EP5 僅かな色付き
偶然にも図書館で知ってしまった佐山くんと二見くんの企みについて、事が事だけに先生か、せめて真夏に相談するという案が頭をよぎったが、結局胸の内に留めてある。
あくまで状況証拠にすぎず、本当に覗き見をする確証がないというのは理由としてあるが……なにより、修学旅行の中で唯一と言っても過言ではない興味の芽を摘みたくなかったから。
そう――興味の芽。
あの日以来、皆が修学旅行への楽しみを日々募らせていくと同様に、私も覗き見について興味を募らせていた。
2人で覗きをするのか?
どこから覗きをするのか?
ターゲットは誰なのか?
あの日手に入れた見取り図、それから2人の日々の行動を観察しながら、そんなことばかり考えていた。休み時間に何気なく2人の席の近くを通り過ぎたり、彼らの会話に耳を澄ませたり。
まるで推理小説の謎解きに挑むような、知的な興奮があった。
そして、少なくとも湯の花亭での覗きに関しては、ある程度の予測ができていた。
この覗きは……たぶん佐山くんの発案。
彼女のいる二見くんがわざわざ覗きを積極的にする理由が思いつかない。だとすれば、2人の役割は佐山くんが実行犯、二見くんが立案になるはず。
次に覗きのポイント。これはおそらく男女の大浴場に挟まれた位置にあるボイラー室から。
見取り図を何度も見返したが、ボイラー室の入口には各大浴場の露天風呂側から従業員専用の通路がある他に、中庭からも行けるような構造になっている。ここが一番低リスクで覗けるはず。
最後にターゲット。これは正直わからなかった。
でも、クラスではお調子者の佐山くんのことだから、どうせ覗くならクラスナンバーワン美少女だろ――とか言ってそう。いや、言わないわけがない。
ということで、一旦真夏がターゲットと仮定。
この予想が当たっているのか、間違っているのか――
確かめるしかない。
もし当たっていたら……
想像するだけで、灰色だった修学旅行がわずかに色づき始めた。
* * *
時は変わって、修学旅行前最後の休日。
私は真夏とツカサにショッピングセンターへと連れてこられていた。
「だーかーらー、そんな野暮ったい服装で修学旅行なんて行かせられないって言ってるでしょ」
ツカサが呆れたような声を上げる。
「せっかくの青春なんだから、もうちょっとオシャレしなさいよ」
修学旅行に向けた荷物の用意をしていたところをツカサに目撃され、せっかくの修学旅行をそんな野暮ったい服で行くなということで、真夏も連れて服を買いに行くことになった。
私自身はそこまでファッションに興味はない。パーカーやオーバーサイズのスウェットなど、着心地が楽な服を好むのだが、2人は違った。
「葵ちゃんには、やっぱりガーリー系が似合うと思うの」
真夏が白いレースのニットを手に取る。
「いやいや、今時はもうちょっとストリート寄りでしょ」
ツカサが韓国系のクロップドスウェットやカーゴパンツを持ってくる。
それぞれが私に似合うコーデを見繕っては試着させを繰り返していた。
「うーん、やっぱりこっちの方がいいかな」
「えー、でもこっちの方が葵ちゃんの雰囲気に合ってるよ」
2人は私の意見など聞かずに、勝手にあれこれと議論を始める。
結局、真夏とツカサがベストだと考えた2つのセットを購入することになった。
さらには絶対にいらないだろうと思うような水着や新しい下着も買うことに。
「水着なんて……海やプールに行くわけでもないのに、なんで必要なんですか?」
私が疑問を口にすると、2人は顔を見合わせてにやりと笑った。
「修学旅行って、何が起こるかわからないでしょ?」
真夏が意味深に言う。
「そうそう。準備だけはしておかないと、後悔することになるかもよ?」
ツカサも同調する。
何か起こるって……別に私には何も起こらないと思うのだけれど。
「下着だって、普段のそんな地味なやつじゃダメよ」
そう言いながら、ツカサが手に取ったのは深いボルドーのレース製ブラジャーだった。胸元が大きく開いたデザインで、谷間を強調するような作りになっている。
「ほら、これなんてどう? レースが透けて見えるのがポイントよ」
「えぇ、それはちょっと品がなぁ……こっちの方がいいんじゃない?」
真夏が持ってきたのは、淡いピンクのサテン地にリボンが付いた可愛らしいデザイン。でも、カップ部分はかなり小さく作られていて、明らかに谷間を作るためのものだった。
「あー、それも可愛いけど、ちょっと子供っぽくない?」
ツカサが眉をひそめる。
「やっぱり、セクシー系で攻めるべきよ。ほら、このブラックレースなんて最高じゃん」
今度は真っ黒なレース製で、胸の形がくっきりと浮き出るような薄手の生地。ショーツは紐で結ぶタイプで、機能性なんて全くない、完全に見た目重視のものだった。
「あの……普通のでいいんですけど」
「ダメダメ! 普通じゃ意味ないの」
ツカサが首を振る。
「いい? 男って単純な生き物なのよ。ちょっとした色気に簡単に引っかかるの」
「例えばね――」
ツカサが私の耳元に口を寄せて、小声でなにやら解説を始める。
「胸元がちょっと見えるような服を着て、屈んだ時にさりげなくレースが覗く。それだけで男は頭の中がピンク色になるのよ」
「それから、ちょっと汗ばんだ時に服がくっついて体のラインが浮き出ると、もう我慢できなくなる」
「特に高校生の男なんて、そういうのに免疫ないから、すぐにボーッとしちゃうの」
「だから下着は重要。見えても恥ずかしくない、むしろ見せてあげたくなるようなのを選ばないと」
私は、何を語ってるんだこの
「水着だってそう」
今度は水着コーナーで、ツカサが鮮やかなプルシャンブルーのビキニを手に取る。トップは三角ビキニで、明らかに胸を強調するデザイン。ボトムは腰の部分が紐で結ぶタイプで、お尻の露出度も高い。
「これくらい大胆じゃないと、印象に残らないのよ」
「これもなぁ……ちょっと露出多すぎない?」
真夏が心配そうに言うと、ツカサが笑う。
「大丈夫、葵の体型なら絶対に似合う。むしろこのくらい見せないともったいないって」
……何がもったいないのだろう。
「濡れた時の透け感とか、体のラインとか、男は絶対に目で追うから。そこでちょっと恥ずかしがって隠そうとすると、もうメロメロよ」
でも結局、2人に押し切られて、普段なら絶対に選ばないような攻めたデザインの下着と水着を何枚も購入することになった。
「これでどんな男でも、落とせるわよ」
会計を済ませながら、ツカサが満足そうに言った。
「……落としませんから、そんな相手がいないです」
私はそっけなく返す。
でも、その時――頭の片隅に、ふと
私はゆっくりとかぶりを振り、その思考を払った。どうして今、彼のことを思い出したのだろう。
きっと、最近覗き見のことばかり考えているからに違いない。
そう自分に言い聞かせながら、私は2人の後に続いてショッピングセンターを後にした。
それでも、灰色だった修学旅行がわずかに色づき始めたような気がする。それが何色なのかは、まだわからないけれど。
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