒していた最強の使い手が、一人で泣いている。
フードも脱いでいて、顔がはっきり見えた。意外にも、普通の中学生くらいの少年だった。
「うわああああん! もうやだよぉ……」
号泣している。鼻水まで垂らしている。
「ど、どうしよう」
翔太が戸惑っていると、ダーク・オロチが近くの木に巻き付いていた。
「おい、ゼロ。いつまで泣いてんだ」
「だ、だって……また友達できなかった……」
「当たり前だろ。あんな戦い方してりゃ」
「でも強くならなきゃ……認めてもらえないって……」
「バーカ。逆だっつーの」
オロチの言葉は辛辣だが、どこか優しさも感じられた。
翔太は、いたたまれなくなって飛び出した。
「おい!」
ゼロがビクッと顔を上げた。慌ててフードを被り直す。
「だ、誰だ! 見たな! 消すぞ!」
「消すって……さっきまで泣いてたくせに」
「泣いてない! 目にゴミが入っただけだ!」
「鼻水垂れてるぞ」
「こ、これは……花粉症だ!」
「7月に花粉症?」
ゼロが言葉に詰まった。
「と、とにかく! 見なかったことにしろ! じゃないと……」
「じゃないと?」
「お、オロチが……その……」
チラッとオロチを見るが、オロチは欠伸をしていた。
「別に〜。めんどくさいし」
「オロチ!?」
ゼロが裏切られたような顔をした。
翔太は、なんだかおかしくなってきた。
「なんだよ、意外と普通じゃん」
「普通じゃない! 俺は闇の使い手! 最強の――」
「友達いないんだろ?」
グサッ。
ゼロが石化した。
「な、なんで分かった」
「さっき自分で言ってただろ」
「あ」
ゼロの顔が真っ赤になった。フードで隠そうとするが、耳まで赤い。
「い、いいだろ別に! 友達なんていらない! 俺には力が――」
「じゃあなんで泣いてたんだよ」
「だから目にゴミが――」
「友達欲しいんだろ?」
ゼロが黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、小さく頷いた。
「……昔はいたんだ。友達」
ゼロが膝を抱えたまま話し始めた。
「でも、ギアを手に入れて強くなったら、みんな離れていった。『怖い』って」
翔太は黙って聞いていた。
「だから、もっと強くなれば、きっと認めてもらえるって思って……でも」
「逆効果だったと」
「……うん」
素直に認めるゼロが、なんだか可愛く見えた。
「なあ」
翔太が言った。
「俺、天城翔太。友達になろうぜ」
ゼロが目を丸くした。
「は? なんで?」
「なんでって……友達に理由いる?」
「い、いるだろ! 普通は!」
「じゃあ、お前が面白そうだから」
「面白そう!?」
ゼロが立ち上がった。
「俺は闇の使い手だぞ! 恐ろしい力を持つ――」
「でも泣き虫じゃん」
「うっ」
「しかも厨二病」
「ちゅ、厨二病じゃない! これはダークな雰囲気を演出するための――」
「厨二病じゃん」
レックスまで追い打ちをかけた。
オロチが笑い始めた。
「ギャハハ! こいつら面白ぇ!」
「オロチまで!?」
ゼロが betrayed(裏切られた)顔をした。
翔太は手を差し出した。
「で、どうする? 友達」
ゼロはその手を見つめた。信じられない、という顔で。
そして――
「……黒崎レン」
小さな声で本名を名乗り、おずおずと手を握った。
「ゼロは……ギア名」
「レンか! いい名前じゃん!」
「そ、そうか?」
レンの頬が、また赤くなった。
「なあレン、G-COREって知ってる?」
翔太が歩きながら聞いた。中庭から会場に戻る道すがら。
「知ってる……君たちのチームだろ」
「今度、一緒に遊ばない?」
「え?」
「みんないい奴だから。きっとレンとも友達になれる」
レンは俯いた。
「でも、俺……こんな性格だし」
「厨二病?」
「違う!」
「じゃあ何が問題なんだよ」
「その……暗いし……」
「サクラの方が問題あるぞ。必殺技マニアだし」
「必殺技マニア?」
「ショウは大阪弁だし、レイナは完璧主義だし、タケルは無口だし」
「……みんな個性的なんだな」
「だろ? レンも個性の一つだよ」
レンが顔を上げた。その目に、初めて希望の光が宿っていた。
「本当に……いいのか?」
「おう!」
その時、会場からアナウンスが流れた。
『次の試合、G-CORE代表・天城翔太選手は第3フィールドへ』
「やべ! オレの試合だ!」
翔太が走り出す。
「じゃあな、レン! また今度!」
「あ、ちょっと……」
レンが呼び止めようとしたが、翔太はもう行ってしまった。
オロチがニヤリと笑った。
「良かったじゃねぇか」
「う、うるさい」
でも、レンの口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
翔太の試合を、レンは観客席から見ていた。
「ブレイズ・アタック!」
「待て、作戦通りに!」
「細けぇことはいいんだよ!」
騒がしいコンビだった。でも、息はピッタリ合っている。
ケンカしながらも、お互いを信頼している。
それが、レンには眩しく見えた。
「いいな……」
小さくつぶやく。
オロチが聞いた。
「羨ましいか?」
「……別に」
「素直じゃねぇな」
「お前に言われたくない」
でも、レンはずっと翔太たちの試合を見つめていた。
いつか、自分もあんな風に――
心の奥で、小さな願いが生まれていた。
次回、G-CORE全員で遊園地へ! まさかのゼロ……もといレンも参加!? ギアたちの珍騒動に乞うご期待!
「次回、『みんなで遊園地!』 レン、ジェットコースターで号泣!?」
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