第2話 悪友との密談

 翌朝、教室に入ると、いつものように翔吾が窓際の席に座って本を読んでいた。

 二見翔吾ふたみ しょうご――俺の一番の親友であり、時として最も頼りになる悪知恵の天才だ。


 見た目は人畜無害そのもので、アッシュグレーのマッシュヘアに穏やかな表情。女子からも『優しそう』と評判の二枚目イケメンなのだが、その頭脳に秘められた悪知恵は天下一品だ。


「おはよう、太一」


 いつものように軽く手を上げて挨拶してくる翔吾。しかし、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。


「おう、おはよう」


「そういえば、昨日の更衣室の一件はなかなか面白いショーだったね」


 やっぱり知ってやがる。だったら話は早いな――


「……実は、それで相談があるんだ」


 翔吾の眉がわずかに上がった。


「もしかしなくても、その件?」


「そうだ。頼む、力を貸してくれ」


 翔吾は少し考え込むような仕草を見せた後、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。


「いいよ、面白そうだしね。僕も協力してあげるよ、太一」


 え? こんなにあっさりと?


「マジで? お前、俺が何を頼もうとしてるか分かってるよな?」


「もちろん。小鳥遊さんの裸を見るための作戦でしょ?」


 翔吾は当たり前のように言ってのけた。相変わらずこいつは飄々としている。


「昼休みに、屋上で詳しく話そうか。教室だと本人の耳にも入っちゃうかもしれないし」



     * * *



 昼休み、俺と翔吾は屋上に向かった。

 秋の風が心地よく、南には遠くに見える相模湾がキラキラと光っており、西を向けば雄大な富士山がくっきりと見える――在校生にも人気の絶景スポットだった。


「それで、具体的にはどうするつもりなんだい?」


 翔吾が手すりにもたれかかりながら聞いてきた。


「それが……全然思いつかねぇんだ。だからお前に相談してるんだよ」


「そうだろうと思った」


 翔吾は苦笑いを浮かべた。


「でも、太一がそこまで本気だとは思わなかったな。いつもならノリで終わるのに」


「なんというかさ、これってたぶん人生最後の修学旅行になるだろ? だから何かを成し遂げたかったんだよ。まぁ、あんなに大勢の前で宣言しちゃったから、今更引き下がれないってのもあるけどよ」


「……言われてみれば、たしかにそうだね。大学でも旅行はあるだろうけど、って意味では最後なのかもね」


 翔吾はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「……実は、昨日から少し考えてたんだ」


「え?」


「太一のことだから、絶対に僕に相談してくると思ってね。それで、いくつかアイデアを練ってみた」


 さすが翔吾だ。俺のことをわかりすぎている。


「で、どんなアイデアなんだ?」


「まず、正攻法では絶対に無理だということ。小鳥遊さんは周りに女子が多い。本人の警戒心はさほど高くないけど、その周りの女子が厄介なんだ。一人で何とかしようとしても失敗するのがオチだ」


「やっぱりそうか……」


「でも、不可能じゃない。ただし、詳細な情報収集と綿密な計画、そして――」


 翔吾は意味深な笑みを浮かべた。


「適切な協力者が必要だ」


「協力者?」


「そう。特に、女子側の情報が絶対に必要になる。男子だけじゃ限界がある」


 なるほど、確かにそうだ。女子の行動予定や詳細な入浴時間なんて、男子には分からない。


「でも、誰が協力してくれるんだよ。こんなこと」


「実は、心当たりがあるんだ」


 翔吾が時計を見た。


「もうすぐ来るはずだけど……あ、来た」


 屋上の扉が開いて、一人の女子が現れた。

 美島藍みしま らん――違うクラスだけど同級生で、翔吾の彼女だ。


 彼女を一言で言い表すならば、『ギャル』という言葉がぴったりだろう。ロングヘアを明るい茶色に染めて、パーマをかけたギャル系の美人。制服も少しアレンジを加えていて、いかにも派手好きといった感じだ。


「翔く〜ん、会いたかったよぉ!」


 美島が翔吾に向かって手を振りながら駆け寄ってきた。


「来てくれてありがとね、藍ちゃん」


 翔吾が優しく微笑む。この2人、付き合ってもう半年くらいになるが、相変わらずラブラブだ。


「全然! 翔くんのためならどこだって――って……なんだ佐山もいたのかよ」


「……おう、なんか……悪かったな」


 美島とは翔吾の彼女ということで何度か話したことがあるが、割といつもぞんざいな扱いを受けている。


「はぁぁ……んで、翔くんから聞いたんだけどさぁ……」


 美島の表情が急に曇った。


「あんた……裸見ようとしてるとか、マジドン引きなんだけど……」


 やっぱり女子の反応はこうなるよな。


「……まぁ、だよな。普通に考えて――」


「でも、翔くんの頼みだからさぁ――」


 え?


 美島が翔吾の方を見つめて、少し頬を赤らめた。


「ホントにしょーがないんだけど、ダンチョーの思いなんだけど、あたしも協力するよ」


 おお、マジか!


「藍ちゃん、ありがとう」


 翔吾が美島の頭を撫でながらそう言うと、彼女は嬉しそうに笑っている。


 こいつら、本当にラブラブだな。見てるこっちがこっ恥ずかしくなってくる。


「ありがとな、ランちゃん。本当に助かる」


「ちょっと待って」


 翔吾が急に真剣な顔になった。


「太一、今何て言った?」


「え?『ありがとな、ランちゃん。本当に助かる』って――」


「名前で呼ばないで」


「あ……やべ」


 翔吾の目が据わっている。そう言えばそうだった――こいつ、意外と独占欲が強いんだった。


「翔くん、別にいいじゃん」


「ダメ。藍ちゃんって呼んでいいのは僕だけだ」


「面倒くせぇ……」


 美島がクスクスと笑っている。


「翔くんって、本当に嫉妬深いんだから」


「普通だよ。だって藍ちゃんは僕の彼女なんだから」


 この野郎、普段は飄々としてるくせに、彼女のこととなると途端に独占欲を剥き出しにしやがる。


「悪かったって翔吾――とりあえず、よろしく頼むぜ、美島」


「べ、別にあんたによろしくされるわけじゃないし」


 なんでここでツンデレテンプレートが発動するんだよ。



     * * *



「それで、あたしは何をすればいいの?」


 美島が翔吾の隣に座りながら聞いてきた。


「女子側の情報収集をお願いしたいんだ」


 翔吾が説明を始めた。


「特に、小鳥遊さんの修学旅行での行動パターンとか、入浴時間とか」


「うーん、でも真夏ちゃんとはそんなに親しくないんだよね。挨拶はするけど、プライベートな話はしない感じ」


「それでも、同じ女子としてわかることがあるはずだよ。それこそ、男子である僕たちとは違って、同じ建物だったり、近くの部屋にいるわけなんだから」


「まあ、それはそうかも」


 美島は少し考え込んだ。


「パッと思いつくのは、真夏ちゃんって真面目だから、修学旅行でも羽目を外すタイプじゃないってくらいかなぁ」


「やっぱりか……そうなるとチャンスが限られちまいそうだな……」


 俺はため息をついた。


「でも、絶対に無理ってわけじゃないと思うよ」


「え?」


「だって、お風呂とか着替えって、どんなに警戒心が強い子でもやらないわけにはいかないじゃん」


 なるほど、たしかにそうだ。


「問題は、どうやってそのタイミングを狙うかだと思うけど……」


 美島がそう言った時、翔吾が口を開いた。


「それについては、僕がいくつかアイデアを考えている。でも、まずは宿泊先の詳細な情報が必要だ」


「詳細な情報?」


「建物の構造、部屋の配置、大浴場の位置、警備体制……そういった情報を全て調べ上げる必要がある」


 さすが翔吾、考えることが細かい。


「でも、そんな情報をどうやって手に入れるんだ?」


「方法はある。任せて」


 翔吾がいつもの穏やかな笑顔を浮かべた。でも、その目は真剣だった。


「ただし、太一」


「何だ?」


「僕たちが協力するのは情報収集と作戦立案まで。実際に実行するかどうかは、最終的に君が決めることだ」


「……わかってる」


「本当に? これは単なる悪ふざけじゃない。一歩間違えれば大問題になる」


 翔吾の言葉に、俺は改めて事の重大さを実感した。


「……それも、わかってる」


「なら、僕たちも本気で協力する」


 美島も頷いた。


「あたしも、情報収集くらいなら手伝うわ。でも勘違いしないでね! あくまで翔くんのためなんだからね!」


「ありがとう、2人とも」


 俺は心から感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


「よし、それじゃあ作戦会議といこうか」


 翔吾が立ち上がった。


「修学旅行の前日までに、いくつかの作戦プランを用意したい。そのためにも、必要なのは情報だね」


「マジで?」


「僕を誰だと思ってるんだい?」


 翔吾がいつもの自信満々な笑顔を見せた。


「でも、本当に大丈夫なのか? いくらなんでも小鳥遊の裸なんて――」


「太一」


 翔吾が振り返った。


「不可能を可能にするのが、僕たちの友情だろ?」


 おお、何だかカッコいいじゃないか。


「そうだな」


 俺も立ち上がった。


「よし、やってやろうじゃないか」


 こうして、俺の無謀な計画に最強の協力者たちが加わったのだった。

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