第11話
※
油断をした。そう気づく頃には、我々四人は一階のエレベーターホールで兵士たちに包囲されていた。
自分の右腕がうずくのを感じる。過去の記憶に関する情報はまだまだ足りないが、仮にこの戦場のような状況を考えるなら、これ以上無意識任せにはすべきでないと判断した。
もちろん、残り三人の生存を確実なものにできれば、の話だが。
敵の兵士たちは容赦がなかった。それはそうだ、お仲間を私が殺めてしまったのだから。
前方一二〇度の間に十名の兵士が待機しており、自動小銃を構えている。おっと、その奥にもう一人。隊長だろうか? にしては武装が軽そうだ。
それはそうと、沈黙に耐えてばかりでは、現状を打破することはできない。かなり滅茶苦茶だが、何もしないよりはいい。敵が突撃を敢行する前にケリをつける。
私は自動小銃を握ったまましゃがみ込み、片足を伸ばして自分の身体をコマのように一回転させた。
ケンとユメリを転倒させ、強制的に姿勢を低くさせる。
三回転したところで、私は自分にブレーキをかけた。ちょうど眼前に隊長がいる。
「我々と戦うつもりなのかい、テル?」
「私自身の目標がよく分からない。だが、この兄妹とキリィの身の安全は確保してもらいたい」
「ほう、随分と人間臭い物言いじゃないか、テル。まるでかつての、人間としての姿を保っていた時の貴様を思い出す」
この会話の不穏さを察したのか、ユメリが私にすり寄ってきた。私は隊長の意味深長な言葉を脇に押し退け、ユメリの手を取る。彼女の小さな手を、自分の両手でそっと包み、前方に目を向けたまま、大丈夫だよ、とだけ告げた。
それからケンに指示を出した。キリィを抱っこする要領で守れ、と。キリィの方は、脚部(言い換えれば腕部)がたくさんあってケンに掴まりやすく、やや安堵した様子だ。
「これから大変なのは私の方なんだがな……。ふっ!」
私は馬鹿正直に、真っ直ぐに隊長の下へと駆けた。拳銃を発砲する。……と見せかけて、呆気なくこれを投棄。
それに気を取られた兵士の背後に跳躍し、首を腕でロックした。
「がはっ!? ぐ……!」
「あなた方は市街地防衛のスペシャリストのはずだ。それがどうした? 一瞬で人質を取られてしまったぞ。悔しくはないのか? 私を憎らしいと思わないのか?」
挑発をする。当然、隊長に向かってだ。
私は対人戦闘を行うにあたり、『何故か』現場指揮官の感情を乱すことが重要だと理解していた。どこでこんなことを覚えてしまったのか……。このご時世、しがない神父を続けるだけでは生きていけない、か。
とにかく、敵のうち一人は我が手中にある。殺めるのは容易だ。先ほど、病室で同室者を射殺したように。
私は半ば担ぐようにして、気絶した敵を人質を引き上げた。盾にするのだ。それと同時に、反対側の背部から散弾銃を取り出した。
ズドン、ズドンと連射する度に、敵兵が倒れていく。一発ごとにぐるり、と銃身を縦回転させて次弾装填を繰り返す。この距離で撃ち込めば、敵兵が防弾装備をしているかどうかなど関係ない。一発で四肢と首が飛ぶ。
これでもいざとなれば、まだ息のある敵を人質として盾にしてしまおう。
いつもの私がだったらきっとこう言うだろう。そんな惨いことをするなと。銃なんか捨てろと。
それに対して、今の私は理論的に反論できるだろうか? ふん、無理に決まっている。自分たちの身の安全を守ることなど、生存(あるいは起動)する中で当然の行いではないか。
仲間と自分を守り、自分の目的を模索する。手段は選ばない。それこそが、今の私の在り様なのだ。
「くそっ! 化け物か、貴様!」
味方が次々に倒されていく中で、隊長はついに自らの得物を取り出した。
それは、一振りの軍刀だった。夜の月明かりを反射して、ぎらり、と不気味に輝いている。
隊長以外の敵を仕留めた私は、ちょうど散弾銃を撃ち尽くしていた。試しに散弾銃を投げつけると、隊長に当たる直前でバッサリと斬り払われた。
「なるほど。その刀、レプリカではないのだな」
自前の武器を手に取ったお陰か、隊長は随分落ち着きを取り戻した様子。
顔つきもまた、少しは武人に近づいたような気もする。
それにしても、とんだ劣勢に立たされてしまった。
相手がだんだんと落ち着きを取り戻していく一方で、こちらは丸腰になってしまった。
この状況下で、脅威となるのは何だろうか。敵のリーチか? 威力か?
いいや、違うな。思うに、全身を用いた俊敏性だ。
現在位置からして、私が投棄した(と、見せかけた)拳銃は敵の方に近い。今そちらに向かったところで、先に拳銃を奪取され、振り向き様に撃たれるだろう。そしてそれは、私にとって致命的なダメージとなるはずだ。
こうなったら……。
私は姿勢を崩し、だらん、と四肢と頭部を脱力させた。
「どうしたんだ、貴様?」
訝しさを隠そうとしない様子の隊長。しかし、これは作戦でも何でもない。私が自分なりに自己分析した時の、モチベーションのリセットのようなものだ。
七、八秒ほどが経過しただろうか。私はゆっくりと姿勢を正し、すっと両腕を顔の高さに上げて、身体の重心を意識しながら長く息をついた。
私が本格的に戦闘体勢に入ったのを察したのだろう。隊長は自分で自分を弾け飛ばすような勢いで、一直線に突撃してきた。アスファルトの破片が飛散する。
躱しきれない。そう判断した私は、サイドステップで半ばまで避けた。左半身は無事だが、右半身はそうとも言えまい。そこで、軽く膝を曲げ、その勢いで強烈な右のアッパーカットを見舞った。
それはそれで、どうして自分がこんなに速く動けるのかはさっぱり分からなかった。だが、今はこの力に頼るしかない。
何もしなければ、自分が半身を奪われてしまうのだから。
アッパーカットは見事に隊長の臓腑を直撃した。堪らず軌道を逸らしたところで蹴りを――。という私の作戦は、見事に失敗した。
なんと隊長は、私のアッパーカットを喰らってもなお動き続け、大きくバックステップしたのだ。その顔は、完全に余裕を取り戻していた。
「ほう! 久々に喰らうとなかなかのものだが……。今の私には通用せんよ?」
効かない。それは分かった。問題は、次に何をすべきかということだ。
「しかし残念だな、テル。ここがお前さんの墓場になろうとは」
そう言いながら、隊長は素早く爪先で何かを拾い上げた。あらかじめ配置しておいたのか、アスファルトが僅かにめくれて何かが妖光を放つ。
それは、極々小さな、しかし口径の大きいリボルバー式拳銃だった。
「おおっと、小さいからって見くびるなよ? ロボットの装甲くらい、容易に貫通するからな」
私は昨日から今日にかけての中で、何度も何度も息を呑んできた。が、ここまで恐怖する羽目になるとは――。痛覚遮断ボタンを押すことも、最早かなわない。ここまでか。
まるでお楽しみを取っておいたかのような笑みで、隊長は容赦なく私の右腕関節に銃撃。
「ッ!」
ドン、と右手の指先から右肩まで、いや、右半身全体に激痛が走る。私の意思とは無関係に、右腕全体が跳ね上がる。
「まだ五発は残っているぞ? ここで気絶されては構わんなあ!」
次弾は右の手の甲を貫通。最早銃器は握れまい。
「ふん、やはりロボットのリアクションは味気ないな。よし、あと一発、眉間に撃ち込んだらそれで終いだ。じゃあな」
熱せられた銃口が、私の額に押しつけられる。私が真剣に『死とは何か』について考え始めた矢先、突然隊長はその場に伏せた。我々の頭上を、何かがもの凄い速度で通過していく。
何だ? 何があった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます