第4話 出発の日
ついに、その日がやってきた。
朝5時に目が覚めた。普段なら絶対に起きられない時間だが、今日は違う。
なんなら、昨夜はほとんど眠れなかった。翔吾の『裏修学旅行のしおり』を何度も読み返して、頭の中で作戦をシミュレーションしていたからだ。
枕元に置いた旅行鞄を見つめながら、俺は改めて事の重大さを実感した。
この鞄の奥には、翔吾が作ってくれた詳細な計画書が隠されている。そして、今夜――俺は小鳥遊真夏の裸をこの目に焼き付けることができるかもしれない。
「太一、朝ごはんよ」
母親の声で、俺は現実に引き戻された。
「おう、今行く」
階段を下りて食卓につくと、いつもより豪華な朝食が並んでいた。
「修学旅行だから、しっかり食べなさい」
「ありがとう」
「気をつけて行くのよ。お土産話、楽しみにしてるから」
「……ああ、気をつけて行ってくる」
果たして母親に話す事のできるような土産話を用意することができるだろうか。
もしバレたら――停学処分。
でも、成功したら――小鳥遊の裸。
どっちにしろ、もう後戻りはできない。
* * *
学校に着くと、既に2年生の半分くらいが集まっていた。
みんな私服姿で、いつもとは全然違う雰囲気だ。普段は制服で見慣れているクラスメイトたちが、急にオシャレに見える。
「太一、おはよう」
翔吾が手を振りながら近づいてきた。いつものアッシュグレーの髪を少し整えて、カジュアルなシャツにジーンズ。さすがイケメン、私服も似合っている。
「おう、おはよう。そっちは準備万端か?」
「もちろん。君こそ、
翔吾が小声で聞いてきた。アレというのは、例の『裏しおり』とそこに書いてあった道具のことだ。
「ああ、鞄の二重底の奥に隠してある」
「よし。それじゃあ――」
翔吾の言葉が途中で止まった。俺も振り返ると――
「っ……」
小鳥遊が友達と一緒に歩いてくるのが見えた。
だが、制服姿の小鳥遊しか知らなかった俺には、その姿は衝撃的だった。
淡いラベンダー色のワンピースは、柔らかそうなシフォン素材で、膝にかかるくらいの上品な丈。風が吹けば裾がふわりと揺れて、まるで花びらのようだった。
肩まわりはほんのり透け感がありつつも、インナーで肌の露出を控えているあたりに、彼女の慎ましさがにじんでいる。
羽織っているカーディガンはオフホワイトで、袖はゆったりとしたシルエット。
きちんと整えられたネイルは淡いピンク。主張しすぎないけれど、指先まで気を配っているのがわかる。
「……こんなことを言ったら藍ちゃんに怒られるかもしれないけど、やっぱり彼女、綺麗だね」
翔吾が呟いた。
「ああ……改めて、学年一、いや学校一の美少女だと思うよ」
小鳥遊は友達と楽しそうに話している。修学旅行への純粋な期待に胸を躍らせているのが分かる。
「太一」
「何だ?」
「今夜、本当にやるんだよね?」
「……ああ。やるって決めたんだ」
俺は小鳥遊から目を逸らして答えた。
「2年A組、集合してください!」
担任の田中先生の声が響いた。いよいよ出発だ。
* * *
バスに乗り込む時、俺と翔吾は隣同士の席を確保した。
「よっしゃ、バスレクの時間だぁ!」
俺と違うタイプのクラスの盛り上げ隊長――野球部の
でも、俺と翔吾は後ろの方の席で、小声で最終確認をしていた。
「小鳥遊さんの入浴時間は夜9時頃」
「友達は3人組」
「湯の花亭のボイラー室は中庭の中央」
「侵入ルートは裏口から」
翔吾がメモを見ながら確認していく。
「でも、実際の建物を見てみないと分からない部分もあるからね」
「そうだな。現地で最終確認が必要だ」
「それと、警備の状況も要チェック。夜間の人の動きがどうなっているか」
俺たちが真剣に話していると、通路を挟んだ横の席から声がかかった。
「ねぇ、佐山と二見くん、こそこそと何してんの?」
「え? いや、な、何でもねぇよ!」
咄嗟に俺の口から出た言葉――明らかに怪しかった。
「怪しいなぁ。佐山が絡んでるってことはまさか――」
俺の印象が悪過ぎるせいで、疑いに拍車がかかる。
「京都の美味しいお店を調べてたんだよ。こう見えて太一は、関西に何度も行ったことがあるからね」
翔吾が機転を利かせた。
「ああ、そういうことね。もしおすすめがあったら私にも教えてよ」
セーフ。翔吾の嘘は完璧だった。
小田原駅に着くまでの間、俺たちは表面的にはバスレクに参加しながら、内心では今夜の作戦のことばかり考えていた。
* * *
小田原駅で新幹線に乗り換える時も、俺と翔吾は隣同士の席を確保した。
新幹線の車内は、バスよりも落ち着いた雰囲気で、本格的な話ができそうだ。
「それじゃあ、最終的な作戦確認をしようか」
翔吾が『裏しおり』を取り出した。周りに人がいるから、他の人には見えないように工夫している。
「まず、旅館に着いたら建物の構造を確認」
「ああ」
「夕方に、ボイラー室の位置を実際に見に行く」
「わかった」
「そして、小鳥遊さんたちが入浴している時間に、決行」
翔吾の説明を聞きながら、心臓の音がうるさくなった。
「くそっ――こんなチャンスなのに心がびびってやがる……」
「太一」
翔吾が真剣な顔で俺を見た。
「僕がここまで準備してきたんだ。成功率は70%――決して低い数字じゃない」
「そう、だな……」
「それに、君が男として宣言したことだろう? 今更、弱気になるのかい?」
翔吾の言葉に、俺は背筋が伸びた。
「……そうだな。やるって決めたんだ」
「よし、その意気だ」
車窓から見える風景が、だんだん関西らしくなってきた。見慣れない街並み、違う雰囲気の駅――俺たちは確実に京都に近づいている。
俺は前方の席にいる小鳥遊の後ろ姿を見つめた。友達と楽しそうに話している彼女の笑い声が、時々こっちまで聞こえてくる。
あと数時間後、俺はあの美しい彼女の裸を見ることになるかもしれない。
想像しただけで、胸が高鳴った。
「まもなく京都、京都です」
車内にアナウンスが響いた。
「ついに京都か……」
俺は窓の外を見つめた。古都の雰囲気が漂う京都駅が見えてきた。
「太一」
「何だ?」
「いよいよだね」
「ああ……」
新幹線がゆっくりとホームに滑り込んでいく。クラスのみんなが「京都だ!」「ついに着いた!」と興奮している。
でも、俺の胸の高鳴りは、みんなとは少し違う理由だった。
荷物を持って立ち上がりながら、俺は改めて決意を固めた。
古都の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺は心に誓った――今夜、小鳥遊真夏の裸を必ず見てやると。
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