気になる変な奴

 友達が欲しかった。

 友達の輪の中に常に入っていたかった。

 一人は寂しかった。


 周りに合わせて会話をした。

 周りに合わせて趣味を作った。

 周りに合わせる努力をした。


 友達が沢山できた。


 いっぱい話した。

 いっぱい遊んだ。

 いっぱい一緒に過ごした。けど、


 自分は輪の中に居ても居なくても、どちらでもいい存在だった。


 中学に上がった。


 同じように過ごしていた。

 ある日、別のクラスでスカートをめくっている女子を見た。


 すごくビックリした。


 小学生男子のようなことをする女子にも驚いたけど、

 何よりも、された側が対して怒っていなかった。

 それどころかすぐにまた仲良く笑っていた。


 ああすれば、私も輪の中に入っていけるだろうか。


 前からスキンシップの多かった女友達に試してみた。

 嫌われてどこの輪からも弾かれてしまわないかとヒヤヒヤしたけど、

 その女友達は笑いながら怒り、やり返してきた。

 それからもっと仲良くなれた。


 少しだけ、輪の中に入れてもらえたようだった。

 嬉しかった。


 高校に上がった。


 スキンシップを好む子は派手な子が多かったので格好を合わせた。

 男子の目が無いからか中学より過激なスキンシップになったけど、

 より深く仲良くなれた。


 ここにあーしの輪が出来た。


 入学から一年が経って二年生の新学期、早速風邪をひいて休む。

 一年の頃の友達とまた一緒になれたのは嬉しかったけど、

 余り物の図書委員に任命されてしまった。


 ダルい。


 委員当番当日。

 フけようかと思ったけど初日だから一応顔を出した。

 図書室はガランとしていて委員席にただ一人だけ座っていた。

 今日のもう一人の当番だろう。

 もう一人の当番はなんか素朴で真面目そうな奴。

 あーしとは真逆な奴。

 仲良くなれる気がしない。


 そいつはあーしに気づくと、


「こんにちは、私マジメ子と言います。よろしくお願いします」


 しっかりキッチリあいさつして来た。

 こいつ苦手かも。


「ああ…あーしギャル子。よろしく〜」


 一応明るく返しておく。


 図書室に誰もいないので当然活動はなかった。

 適当にスマホいじって帰るか。

 とか考えてたら横から奴がじっとこっちを見てきた。

 あースマホいじるなとかって言われそう。

 めんど。


「ギャル子さんその睫毛…」


 スマホの方じゃなかった。

 けどなにこいつ…服装とかメイクとか指摘してくるタイプの奴?

 ウザっ。


「とても華やかですね、美しいです」


 は?褒められた。

 なに?皮肉かなんか?

 遠回しに注意してるとか?


「私など素朴な上に短く…どうしたらそこまで伸びるのでしょうか」


 急に悩みを相談してきた。

 そして自分のまつ毛をいじっている。

 ていうかこいつまさか…


「えーと…つけまとかマツエクって知ってる?」

「何でしょう?それは」

「ええー…」


 マジかこいつ、信じられん。

 カルチャーショックだっけか。

 とにかくそれだ。


 口で説明するのが面倒なのでメイク動画を見せる。


「こんな感じであと付けしてんの」

「ふむ」


 テキトーに流せばいいのに食い入るように見ている。

 なんか乾いた笑いが出る。


「すごいです。こんなことが可能なんですね」


 拍手をしている。

 本当に初めて知ったみたいだ。


「今度私も試してみます」

「そりゃよかった」


 まあやらないだろうな。

 よくある社交辞令だ。


「次回の当番の時、着けて来てギャル子さんに見せますね!」

「へ?」


 奴は宣言すると手元の本に向き直った。

 なに?冗談?それとも本気で?

 いやいや…

 まさかね。



 次の当番の日。


「………」


 次からは行かないと決めていた図書室の前に来ていた。

 別に奴がどうなってるのか気になったわけじゃない。

 まぁあーし図書委員だし?活動に来ただけだし?

 それに見せると言っていたのだから見てあげるのがスジってもんだよね。

 と、自分に言い聞かせてから図書室に入った。


「あ、ギャル子さん!どうでしょうかこの睫毛!」


 思わず全力で吹き出す。

 奴は七色の巨大な上まつ毛をバッサバッサと揺らしていた。

 どこで売ってたんだその珍妙なまつ毛は。


「ちょ…それ取りあげられなかったの!?」

「はい、今朝方校門で注意されまして」

「注意されてんじゃん!」

「なので先ほど着け直しました」

「なんで疑問に思わなかったの!?」

「私の素睫毛すまつげが素朴で短いので」

素睫毛すまつげ

「絢爛で長ければ丁度良いかと思い至りました」

「至っちゃったかー…」


 急いで取り外させた。

 つけまはデカいとまつ毛とまぶたへのダメージもデカい。


「ふむ、まだ私には早かったということでしょうか」

「そーね…」

「これは練習あるのみです!」

「不屈!」


 いや、なぜそこまでまつ毛にこだわる。

 あーしと違って必要な技術でもないだろうに。


「あーなんだ…アンタはメイクなしのままでもいいと思うよ」

「なるほど…そうですか」


 奴は少し考える仕草をしてから、


「ではそうしますね!」


 満面の笑顔で答えた。

 初めて見る笑顔に少し、驚いた。

 なんだよ、

 笑えんのかよ、こいつ。



 その次の当番の日も、


「ギャル子さん、今日はファッションについてお聞きしたいのですが」

「なんであーしに?」

「ギャル子さんはつけまを教えて頂いた上睫毛師匠ですので」

「芸人かよ。絶対にその名で呼ばないで」

「承りました。ではつけま師匠と」

「それも嫌っ!」


 その次の次の当番の日も、


「あーしは犬の方が好きかな~」

「犬といえばギャル子さんの好みの音楽は何ですか?」

「急にどした。つーか犬といえば…?」

「二つの共通点から唐突に気になりまして」

「どこだよ共通点。ちなみに猫だった場合は?」

「好みの音楽の話です」

「あはっなんだそれ」


 さらに次の当番の日も、


「昨日のマラソンで筋肉痛が…運動は苦手です…」

「マジメ子、これ見て」

「おおっ、素晴らしいです!ギャル子さんは体操の選手ですか?」

「これね、合成動画。あーしじゃないよ」

「ええっどういうことですか!?」

「あははっ」


 結局あーしは図書室に向かっていた。


 不思議だ。

 何も合わせていない。

 スキンシップも何もしていない。

 なのに、

 あーしとマジメ子の間には輪ができていた。


 マジメ子には他に入れている輪があるんだろうか。

 あれだけ周りに合わせないと友達も多くない気がする。

 それならこの当番の日は二人だけの特別な関係のようで、

 少し、嬉しかった。



 ある日、自販機に向かう途中マジメ子を見つけた。

 話しかけようと思ったら先に知らない子がマジメ子に近づいて行く。


「マジメ子今日弁当?」

「いえ、本日は食堂へ向かいます」

「良かったら昼一緒にどう?」

「ありがとうございます、ご相伴に預かります」

「相変わらず腰低いな」


 マジメ子はその子と一緒に教室へ帰って行った。


 …なんだよ。

 仲良い奴居るんじゃん。

 あーし以外にも。


 なんか、

 モヤモヤする。



 その後の当番の日。

 マジメ子に会いたい気分ではなかったけど来てしまった。

 意外とあーしも真面目な奴なのかもしれない。


「ギャル子さん、お顔色が優れないようです」


 誰のせいだと思ってんだ。


「あー…あんま気にしなくていいよ」

「何か私にお手伝い出来ることはないでしょうか?」


 マジメ子が心配そうにこちらを覗く。

 それなら…


「ねぇ」

「はい」

「あーしとマジメ子って…友達?」


 聞いてみることにした。

 口から何が飛び出すかわからないこのフシギ生物は、

 あーしを何ととらえているのか。


「いえ、友達ではないですね」

「ではない!」


 ガーン。

 あれ、思ったよりショックだ。

 どうしよう。


 落ち込んでいたら何故かマジメ子はニコッと笑った。

 たまに出てくるこの笑顔は見るたびに心臓が跳ねる。


「なので、もっと仲良くなりたいと思ってます!」

「…へ」

「駄目でしょうか?」

「ダメじゃ…ない」


 なんだ、そっか。

 …そっか。

 向こうも同じ気持ちだったんだ。

 嬉しい。


「頬が赤くなっています。暑いでしょうか?」


 誰のせいだと。

 ショックを急に嬉しさに変えられたんだから。

 寒暖差で体温が上がっているのが自分でもわかる。


「あー…ちょっと暑いかもね」

「それはいけません。熱の可能性があります」

「そうかな、まあそうかもね」

「念の為体温と脈を見ても宜しいでしょうか」

「はいどーぞ」

「ではお手を拝借します」

「幹事か」


 マジメ子は私の手を取り、手を繋いだ。

 いわゆる恋人繋ぎで。

 なんで?

 そしてそのまま机で隠すようにあーしとマジメ子の間にぶら下げた。

 どうして?


「こ…こういうのってふつう手首じゃないの?」

「接触面が多い方が判断しやすいと思いまして」

「あとなんで下に下ろしたの…?」

「心臓よりも低い位置の方が血が流れると聞きまして」


 スキンシップなんか何度も経験しているハズなのに、

 今まで感じたことのない恥ずかしさがあった。

 初めてふれたマジメ子の肌と体温に、

 心臓は痛いほどうるさく鳴っていた。


「ギャル子さんは体温が高いのですね。温かいです」

「…ソウカナ」

「そういえば脈拍が上がっているような。大丈夫ですか?」

「…ドウカナ」


 ロボットのような返事しか返せない。

 すると、絡み合っていた手がいきなりほどかれた。

 ああ…

 ああってなんだ。


「これはいけません、恐らく熱があります」

「そうかも…」

「保健室へ向かわれてください、何かあればこちらで対応しますので」

「うん…そうする…」


 図書室から出て反対側の廊下の壁に額を軽くぶつける。

 ちょっと冷えたけど芯は熱を持ったままだ。

 手のひらが燃えるようにジンジンしている。


 あーもう…

 こんなんアレじゃん。

 恋って奴じゃん。

 まいった。


 どうやら、

 あーしとマジメ子は友達になれそうにない。




 友達が欲しかった。

 友達の輪の中に常に入っていたかった。


 でも、

 あーしとマジメ子の間には輪なんて無くていい。


 片っぽの手だけが、繋がってればいいや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セクハラするギャル子さんとされないマジメ子さん 黒烟 @kurokemuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画