修学旅行からの帰宅(エピローグ)

第46話 小悪魔からの返事

 新神戸駅のホームに響く発車メロディが、俺の胸の奥で不安な和音を奏でていた。


 新幹線の座席に腰を下ろしても、心はまったく落ち着かない。窓の外を流れる兵庫の街並みも、いつもなら懐かしさを覚えるため、興味深く眺めるはずなのに、今日は全然頭に入ってこなかった。


「そんなに落ち着かない様子で、どうしたんだい?」


 隣に座った翔吾が、呆れたような顔で俺を見ていた。


「い、いや、なんでもねぇよ」


 俺は慌てて窓の外に視線を向けた。でも、自分でもバレバレだってことはわかる。足はカツカツと床を叩いているし、手は膝の上でソワソワと動き回っている。


「まさかとは思うけど、いつ鷹宮さんから返事がもらえるのか、気になってるとか?」


 翔吾の推理は的確すぎて、俺は思わず肩をビクッと震わせた。


「そりゃ気になるだろ!」


 開き直って、俺は翔吾を睨んだ。


「新幹線に乗る前くらいになんか話せるかなとか思ってたよ!」


「まあまあ」


 翔吾が苦笑いを浮かべる。


「別に今日のいつ、とは言ってなかったんだろ? まだ、今日は始まったばかりなんだからさ――気長に待ちなよ」


「そうは言ってもなぁ……」


 俺は天井を見上げて溜息をついた。


 昨日はああ言ったものの、内心は不安や期待でごった返していて、とてもじゃないけど落ち着いていられない。OKなのか、それともダメなのか——頭の中でその二択がぐるぐると回り続けている。


 隣で余裕綽々にしている翔吾にも腹が立ってきてしまう始末だった。お前は気楽でいいよな、他他人事だし、彼女もいるし。


「ちょっとトイレに行ってくるよ」


 翔吾が立ち上がって、通路へ出ていく。


 一人になると、また色々と考えてしまう。もしかして、葵はもう答えを決めているんじゃないだろうか。でも、わざわざ一晩考えるって言ったってことは、迷っているってことなのか? それとも——


 すると、隣の席に人の気配を感じた。


「もう戻ってきたのか? 早かったな」


 俺は翔吾だと思い込んで、そっちに目を向けた。


 そこにいたのは——葵だった。


「え!? な、なんで!? 鷹宮がここに!?」


 俺は慌てて身を乗り出した。葵は今日も相変わらず可愛らしい私服を着ていて、でもどことなく緊張した面持ちだった。


 少しムッとした表情になって、葵が言った。


「……お返事を言いに来たんですけど、来ない方がよかったですか?」


「い、いや!! そんなことはない!」


 俺は慌てて手をブンブン振った。


「わざわざ来てくれてありがとう」


「……そうですか」


 葵の表情が少し和らぐ。彼女はさっきまで翔吾が座っていた席に腰を下ろして、膝の上で手を組んだ。


 その仕草が妙に艶かしくて、俺の心臓がドキドキし始める。いよいよ、返事を聞けるんだ。


「昨日は……ありがとうございました」


 葵が小さな声で口を開いた。


「告白……いただいて、とても嬉しかったです」


「お、おう……」


 俺は返事に困って、曖昧に頷いた。


「佐山くん、正直に答えていただきたいのですが……」


 葵が俺を見つめる。その瞳は、いつもの小悪魔的な輝きとは違って、とても真剣だった。


「この修学旅行より前に、私のことは知っていましたか?」


「うっ……」


 俺は言葉に詰まった。


 正直に答えるべきか、それとも優しい嘘をつくべきか——でも、葵の真剣な表情を見ていると、嘘なんてつけそうにない。


「……悪いけど、ほとんど知らなかったってのが正直なところだ」


「そうですよね」


 葵が小さく頷く。


「それを責めるつもりは全くないのですが……要するに、佐山くんはまだあまり、私のことを知らないと思うんです」


「それは……」


 葵が俯く。


「たぶん……佐山くんが思っている以上に、私はめんどくさい女ですし、小鳥遊さんのような華やかさも——」


「関係ねぇよ」


 俺は葵の言葉を遮った。


「鷹宮のことをそこまでよく知らないってのは事実だけどさ、少なくともこの修学旅行の間の鷹宮は誰よりも知ってる自信がある」


 葵がゆっくりと顔を上げる。


「お前がどんなふうに笑うか、どんなふうに照れるか、どんなふうに俺をからかうか——全部見てきたんだ」


 俺は葵の目を真っ直ぐ見つめた。


「その上で、俺は鷹宮に告白した。お前がいいんだよ、鷹宮」


 葵は俺の言葉を噛み締めるように目を瞑り、小さく頷いた。


「……ありがとうございます、本当に」


 その声は震えているようにも聞こえた。


「告白の返事なんですが……」


 葵がゆっくりと目を開く。


「めんどくさい女のお願いを1つ、聞いていただいてもいいですか?」


「もちろんだ」


 俺は即答した。どんなお願いだって聞いてやる。


「私……海が好きなんです」


 葵が微笑む。今度はとても優しい笑顔だった。


「夏の海だけじゃなくて、いつの季節の海も。春の海は穏やかで、秋の海は少し寂しげで、冬の海は荒々しくて——」


 俺は葵の話を黙って聞いていた。彼女の海好きは海遊館で知ったつもりだったけど、これほどだったなんて、知らなかった。


「だから……これから、いろいろな季節の海を一緒に見てくれますか?」


 その言葉の意味を、俺はすぐに理解した。


 これって……そういうことだよな?


「ああ、もちろんだ!」


 俺は力強く頷いた。


「……ありがとうございます」


 葵がホッと息をついて、今度は本当にいつもの笑顔を見せた。


「それでは——よろしくお願いしますね、


 名前を呼ばれて、俺の心臓がドクンと跳ねた。


 そして、葵が席を立ち上がって、小さく手を振る。


「それでは、また学校で」


「あ、ああ! 気をつけて戻れよ」


 俺も慌てて手を振り返した。


 葵の小さな後ろ姿が通路を歩いていくのを見送りながら、俺は心の中で決めた。


 早速明日にでも海に行こう。せっかくならそのまま一緒に江ノ島水族館にも行こう。


 覗き見から始まった俺の修学旅行は、思わぬ恋を実らせることになったのだった。


(第1部 太一編・完)




▼▼▼あとがき▼▼▼

 ここまでご覧いただきまして、本当にありがとうございます。

 皆様から頂きました♡、⭐︎、コメント、レビュー、すべて大切に受け取らせていただきました。


 覗き見というテーマから繰り広げられた青春劇はいかがでしたでしょうか。

 少しでも皆様の琴線に触れられたのであれば嬉しく思います。


 さて、本話の最後に『第1部 太一編・完』と書かせていただきました通り、本作は引き続き第2部へと進ませていただきます。


 突然ですが、修学旅行の醍醐味とは何でしょうか?


 色々あると思いますが、私は——普段より明らかに近くにいるのに、見えない部分がある、ということだと思います。


 それは太一の一人称視点で修学旅行を描いた本作も同じで、太一を中心とした男子の行動や心情は見えていますが、葵を含めた女子側についてはあまり見えていなかったと思います。


 ということで、第2部は葵を主人公とした女子サイドで、再び修学旅行を描かせていただきます。


 なぜあの時、葵はこうしたのか。

 あの時の太一ってこうしていたよな?


 そういった、男子サイドを知っている読者ならではの楽しみ方をしていただけますと、幸いです。


 というわけで、次話は再び修学旅行前に時系列が戻った上での葵視点でのお話になります。


 太一視点とは一風変わった葵視点での修学旅行を楽しんでいただけますと幸いです!


(第1部完結にあたり、近況ノートで少し小ネタ等に触れております。ご興味ある方はぜひお立ち寄りください)

▼リンクはこちら

https://kakuyomu.jp/users/material2913/news/16818792439862949589

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