第7話 ケンカした日



 大会初戦当日、午前五時半。


「ブレイズ・アタック! ドガーン! 敵は粉々だ!」


 翔太が布団の中で必殺技の練習をしていた。


「うるさい。まだ暗いぞ」


 レックスが枕に顔を埋めたまま文句を言う。


「だって初戦だぜ! 作戦確認しようぜ!」


「作戦なら昨日決めただろう。相手の防御を崩してから攻撃」


「違う! 最初から全力アタックだ!」


「却下。データ分析によると――」


「データとか関係ねぇ! 気合いだ!」


「脳筋理論はやめろ」


 二人の声が大きくなってきた時、下から母親の怒鳴り声が響いた。


「うるさい! まだ五時半よ!」


「「ごめんなさい」」


 


 会場に到着すると、G-COREのメンバーが集まっていた。


「おはよう、翔太。準備はバッチリ?」


 レイナが聞いてくる。


「おう! 今日は絶対勝つ!」


「データ的には五分五分だがな」


 レックスの冷静な分析に、翔太がムッとした。


「なんだよ、弱気か?」


「現実的なだけだ」


 険悪な雰囲気を察して、ヴァルキリーがおろおろし始めた。


「あらあら、ケンカはダメよ〜」


 


 いよいよ試合開始。相手は隣町の「ガード・シェル」ペア。亀型のギアで、防御力が売りだ。


 ARフィールドに立った翔太は、興奮で体が震えていた。


「行くぜレックス! 開幕ブレイズ・アタック!」


「待て! まずは様子を――」


「うるせぇ! 行けぇぇぇ!」


 レックスは渋々前に出た。炎を纏った爪が、ガード・シェルの甲羅に激突する。


 ガキィィン!


 硬い音と共に、レックスが弾き飛ばされた。


「いってぇ!」


「だから言っただろう! 防御は固い!」


「じゃあ、もっと強く! ブレイズ・ボンバー!」


「そんな技ないだろ!」


「今作った!」


「アホか!」


 グダグダな攻撃が続く。観客席からも困惑の声が上がり始めた。


「なんか、息合ってなくない?」


「前はもっと上手かったような……」


 その隙を、相手は見逃さなかった。


「シェル・ローリング!」


 高速回転しながら突進してくるガード・シェル。


「右だ! 右に避けろ!」


「左の方が効率的だ!」


「右!」


「左!」


 結果、レックスは中途半端に動いて、モロに攻撃を受けた。


 ドゴォォン!


「ぐはっ!」


 レックスが吹っ飛び、フィールドの端まで転がった。


「レックス!」


「……君のせいだ」


 立ち上がったレックスの目が、怒りで燃えていた。


「は!? お前が勝手に動くから!」


「君の指示が的外れだから!」


 ついに、試合中にも関わらず口論が始まった。


「だいたいお前はいつも理屈ばっかりで!」


「君こそ考えなしに突っ込むだけで!」


「うるせぇ! オレはオレのやり方で!」


「だから負けるんだ!」


 その瞬間、翔太の中で何かが切れた。


「じゃあ勝手にやれよ!」


「望むところだ!」


 二人はそっぽを向いた。完全に連携が崩壊している。


 当然、そんな状態で勝てるはずもなく――


「勝者、ガード・シェル!」


 あっけない幕切れだった。


 


 控室に戻ると、重苦しい空気が流れていた。


 翔太は部屋の隅で壁を向いて座り、レックスは反対側の窓際にいる。


「……最悪や」


 ショウがぼそりとつぶやいた。


「仲間内でケンカして負けるとか」


 サクラも腕を組んで厳しい表情をしている。


「相手にも、観客にも失礼よ」


 誰も翔太とレックスに声をかけられない。


 結局、みんな無言で会場を後にした。


 


 家に帰ると、ユイが玄関で待っていた。


「お兄ちゃん! 試合どうだっ……」


 翔太の暗い顔を見て、言葉が止まる。


「……負けたの?」


「うん」


「レックスは?」


「知らない」


 翔太はユイを押しのけて、自分の部屋に閉じこもった。


 


 一方、レックスは公園のベンチで一人(一体?)座っていた。


「バカ翔太め……脳筋め……」


 ブツブツ文句を言いながら、でも何か物足りない気持ちになる。


 いつもなら、翔太の大声が聞こえてくるのに。


「……静かだな」


 


 夕方、ユイが翔太の部屋のドアをノックした。


「お兄ちゃん、ご飯だよ」


「いらない」


「でも……」


「いらないって言ってんだろ!」


 珍しく翔太が怒鳴った。ユイは驚いて、でも諦めなかった。


「お兄ちゃん、レックスとケンカしたの?」


「……うるさい」


「ケンカしても、仲直りすればいいじゃん」


「ガキは黙ってろ」


「お兄ちゃんだってガキじゃん!」


 ユイの正論に、翔太は何も言い返せなかった。


 その時、窓の外で雷が鳴った。


 ゴロゴロゴロ……


「あ、雨降ってきた」


 ユイが窓を見る。みるみるうちに雨が強くなっていく。


「レックス、大丈夫かな」


 ユイの心配そうな声に、翔太はハッとした。


 レックスは今、どこにいるんだ?


 


 一方、公園では――


「ひゃあ! 冷てぇ!」


 レックスがベンチの下で雨宿りをしていた。小さな体はすでにずぶ濡れだ。


「くそ、なんでこんな目に……」


 でも、家に帰る気にはなれなかった。


 翔太と顔を合わせるのが、なんだか……


「違う! 私は悪くない! あの脳筋が!」


 でも、言い訳すればするほど、虚しくなっていく。


 本当は分かっていた。自分も意地を張りすぎたことを。


 


 その頃、翔太は――


「くそ! くそ! くそ!」


 傘も持たずに外を走り回っていた。


 公園、学校、いつもの道。レックスがいそうな場所を必死で探す。


「レックス! どこだよ!」


 雨でびしょ濡れになりながら、翔太は叫び続けた。


「悪かった! オレが悪かった!」


 本心だった。


 確かにレックスは理屈っぽい。でも、それがレックスなんだ。


「お前がいないと、ダメなんだよ!」


 


 公園に着いた時、ベンチの下で小さな影を見つけた。


「レックス!」


 レックスも翔太に気づいて、目を丸くした。


「翔太? なんで……」


「探してたんだよ! ずぶ濡れじゃねぇか!」


 翔太はレックスを抱き上げた。冷たい体が、震えている。


「風邪ひくぞ!」


「ギアは風邪なんて……ハックション!」


 レックスが盛大にくしゃみをした。小さな炎が飛び出す。


「ほらみろ!」


 翔太は自分のTシャツでレックスを包んだ。


「なんで……探しに来たんだ」


 レックスが小さく聞いた。


「当たり前だろ! 相棒だから!」


 翔太の真っ直ぐな言葉に、レックスは何か熱いものがこみ上げてきた。


「私も……悪かった」


「え?」


「君の意見も、ちゃんと聞くべきだった。時には……脳筋作戦も悪くない」


「お、おう」


 翔太も照れくさそうに笑った。


「オレも、お前の作戦、ちゃんと聞くよ」


 二人は雨の中、お互いを見つめ合った。


 そして――


「帰ろうぜ」


「ああ」


 


 家に着くと、ユイがタオルを持って待っていた。


「おかえり! 仲直りできた?」


「まあな」


 翔太が照れくさそうに答える。


「良かった〜! お母さん、お風呂沸いてるよ!」


 


 風呂上がり、翔太の部屋で二人は向かい合っていた。


「なあレックス」


「なんだ」


「明日から、また特訓しようぜ。今度は二人で作戦考えて」


「そうだな。君の直感と、私の分析。組み合わせれば最強だ」


「おう!」


 二人は拳をぶつけ合った。小さな音が、部屋に響く。


 窓の外では、雨が上がり始めていた。


 


 次回、新たな転校生がやってくる! その正体は、元地区チャンピオン!? しかも過去に重大な秘密が……


「次回、『サクラ参上!』 強すぎる転校生の正体とは!?」

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