第16話 天才の苦悩

 どうもアツキです。魔法を覚えて半年ほど経過しました。


 今日は姉さま、うちのメイド長シアヌ、狐獣人メイドのカエデ、そして僕と4人で森に来ています。

 ハイキングかって? ユズがいないじゃないですか。僕は妹をないがしろにするような悪い兄ではないですよ。

 今日は比較的安全な地帯でのモンスター討伐です!

 え? 5歳児に過酷すぎないかって? いやいや流石に僕は見学ですよ、跡取り息子なので大事に育てられています。

 あ、そうです。なんと僕って跡取りなんですよね。

 長男だからってわけじゃないですよ。女性でもこの世界は強ければオッケーなので。何度も話したと思うのですがうちの姉さま、シオン・ミツヒサって天才なのです。

 それならなおさら跡取りだろと思うでしょうが、なんというか天才すぎたのです。


「ねえさまがんばってー」

「ん~? こんなの頑張る必要ないよ~」

「オーガウルフに囲まれてると思うんですけどー」

「ん? 大きいとあてやすくて楽だよね」

「大きいとそれだけ強いと思いますよー」


 現在僕は高台から姉さまに声をかけている状況。シアヌとカエデは僕の護衛で近くに待機中。

 姉さまは少し開けた広場みたいなところで、オーガウルフという、馬みたいにでかいオオカミ6匹に囲まれている状況。普通に考えれば絶体絶命の状況のはずなんですけどねぇ……


 1匹が姉さまの死角からとびかかる。姉さまはそちらを一瞥もしないままオーガウルフの顎が姉さまを挟む寸前、姉さまの体が沈み込んだと思ったらとびかかったオーガウルフの腹が縦に切り裂かれ臓物を垂れ流しながら地面に倒れこむ。姉さまは変わらず同じ位置に立っている。

 周りのオーガウルフがひるんだようで動きが鈍くなるが、リーダー格の個体が吠え声をあげると一斉にグルグルと姉さまの周りを回り始め時間差で飛びかかっていく。


「おお……」


 とびかかるごとに血しぶきが吹き上がる。上から見ているから辛うじてわかるがあのオーガウルフの視点では消えたよう見えるのだろうな。姉さまは生まれ持っての柔軟性を生かし、地面すれすれを這うように移動して、剣をオーガウルフの筋肉と筋肉の間を通すように突き入れ、相手の勢いを利用して切り裂く。


 唐突だが、剣術の型について話したい。

 これは僕の見解だが、剣術の型とは事前準備だ。最適な行動ではなくても、最善の行動を条件反射でとれるようにする。そのために型を覚え、体になじませる。

 でも姉さまは違う。姉さまは最適な行動をアドリブで出せる人間なのだ。それゆえに、型がわからない。意味が分からない。だって、見て、感じて、剣を振ればいいだけなのに、なぜそんな無駄な行動をするのかが理解できない。

 父様もこれには困った。教えようにも、教えようがないのだ。

 父様的にもこの国の制度的にも伝来魔法を覚えることは必須なのだが、多分姉さまには無理。

 姉さまは多分、紫電変雷をすごいとは思っているけど、必要とは思っていないから。

 わざわざそんな面倒なことをしなくても殺せるから。殺せてしまうから。


 父様もこれほどの才能を縛ることを惜しんで、姉さまに直接聞いたそうだ。

 この家を継ぎたいかどうか。

 だがとうの姉さまは家を継ぐことにまったく興味がなく、ついでに言うと剣にも戦いにも興味がなく、僕を跡取りにすることが決定されたというわけ。それが僕が3歳くらいの話らしい。


 天才すぎたのだ。天才すぎて、やる気がない。出来てあたりまえのことだから努力できない。


「ま、本人はどうでもいいんだろうけど、一応これも天才ゆえの苦悩ってことになるのかな?」

「アツキちゃ~ん終わったよ~」

「大丈夫ですかー?」

「なにが~?」

「ですよね~……帰りましょー!」

「わかった~」


 今日の夕飯は、オーガウルフのステーキ相成りましたとさ。

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