第10話


         ※


「ケン! ユメリ! どこだ、キリィ! 聞こえていたら返事をしろ!!」


 赤色灯の不気味に点滅する。スプリンクラーから降り注ぐ流水が機械の肌を打つ。私はそれらを一切無視して、声を嗄らしていた。

 厳密には声帯のボリュームを操作するだけだから、声が嗄れる、という現象は起きないのだが。


 あまり望ましくはないが、ベッドを離れよう。そうすれば、間違いなく私はすぐさま身柄を拘束され、別な施設に収監されるだろう。そのくらいの見当はつく。

 だが、このまま三人を見捨てるわけにはいかない。三人を救ったら、捕まろうが改造されようが構いやしない。


 私は勢いよくベッドのカーテンを引き開ける。それと同時に、自動小銃のけたたましい銃声が飛び込んできた。しゃがみ込んで安全を確保。そして雑音をキャンセルし、聞こえてくる銃声を解析する。


 思わず舌打ちをした。使われているのは、列車での戦闘でばっちゃんを殺めたのと同じモデルの自動小銃ではないか。当たれば私の外部装甲とて貫通されてしまうだろう。

 私は振り返り、窓からの脱出の可能性を模索。割った窓ガラスから地面を見下ろして、思わず息を呑んだ。地面が見えなかったのだ。


 まさかこんな高層ビルの、それも上部の階に自分が閉じ込められていたとは。飛び降りたら最後、私の身体はバラバラになってしまうだろう。巨大なクレーターをアスファルトに残しながら。


 ……仕方ない。

 私はベッドを蹴倒し、盾にして接近戦に持ち込むことにした。

 そうやって考えている間にも、同室のロボットたちの断末魔が聞こえてくる。人間の耳には、機械の電源を切った時の低音にしか聞こえないかもしれない。だが、我々ロボットにとっては、まさにそれこそが死亡通告であり、悲鳴なのだ。

 

 これ以上、余計な被害を出すわけにはいかない。

 私は物陰からベッドの下に滑り込み、向きを調整しながらベッドを横倒しにした。

 様々なものが同時に倒れ、ガシャン、だかドズン、だかいう騒音が響く。

 その間に、私は室内の状況把握に努めていた。突入してきた兵士は四人。武装は、前方の二人が例の自動小銃を、後方の二人が大口径の拳銃を所持。

 好都合だ。先に自動小銃の兵士と接触し、仕留められる。


「ふん!」


 私は人工筋肉の多い脚部を頼りに、一気に敵の群れに突撃した。

 敵は混乱している。このベッドの動きが怪しいことから、私がまだ起動していることは分かるだろう。

 問題はその次、ベッドが、すなわち私が、なんの助走をつけることもなく兵士たちに突撃したことだ。


 なにも脚部の筋肉だけを頼ったわけではない。私の踵を展開すると、そこには超小型のジェットエンジンがついている。勢いを緩めずに、私は四人へ突撃した。

 数発だけベッドを貫通し、私の外部装甲を掠めた弾丸もあった。

 が、ベッドを貫通したり、貫通しても軌道が狂ったりで、まともに当たりやしない。


 自分の高さ、床の感触、敵との距離。これらを全て計算に入れて、一直線に突進する。

 すると、前方の二人はさっとサイドステップを決めて回避した。少し予想外。

 だが、後方の二人は室内の状況を把握しきれず、まともに私の体当たりを喰らった。


 それでも私は止まらない。ベッドと廊下に面した壁に、兵士二人を押しつけたのだ。

 流石にこれだけの高層ビルともなれば、造りはしっかりしている。廊下に面した壁は壊れることなく、ベッドもさほど変わっていない。

 つまり、二人の兵士はペしゃんこにされたのだ。


 とめどない流血とともに、いろんな音が聞こえてくる。

 筋肉が千切れ跳び、脚部は圧潰される。内臓が破裂する生々しい音に、骨がだんだんと曲げられて行く悲鳴のような音。


 私は振り返り、自動小銃を手にした二人と向き合う。先手を打ったのは、敵の方だった。

 私の上半身を狙って、集中砲火を繰り出す。だが、そこに至るまでの判断が遅かった。


 私はまるで、血飛沫に足を取られて転んだかのように、形の崩れた前転を繰り出す。私の背中を銃弾が掠めたが、この程度なら大した負傷とも言えまい。

 それから立ち上がり、両腕の拳からメリケンサックを展開。二人の腹部に対して、同時に、そして致命的なダメージを与えた。二人の腹部を貫通したのだ。太い血管が露出して、断面から血液が迸る。


 私は音もなく、短く息をついた。が、すぐさま振り返り、倒した敵から拝借した拳銃を向けた。

 そこにいたのは、私のようなロボットだった。人間の兵士と同じ格好ながら、動きが兵士のそれとは違っていたので、私も戦闘中には気づけなかった。


 私は、次こそは彼を倒してやるという闘志の下、拳銃のセーフティを解除した。

 しかし、私の特性、すなわち『殺気を感知すると視界に黒煙が生じる』というが生じない。

 彼は、私にはもう敵意を抱いていないのだろうか。


 確かに彼は、下半身を完全に潰され、眼球が飛び出し、首元から火花を散らし、挙句に胸部の機械構造が露出している。こちらへの殺意など微塵も残っていないだろう。


 私は拳銃を構えたまま、ゆっくりとそのロボット兵士に近づいた。


「今ここで破壊してほしいか? それとも、残りの寿命をこのまま過ごすか? 答えろ」

「……まだ、可能性……、なら、生きて……」

「分かった。だがここは物々交換だな。私は、ある人物の居場所を探している。私と一緒に捕縛された人間二人と、アンドロイド一体だ。教えてくれ」


 ロボット兵士は、生き残った方の片目を瞬きながら、じっと私を見上げた。


「そ、それ……、一つ下の、フロア……、階段から、三番目の拘置スペー……ス」

「なるほど」


 私は敢えて、よく分かったかのような振る舞いをした。銃口の向きはそのままに。

 

「情報提供、ご苦労」


 そう言った直後、私は彼の額にズドン、と五十口径を撃ち込んだ。

 約束? 知ったことではない。不用意に信じる方が悪いのだ。


「……ん……?」


 そこで私は、強烈な違和感を覚えた。

 自己診断プログラムからは何も言われてはいないが、なんだか今の私は、私らしくない。

 奇妙な言い回しだが、実際にそうなのだから仕方がない。

 

 私は思考する方向を定め直し、三人の救出に向かった。


         ※


 先ほど射殺したロボットの言葉を思い出す。

 ここからそう遠くはないはずだ。

 

 あたりは赤いランプで染めつけられ、兵士もロボットも慌てている様子。どうやら私が原因なのだろう、と考えてみたが、今はどうでもいい。三人の無事と身柄確保を、なんとしてもクリアしなければ。


 廊下は割と広くできていて、他人とすれ違うのに苦労はない。だがそれは、このビルが平常運転している時の話だ。


 私は敢えて声を上げず、廊下沿いの部屋を見ながら駆け抜けた。そこで目に入ったのは、鉄格子の嵌った通常の牢屋だけではなかった。『凶悪犯につき警戒せよ』という注意書きがなされた、一際分厚いドアもある。……って、彼らが収監されるとしたら、この部屋にないではないか。


 さて、どうやってこのドアを開けるか。結論は出ている。

 私は先ほどと同様に、踵のハッチを展開して脚力を最大に。僅かに息を切らしながら、軽く跳躍した。


「ふっ!」


 我ながら見事な回し蹴り。それに応じるようにして、ドアはそのままバラバラになり、室内の様子が見渡せた。


「あっ、テル!」

「テル~、遅いわよぉ~」


 驚くケンと、わざとおどけてみせるキリィ。


「全員無事か? 怪我は?」

「うわあぁあん! テル~!!」


 私はユメリのために、ゆっくりと腰を落とした。


「怖かったよなあ、すまない。遅くなったようだ」

「ま、次はここからどうやって脱出するか、よね」


 言うが早いか、キリィの上部から極めて細い糸が伸び始めた。ケンが不思議そうに見つめていると、キリィは端的に説明を始めた。


「今、このビルを管理しているシステムにハッキングしているのよ。そこからクラッキングして、このビル全体の照明を落とす。貨物用エレベーター一基を除いてね」


 私にはすぐに分かった。人間時代だったら、キリィは間違いなく高笑いをしているところだと。

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