第3話 情報収集と計画立案

 その日の放課後、俺と翔吾は学校の図書館に向かっていた。


「それにしても、本当に今日から調査を始めるのかよ」


「当然だよ。時間は限られているからね」


 翔吾がいつもの穏やかな調子で答えた。


「修学旅行まであと数週間しかない。計画を立てたり、藍ちゃんの情報収集の時間を考えれば、今日から動かないと間に合わない」


「そんなもんなのか……」


「太一、君は本当に小鳥遊さんの裸が見たいのかい?」


 ぐっ。核心を突かれた。


「……見たいに決まってるだろ」


「なら、文句を言わずについてきて」


 図書館の扉を開けると、静寂に包まれた館内に足音が響いた。

 放課後ということもあって、それほど人は多くない。そして、受付カウンターには――


「……こんにちは」


 一人の女子生徒が軽く会釈をしてきた。

 小柄で、黒縁の眼鏡をかけて、肩くらいまでのボブカットの髪。制服もきちんと着こなしていて、いかにも真面目そうな印象だ。


「こんにちは」


 翔吾も軽く会釈を返している。


 俺たちは受付を通り過ぎて、奥のインターネットブースに向かった。


「おい、翔吾」


「何?」


「さっきの子、知り合いなのか?」


「何言ってるの? 僕たちと同じクラスの鷹宮さんだよ。鷹宮葵たかみや あおいさん」


「え!? クラスにあんな子いたか?」


 翔吾が呆れたような顔をした。


「太一、君は本当に自分のクラスメイトのことを把握していないんだね」


「いや、だって、全然話したことないし……」


「まぁ、彼女は物静かで、あんまり目立つタイプでもないから、太一とはほとんど絡みがないんじゃない?」


「そう、なのか。まぁいいや――よし、とりあえず調べもの始めようぜ」


 俺たちはパソコンブースに座り、さっそく調査を開始した。



     * * *



「まずは1日目の宿泊先から調べてみよう」


 翔吾がキーボードを叩きながら言った。


「京都の『湯の花亭ゆのはなてい』だっけ?」


「そう。老舗の温泉旅館って書いてあったね」


 検索結果がずらりと表示された。旅館の公式サイト、口コミサイト、宿泊レビュー……


「おお、結構情報があるじゃねぇか」


「さすが老舗だね。まずは館内の構造図を見てみよう」


 翔吾が公式サイトの館内案内をクリックした。すると、詳細な見取り図が表示された。


「これは……」


 俺は画面に釘付けになった。


「中庭を挟んで、男湯と女湯が向かい合ってるな」


「そうだね。しかも、この中央にあるのがボイラー室か」


 翔吾が冷静に分析している。


「ボイラー室ってことは、給湯設備があるってことだよな?」


「当然、換気口もあるだろうね。古い建物だから、構造的に隙間もありそうだ」


 おお、これは期待できそうだ。


「次は奈良のコテージ村を調べてみよう」


 翔吾が検索を続ける。


「『若草山麓わかくささんろくコテージ村』……こっちは個別のコテージになってるのか」


「6人用のコテージが点在してるって書いてある。各コテージに個別の浴室があるみたいだ」


「ってことは、大浴場じゃないのか」


「そうだね。これだとピンポイントで小鳥遊さんのコテージを狙う必要がある。難易度は高そうだ」


 あらかじめ小鳥遊のコテージを特定できてさえいれば、狙うのは難しくないが、立地によってはバレるリスクも高そうだ。


「大阪のホテルはどうだ?」


「『大阪ベイサイドホテル』……高層ホテルだね。エレベーターセキュリティがあるって書いてある」


「エレベーターセキュリティ?」


「宿泊客は自身の宿泊する階にしか上がれないシステムだよ。カードキーを翳さないとエレベーターが動かない」


「それは厳しいな……」


「でも、不可能じゃない。方法はある」


 翔吾の目が光った。この表情の時の翔吾は、何か悪知恵を思いついている。


「最後、兵庫のキャンプ場は?」


「『六甲山自然体験キャンプ場』……テント泊なのか」


「共同の浴場棟があるって書いてある。でも、管理が厳重そうだ」


 翔吾がスクロールして詳細を読んでいる。


「夜10時以降は施設への立ち入り禁止、管理人が24時間常駐……これは厳しいね」


「ってことは、どこが一番狙い目なんだ?」


 翔吾は少し考え込んだ後、画面を指差した。


「間違いなく、1日目の湯の花亭だね」


「やっぱりそうか?」


「構造的に最も侵入しやすいし、古い建物だから警備も現代的じゃない。それに――」


 翔吾が別のタブを開いた。


「何だそれ?」


「過去の関連記事を調べてたんだ。実は、この湯の花亭で覗き見事件が起きたことがあるらしい」


「マジで!?」


「3年前の記事だね。他校の修学旅行生が女湯を覗いて、停学処分になったって書いてある」


「おいおい、それはシャレにならないな……」


 俺がそう呟くと、翔吾が得意げな顔で言葉を返す。


「でも、逆に言えば覗き見が可能だったってことだよ。バレないよう、慎重にやる必要はあるけどね」


 翔吾がさらに詳しい記事を探している。


「処分の詳細を見ると……1週間の停学処分。そして、修学旅行は即刻中止で帰宅」


「うわぁ……それは痛いな」


「だからこそ、完璧な計画が必要なんだ」


 翔吾が振り返った。


「太一、本当にやる覚悟はあるのかい?」


「……ああ。やるって決めたんだ」


「なら、僕も本気で計画を立てる」


 翔吾の目が真剣になった。


「ただし、まだ情報が足りない。特に女子側の詳細な情報が必要だ」


「例えば、どんなのだ?」


「小鳥遊さんの入浴時間、一緒に入る友達のメンバー、入浴の順番……そういった情報がないと、完璧な計画は立てられない」


 なるほど、たしかにそうだ。


「それは美島に頼むしかないな」


「そう。だから今日は基本的な情報収集まで。今度、藍ちゃんから詳細な情報をもらって、完全版の計画を作る」


 翔吾がパソコンの画面をプリントアウトし始めた。


「とりあえず、今日集めた情報をまとめておこう」



     * * *



 翔吾が計画の完全版を持ってきたのは、修学旅行前日のことだった。

 朝学校に来ると、俺の机の上に分厚い資料が置かれていた。


「おはよう、太一」


「おう、おはよう。もしかして、それが――」


「『裏修学旅行のしおり』の完成版だよ」


 翔吾がにっこりと笑いながら資料を手渡してきた。


「うわ、分厚っ!」


 A5用紙が50枚近くホチキスで止められている。まるで本当の企画書みたいだ。


「ここ数日の間に、藍ちゃんから詳細な情報をもらってね。それも全部盛り込んである」


 俺は急いでページをめくった。


「タイムスケジュール、侵入ルート、必要な道具、緊急時の対応……何だこれ、本格的すぎるだろ」


「小鳥遊さんの入浴予定時間も調べてもらった。だいたい夜の9時頃に友達3人と一緒に入るらしい」


「マジで? 美島、よく調べてくれたな」


「彼女なりに頑張ってくれたよ。ただし――」


 翔吾の表情が少し厳しくなった。


「成功率は70%。リスクもそれなりに高い。本当に実行するかどうかは、君次第だ」


 俺は資料を見つめながら考えた。

 これだけ詳細な計画があれば、確かに実現可能な気がする。でも、失敗した時のリスクも大きい。


 でも――


「やる」


「太一?」


「やるよ。ここまで来て今更やめるわけにはいかない」


 翔吾が安堵したような表情を見せた。


「わかった。なら、僕も最後まで協力する」


「ありがとう、翔吾」


 俺は改めて資料を見直した。これが、俺の青春をかけた大作戦の設計図だ。


 修学旅行は明日――ついに、決戦の時が近づいてきたのだった。

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