修学旅行1日目 京都 湯の花亭編
第5話 老舗の宿
修学旅行初日はザ・京都観光だった。清水寺、金閣寺、銀閣寺――京都の名所を巡った一日が終わり、俺たちはついに今夜の宿である「湯の花亭」に到着した。
「うわぁ……すごい立派な旅館だな」
「さすが老舗って感じがするね」
クラスメイトたちの感嘆の声が上がる。
俺も思わず見上げてしまった。伝統的な日本建築の重厚な門構え、手入れの行き届いた庭園、そして奥に見える木造の本館――まさに格式のある老舗旅館だった。
「いらっしゃいませ」
着物姿の女将さんが深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「この度は、修学旅行で当館をお選びいただき、ありがとうございます。ごゆっくりお過ごしください」
丁寧な挨拶の後、女将さんが施設の説明を始めた。
「お食事は6時半からとなっております。お風呂は夜遅くまでご利用いただけますので、お疲れの体をゆっくりと癒してください」
その時、俺の心臓が跳ねた。
お風呂――そう、今夜の舞台だ。
俺は翔吾と視線を交わした。翔吾も軽く頷いている。ついに、その時が近づいてきた。
「それでは、お部屋にご案内いたします」
女将さんに連れられて館内に入ると、廊下には畳が敷かれ、古い木材の香りが漂っている。歩くたびに軋む音が、この建物の歴史を物語っていた。
「こちらが中庭でございます」
女将さんが指差した先には、美しく手入れされた日本庭園が広がっていた。池には錦鯉が泳ぎ、石灯籠が配置された風情のある空間だ。
そして、その中庭の奥に見える小さな建物――
(あれがボイラー室か)
俺は心の中で呟いた。翔吾の計画書で見た通りの配置だ。
* * *
「よっしゃ、荷物整理完了!」
部屋に案内されて荷物を置くと、俺は早速行動を開始した。翔吾と俺、それに他のクラスメイト2人の4人部屋だったが、他の2人は部活動での集まりがあるらしい。修学旅行中まで部活なんて――ご愁傷様としか言いようがない。
「太一、ちょっと館内を見て回ろうか」
翔吾が提案した。
「おう、そうだな」
俺たちは早速部屋を出て、偵察を開始した。
「まずは浴場の場所を確認しよう」
翔吾が小声で言った。
廊下を歩きながら、俺たちは旅館の構造を頭に叩き込んでいく。案内板に従って大浴場に向かうと――
「あった」
男湯の入り口を発見した。そして、その奥に見えるのが――
「女湯は向こうか」
翔吾が指差した先には、確かに「女湯」と書かれた暖簾が見えた。
「計画書通りだね。中庭を挟んで男湯と女湯が向かい合っている」
「そうだな。で、問題のボイラー室は――っと」
俺たちは中庭に出てみた。夕暮れ時の庭園は幻想的で美しかったが、俺の関心はそこではない。
「あった」
中庭の中央、男湯と女湯のちょうど中間地点に、小さな建物があった。扉には「関係者以外立入禁止」と書かれている。
「間違いない、あれがボイラー室だ」
翔吾が確信を持って言った。
「で、どこから侵入するんだ?」
「裏側を見てみよう」
俺たちは自然を装いながらボイラー室の周りを確認した。すると――
「この扉、鍵がかかっていないね」
「本当だ。これなら簡単に入れそうだな」
翔吾が扉を少しだけ開けて中を覗いた。
「給湯設備がある。そして――」
「どうした?」
「換気口がある。しかも、女湯の方向を向いてる」
俺の心臓が激しく鳴り始めた。これで、計画が現実のものになった。
「太一、今の時点でこの計画の成功率は90%まで跳ね上がったよ」
翔吾が自信満々に言った。
「マジかよ」
「ただし、油断は禁物だ。最終確認はきちんとしよう」
俺たちは周囲を見回して、逃走ルートも確認した。中庭から建物の影を伝って、非常口に向かうルートが使えそうだ。
「よし、準備は整った」
* * *
夕食の時間になった。
大広間に全員が集合すると、そこは圧巻の光景だった。みんなが旅館の浴衣に着替えて、いつもとは全然違う雰囲気になっている。
そして――
「……マジかよ」
俺は思わず声を漏らしてしまった。
小鳥遊も例に漏れず、浴衣姿で現れたのだ。
薄紫の地に桜の柄が散りばめられた上品な浴衣を着て、帯はきちんと結ばれている。髪も普段のストレートヘアを少しアップにして、うなじがちらりと見えている。
「何着ても綺麗なんだな……」
制服姿、私服姿と来て、今度は浴衣姿。小鳥遊の新たな魅力に、俺は完全に見惚れてしまった。
「太一、口開いてるよ」
翔吾に指摘されて、俺は慌てて口を閉じた。
「あんまり見つめすぎると、怪しまれるよ」
「わ、わかってるよ」
でも、目を逸らすのが辛い。あの美しい浴衣姿の下に隠された、完璧なプロポーションを想像すると――
(今夜、あの美しい体を見ることができるんだ)
俺の胸は期待で高鳴った。
* * *
夕食は豪華な懐石料理で、みんな大いに盛り上がった。小鳥遊も友達と楽しそうに話していて、時々聞こえる笑い声が俺の心を揺さぶる。
その後部屋に戻ると、他のルームメイトがまたしても部活の集まりに行っている間に、最後の作戦会議を開いた。
「小鳥遊さんの入浴予定時間は21:00」
「友達3人と一緒」
「こちらの実行開始は21:10」
「僕は基本的に離れたところで待機しているけど、巡回の先生が来たら時間を稼ぐ。そして太一、君が決行」
「逃走ルートは中庭から非常口へ」
「万一の時は、『トイレに行ったら道に迷った』で通す」
翔吾が一つ一つ確認していく。
俺は時計を見た。20:50。
あと20分で決行時刻だ。
「太一」
「何だ?」
「本当に大丈夫? まだ引き返すこともできるよ」
翔吾が最後の確認をしてきた。
「……大丈夫だ。やるって決めたんだ」
「なら、僕も最後まで協力する」
「ありがとう、翔吾」
俺は改めて親友への感謝を感じた。一人では絶対にできなかった。翔吾がいてくれたからこそ、ここまで来ることができた。
20:55。
あと15分。
「そろそろ準備を始めよう」
翔吾が立ち上がった。
「ああ」
俺も立ち上がり、懐中電灯とタオルを手に取った。
20:59。
あと1分で小鳥遊たちが大浴場に向かう時間だ。
「いよいよだね」
「ああ……」
俺の心臓が激しく鳴っている。緊張と期待で、手が震えそうになった。
そして、時計の針が21:00を指した時、俺の青春をかけた作戦がついに幕を開けた。翔吾の完璧な計画、美島の情報、そして俺の決意――すべてが整っている。
小鳥遊真夏の美しい裸体を見るという夢の実現まで、あと10分。
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