第7話 小悪魔との出会い
ヒタヒタという足音は確実に近づいてくる。
俺は、逃げることも隠れることもできずにいた。
心臓が破裂しそうだ。手のひらには汗がびっしょりと浮かんでいる。
どうする。どうする。どうする――
「あの……こんなところで、何してるんですか?」
その静かで落ち着いた声が聞こえたと同時に、給湯設備の陰からヒョコッと声の人物が現れた。
「う、うわああああ!?」
俺は慌てて後ずさろうとして、足を滑らせそうになった。なんとか踏みとどまってそちらの方を見ると――
そこには、一人の女の子が立っていた。
だが、その姿に俺は言葉を失った。
彼女は1枚のタオルを体に巻いただけの姿で立っていた。髪は濡れており、まだ入浴を終えたばかり、あるいは入浴途中のようだ。
湯気でほのかに潤んだ肌が、ボイラー室の薄明かりに照らされて、なんとも言えない
そして――猫のように大きくて印象的な瞳が、俺を見つめている。
「あら、びっくりしちゃいましたか?」
彼女は首を軽く傾げながら、くすくすと小さく笑った。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
俺は完全に思考が停止していた。
な、なんで女子がここにいるんだ? しかもそんな姿で。
そして、この子は誰だ? 俺のことを知っているかのように話しかけてきたけど、もしかして知り合いなのか?
「あの……もしかして私のこと、わからないんですか?」
そう言って俺を見つめてきた。彼女の身長が俺より20センチ近く低いため、必然的に上目遣いのような形になる。
少し寂しそうな表情を浮かべているように思えるが、その瞳の奥には何か楽しそうな光が浮かんでいるような気がしてならない。
「え、えーっと……」
俺は必死に記憶を探った。これだけ整ったかわいい顔だったら忘れるはずがない。でも彼女の口ぶりだと――
「鷹宮です。鷹宮葵。同じクラスの――」
彼女がにっこりと微笑みながら自己紹介した。
「え!? 鷹宮?」
俺は目を見開いた。
鷹宮葵――それはついこの前、翔吾から聞いた名前だ。たしか……図書館にいた……でもこんな子だったか? もっと地味な印象だった記憶が――
「普段は眼鏡をかけているので、わからなくても仕方ありませんね」
葵がそう言いながら、優しく微笑んだ。でも、その表情のどこかに、俺の混乱を楽しんでいるような余裕が見える。
眼鏡を外すだけで、こんなにも印象が変わるものなのか?
普段の地味で目立たない鷹宮葵とは、まるで別人のようだった。猫のような大きな瞳、整った顔立ち、そして――
俺の視線は、どうしても彼女の身体に向かってしまう。
彼女の身体を覆っている純白のバスタオルは、彼女の胸元でかろうじて結ばれており、制服を着ている時からは想像できなかった大きな膨らみを包みきれずに、その輪郭を際立たせていた。
さらに、布地が濡れて少し肌に張りついているせいか、柔らかな曲線の起伏がより鮮やかに浮かび上がっている。
動くたびに跳ねるように揺れるその双丘を、見てはいけないとわかっていても、目を奪われてしまう。
葵はそんな自身の状況を気にする様子もなく、言葉を続ける。
「もしかして……覗き、とか?」
葵が首を傾げながら、まるで純粋な疑問のように聞いてきた。その表情は猫のような笑顔で、全く非難しているようには見えない。
「ち、違う! 俺は、その……」
「違うんですか?」
葵は全く信じていない様子で、くすくすと笑った。
「でも、ここはボイラー室ですよね? 大浴場と隣接した。わざわざこんなところで何を……?」
そう言いながら、わざとらしく周りを見回す。そして、俺が立っていた踏み台と換気口を見つめると、ニンマリとした、これまた猫みたいな笑みを浮かべた。
「あれは……なんなんでしょうかね」
「あれは、その……な、なんでも……」
俺はもう言い逃れできないと悟った。完全にバレている。
でも、なぜか葵は怒っていない。それどころか、どこか楽しそうですらある。
「あの、さっきからどこ見て話してるんですか?」
突然、葵が俺の視線を追うように、自分の胸元を見た。
「い、いや、俺は別に……」
万乳引力によって引き寄せられていた視線を慌てて逸らそうとしたが、悲しいかな、どうしても目がそっちに向かってしまう。
「別に?」
葵が少し身を乗り出すように、俺との距離を詰めてきた。
その瞬間、タオルの合わせ目から豊かで、それでいて深い谷間が覗く。
「もしかして、私の胸……見てました?」
葵が揶揄うような表情を浮かべながら聞いてきた。その目は明らかに俺の反応を楽しんでいる。
「そ、そんなことは……」
「ちなみにこのタオルの下は……当然裸なんですけど……」
葵がタオルを少し握り締めながら、上目遣いで俺を見つめてきた。
「そ、そうなのか……」
俺の声が裏返った。
「佐山くんは、女の子の……こういう姿、見慣れてるんですか?」
「い、いや、そんなことは……」
「あ、でも覗きをしようとしてたってことは……慣れてないんですね」
葵がくすくすと笑いながら、痛いところを突いてくる。
俺はついに観念して、頭を下げた。
「あの、お願いします! 見逃してください!」
自分で言っていて、なんで虫のいい話だとは思った。しかし、今の俺にできることは、もう頭を下げることしかなかった。
「見逃して……ですか」
葵が少し考え込むような表情を浮かべた。でも、その表情のどこかに、俺の必死さを楽しんでいるような余裕が見える。
「そうですね……」
葵が小悪魔的な笑顔を浮かべた。
「いくつかお聞きしたいことがあるので……正直に答えてくれたら、考えてあげてもいいです」
「え?」
「質問に、正直に答えてくれますか?」
葵の瞳が、猫のようにキラキラと輝いていた。
俺は完全に葵のペースに巻き込まれていた。でも、助かる可能性があるなら――
「あ、ああ!! もちろんだ!」
その言葉を待っていましたとばかりに、葵の笑顔が、さらに小悪魔的になったのだった。
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