夢見草、宵に還る
序
> 声は、言の葉に姿を変へて、
忘れられた記憶の庭に根を張る。
誰ぞの想いを栄養として、
それはやがて芽を吹き、
けふも一夜の露に咲く。
此の話、夢見草の終の行方にして、
最後に一つ、種子を託す記録なり。
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本文
令和の末年、某市の郊外に、
忽ち現るる屋台あり。
名を《夢見草》といふ。
木造にして、提灯淡し。
菓子・飲料・玩具など取りそろへ、
子等の囁き声と、風の音とを、等しく受く。
此の屋台、地図にあらず、住所もなき場所に現れ、
人が「何かを忘れた」その傍らにて、静かに待つといふ。
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某所・音声記録(中学教諭より)
> 「ええ、その晩は風もなく、星ばかり明るくて――
校舎裏の小さな空き地に、見たんですよ、屋台を。
木造の屋根、古風な看板に、ほんのりと咲いた花の香。
子どもが一人、台の前で何か書いてました。
手紙のやうな、短冊のやうな紙に。
私、声をかけようとしたんです。
でも、気づいたら、その子も屋台も、もう見えなくて――
地面にだけ、落ち葉に包まれた小さな手紙が残ってました。
『さようならを、返しに来ました』
そう、たった一行だけ。」
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記録(遺失物届より)
> ・物件名:木製屋台(移動式)、提灯付き
・特徴:実在確認できず。カメラ映像に影のみ残る。
・添付物:折り紙の鶴、栞、古書、文具、短冊など
・備考:遺失品回収箱にて自発出現、翌日消失。
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夢見草の主、語る(仮記)
> 「忘れられたものには、名がありました。
誰かが呼ばなければ、名は朽ち、声も還らぬ。
わたしは、その名をもう一度咲かせるために、
此処に屋台を出しておりました」
「花は、一夜にして咲き、一夜にして消えるもの。
でも香だけは、誰かの袖に、ふと残るのです」
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結びの情景
深夜二時。
霧ふかき森のひだに、
風ひとひら、燈を撫で、
軒下に吊られた無数の短冊が、鈴のやうに揺れる。
あるには「ただいま」と。
あるには「ありがとう」と。
あるには「忘れないで」と。
そして最後、誰かの筆にてこう記されぬ。
> 「夢見草、咲くたびに、声ひとつ」
「咲き終へば、名だけが残る」
提灯の灯、そっと消ゆ。
屋台も、短冊も、影のみを地に残し、
霧の向うに、還れり。
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終章
> 《夢見草》は、今宵を以て姿を隠せり。
されど――
忘れた記憶の傍にて、
呼べば応ふる声なき花の気配、
ひとの心の片隅に、いまもなお咲けるを信じるものなり。
夢見草考 -或る都市伝説録- ロロ @loolo
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