EP4 名物コンビの来館

 結局、天災や人災が都合良く起こることもなく、修学旅行が数週間前まで迫ってきていたある日のことだった。


 その日は図書委員の当番であったため、放課後の図書館で受付カウンターに座っていた。

 主に本の貸し出しや返却の対応をするだけなのだが、放課後は部活があることもあって、そこまで人の往来は多くない。


 それは今日も例外ではなく、窓から差し込む夕日がゆっくりと角度を変えていくのを眺めながら、閉館の時間になるのを待っていた。


 ――そんな時だった。


 図書館の扉が開いて、見知った顔がふたつ現れた。


 クラスメイトの佐山太一くんと、二見翔吾くんだった。


「……こんにちは」


 私は軽く会釈をする。


 珍しい。この春から図書委員の仕事をしているが、これまで2人が放課後に図書館へ来たのを見たことがなかった。


 この2人はクラスでは有名……いや、目立つ存在だ。


 二見くんの方は、その甘いマスクと落ち着いた口調、優秀な成績、そしてたまに垣間見えるS気質が女子からとても人気がある。実際、彼女がいるにも関わらず何度も告白されていたり、体育祭なんかで活躍した際には黄色い声援が飛び交っていた。


 逆に佐山くんはお調子者で、みんなを笑わせたり、みんなから弄られたりと、所謂三枚目のポジションを確立している。


 二見くんが人気なため、彼狙いの女子が佐山くんに声をかける場面を何度も目撃したことがある。


『二見くんと仲良しなんだって? 今度紹介してくれない?』

『二見くんの好みのタイプって知ってる?』


 ——そんな風に利用される佐山くんを、陰では『二見くんの腰巾着』だったり、『小判鮫』だったりと酷い言われようをされている。


 それでも佐山くんは笑いながら、ちゃんと対応している。その精神力は、すごいと思う。


 私にはできない……いや、できなかったのだから。


 加えて、彼は意外と努力家なのを私は知っている。


 この図書館の窓からちょうどグラウンドが見えて、サッカー部の佐山くんは誰よりも練習で声を出しているし、一番遅くまで残って自主練習をしている。汗まみれになりながら、ボールを追いかける姿をこの窓から何度も目にしてきた。


 クラスでのお調子者の顔と、グラウンドでの真剣な表情——そのギャップが、まるで舞台の上の道化師のようだなと思った。観客を笑わせることに徹しながら、舞台裏では誰よりも努力を重ねている。

 

 そんな彼の人間性には好感――いや、どちらかと言えば尊敬の念を抱いている。


「こんにちは」


 二見くんが丁寧に挨拶を返してくれる。


 一方、佐山くんは頭に疑問符を浮かべたような表情で、私の顔と二見くんの顔を行ったり来たり。


 ……きっと私のことは覚えてすらいないんだろうな。


 まぁ、普段から目立たないようにしているのだから仕方のないことだけど、それでも一抹の寂しさを感じた。


 そんなことを思いながらも、珍しさと暇さから、私は目端で2人を追いかけた。


 すると、書架の方ではなく、PCコーナーへ向かった。


 これまた珍しい。今時はスマートフォンで調べ物ができるため、わざわざ学校のPCで調べ物をする人も少ない。大きな画面でないと見にくいものを調べるか、もしくは……何かを印刷をするとか。


 ここからでは遠すぎて、2人が何を調べているのか、どんな会話をしているのかまでは確認することができない。


 けれど、何故かとても気になった。


 図書館に似つかわしくない2人が、コソコソと何やら調べ物をしているという状況からか、それとも女の勘というやつなのかはわからないけれど——頭の中で警鐘が鳴らされた。


 確認するべきだ、と。



     * * *



 案の定、2人は何かしらをプリントアウトしてから、図書館を後にした。


 私は受付業務を続けているふりをしながら、2人が完全に姿を消すのを確認した。それから、そっと席を立って、2人が使用していたPCへと向かう。


 ……何かを調べたのなら履歴が残っているはず。


 ブラウザを立ち上げて、履歴を確認する。


 そこには――何も残っていなかった。


 ……おかしい。


 この図書館のPCは夜間に自動再起動するまで履歴が消えることはない仕様になっている。

 消えるとすれば――それは、手動で削除した場合のみ。


 ということは、あの2人……いや、これはたぶん二見くんの方かな。彼はわざわざ履歴を削除したということになる。


 何故か? 見られたらまずいことを調べていたからと考えるのが妥当だ。


 そうなると、ますます気になってしまうのが人間の性というもの。


 どうにか調べる方法はないか……履歴を消しただけで操作ログが消されたわけではないから、厳密に言えば追跡はできるだろう。でも私にはその権限も技術もない。


 そこまで考えたところで、ふと気づいた。


 彼らがプリンターを使用していたことを。


 図書館のプリンターはコンビニ等に設置されているものとは違って、印刷履歴が残る仕様になっている。


 たしか、再印刷機能が……


 私はPCのブラウザからプリンターの管理画面へとアクセスしてみた。


 すると、ここまでは気が回らなかったようで、印刷履歴がしっかりと残っていた。


 私は躊躇うことなく、再印刷ボタンをクリックした。


 プリンターの下へ行き、出てきた紙を確認する。そこには今回の修学旅行における、各宿泊施設の見取り図や全体マップが印刷されていた。


 なんでこんなものを……?


 そう思いながら他の紙も確認すると、これまでとは毛色の違う、何かのネット記事も印刷されていることに気づく。


 記事の日付は3年前――その見出しを読んで、私は目を丸くした。


『京都老舗旅館『湯の花亭』で覗き見事件 修学旅行で訪れていた男子高校生が女湯を盗撮……』


 私の頭の中で、パズルのピースがカチッとはまった。


 まさか……修学旅行で覗き見を?


 佐山くんと二見くんが、女湯の覗き見を計画している——?


 にわかには信じがたかったが、状況証拠は揃っている。見取り図に、過去の覗き見事件の記事。わざわざ履歴を削除するほどの秘密性。


 私は印刷された紙を見つめながら、奇妙な感情に襲われていた。


 またしても修学旅行に関する話題……でも、これまでとはちょっと違った何かが私の中にもたらされたような気がした。

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