第6話 ギアが宿題を食べちゃった!
朝六時。天城家の二階から、とんでもない絶叫が響いた。
「ギャアアアア! オレの宿題がああああ!」
階下で朝食の準備をしていた母・美咲が、フライパンを落としそうになった。
「また何かやらかしたのね……」
ドタドタドタ! 階段が壊れそうな勢いで翔太が駆け下りてきた。
「お母さん! 大変だ! レックスが、レックスがオレの宿題を――」
「食べました」
翔太の肩から顔を出したレックスが、口の周りに紙くずをつけたまま言った。
「食べた!?」
美咲の声が裏返った。
「正確には、味見をしようとしたら、美味しかったので全部食べてしまいました」
「美味しかった!? 紙だぞ!?」
「最近の紙は、なかなか良い食感で――」
「そういう問題じゃねぇ!」
翔太が頭を抱えた。
「算数のプリント十枚! 昨日の夜、鼻血出しながらやったのに!」
「鼻血?」
「考えすぎて鼻血出たんだよ!」
「お兄ちゃん、バカなの?」
妹のユイが冷静にツッコんだ。
レックスがゲップをした。小さな炎と一緒に、数字の「8」が飛び出した。
「あ、8の味は特に良かった」
「味があるのかよ!」
学校への道中、翔太はトボトボと歩いていた。
「なんで食べたんだよ……」
「夜中にお腹が空いて」
「ギアって腹減るの!?」
「たまに」
「たまにかよ!」
通りすがりの小学生たちが、翔太とレックスのやり取りを見てクスクス笑っている。
「あ、宿題食べられた奴だ」
「マジで? ペットに宿題食べられるとか」
「ペットじゃねぇ! 相棒だ!」
翔太が叫ぶが、余計に笑われた。
教室に着くと、すでにレイナが席についていた。
「おはよう、翔太。なんだか顔色が――」
「レックスが宿題食べた」
「……は?」
レイナが固まった。隣のヴァルキリーも目を丸くしている。
「食べた? 紙を?」
「うん。美味しかったらしい」
「ちょっと待って。理解が追いつかない」
その時、教室のドアが勢いよく開いた。
「おっはよー! みんな元気?」
ショウが入ってきた。ファングも一緒だ。
「翔太、なんや暗い顔して……って、なんやレックス、口の周りに紙ついてるで」
「ああ、これは朝食の残りで」
「朝食!?」
一時間目、算数の時間。
山田先生が教室に入ってきた。今日はなぜか、にこやかな笑顔だ。
「はい、みんなおはよう。宿題を出してくださ――」
「先生! 大変です!」
翔太が立ち上がった。
「レックスが宿題を食べました!」
教室中がシーンと静まり返った。
山田先生の笑顔が、ピクリと固まる。
「……食べた?」
「はい! 味見したら美味しくて全部食べたって!」
「天城君」
山田先生の声が、急に低くなった。
「『犬が宿題を食べた』は、世界で最も古い言い訳なの知ってる?」
「犬じゃないです! 竜です!」
「そこじゃない」
レックスが咳払いをした。
「先生、事実です。私が食べました。特に問7の味は絶品でした」
「問7の味……」
山田先生が額を押さえた。
「ちなみに、なぜ食べたの?」
「翔太の字が汚すぎて、暗号解読だと思いまして。解読には味覚分析が有効かと」
「オレの字、そんなに汚いか!?」
「ミミズが酔っ払って踊ったような字だ」
「てめぇ!」
クラス中が爆笑に包まれた。
結局、翔太とレックスは放課後の居残りが決定した。
「しかも、宿題は倍の量でやり直しです」
「倍!?」
「食べた分も含めて、ね」
山田先生の笑顔が怖い。
放課後、教室には翔太とレックス、そして山田先生だけが残っていた。
「はい、プリント二十枚」
ドサッと置かれた宿題の山に、翔太は青ざめた。
「こんなの終わらねぇよ……」
「自業自得だ」
「お前のせいだろ!」
「君の字が汚いのが原因だ」
またケンカが始まりそうになった時、山田先生が口を開いた。
「レックス君、本当に計算が得意なの?」
「当然です。私の演算能力は――」
「じゃあ、翔太君に教えてあげて」
「は?」
レックスが目を丸くした。
「だって、食べちゃったんでしょ? 責任取らないと」
こうして、奇妙な勉強会が始まった。
「いいか、7×8は?」
「えーっと……」
翔太が指を折って数え始めた。
「指を使うな! 脳を使え!」
「うるせー! 考えてんだよ!」
「では、別の方法で。7×8を、7×10から7×2を引くと考えろ」
「は?」
「70引く14だ。答えは?」
「えーっと……56?」
「正解だ。ほら、できるじゃないか」
レックスが得意げに胸を張った。
「お、おお! なんかわかった気がする!」
「では次、9×7は?」
「9×10から9を引けばいいのか! 90引く9で……81!」
「違う! それは9×9だ!」
「ややこしいんだよ!」
山田先生は、二人のやり取りを見ながら小さく笑っていた。文句を言い合いながらも、確実に問題は解かれていく。
二時間後。
「で、できた……」
翔太がぐったりとして、完成したプリントを見つめた。二十枚、全部終わっている。
「ふん、この程度で疲れるとは」
レックスも実は疲れていたが、それを隠していた。
「でも……ありがとな、レックス」
「何を急に」
「だって、お前がいなかったら絶対終わらなかった」
翔太が素直に礼を言うと、レックスは居心地悪そうに身じろぎした。
「当然だ。私が食べた責任だからな」
「それに、お前の教え方、意外とわかりやすかった」
「意外とは余計だ」
でも、レックスの尻尾が嬉しそうに揺れているのを、翔太は見逃さなかった。
山田先生が立ち上がった。
「はい、お疲れ様。もう帰っていいわよ」
「やった!」
「でも、レックス君」
山田先生が真剣な顔でレックスを見た。
「もう宿題は食べないでね」
「……努力します」
「努力かよ!」
帰り道、すっかり日が暮れていた。
「腹減った〜」
「また食べ物の話か」
「だって本当に腹減ったんだもん」
「……実は私も」
「は? お前も腹減るの?」
「たまには」
二人は顔を見合わせて、そして同時に笑い出した。
「じゃあ、帰ったら一緒に飯食おうぜ」
「紙以外がいい」
「当たり前だ!」
翔太が走り出すと、レックスも後を追った。
「待て! 走ると余計に腹が減る!」
「じゃあ余計に食えるじゃん!」
「その理論はおかしい!」
夜道に、二人の声が響いていく。
しかし、翌朝――
「ギャアアアア! 今度は教科書がああああ!」
「……ゲップ」
レックスの口から、漢字の「山」が飛び出した。
「山の味も、なかなか」
「学習しろよおおお!」
天城家の朝は、今日も騒がしかった。
次回、ついに大会初戦! しかし、翔太とレックスの作戦が真っ向から対立!? 最悪のコンビネーションで挑む初戦の行方は!?
「次回、『ケンカした日』! オレたち、このままじゃ負けちまう!」
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